-09-
なまえ side
"今晩、飯付き合え"
『…』
仕事中、爆豪さんから突然そんなメッセージが来た。
へ、返事をし辛い…。
昨日の爆豪さんとの会話を思い出すと同時に焦凍くんの顔も頭に過ぎる。
爆豪さんに対して特別な感情があるわけではないが、あんなことを言われた翌日に2人きりとは…。変に意識してしまう。しかもだ、昨日"彼氏"という存在になった人がいるのに別の男性と2人でお食事に行くのはどうだろうか…。
しかし爆豪さんとの間には「今度は自分がご飯代を出す」という約束がある。
非常に困った。
ええい…!ご飯代を私が出すというあの約束を今日は果たしてしまえばもう悩まなくて済むんだ。
半ばヤケになって"いいですよ。"と返信をした。
−−−−
仕事が終わりスマホを開くがメッセージの受信は無しだ。
"どこへ食べに行きましょうか?"と追加で送ったのだが、忙しいのだろうか?既読はついているから見てはいるのだろう。
とりあえず職場の近くで時間潰すかな?
焦凍くんに"今日はご飯に行くから一緒に帰れない"と送り、オフィスを出た。
オフィスの入ったビルの自動ドアをくぐったところで足を止めた。
…3日も同じ光景が続けばもう驚きはしない。
深く帽子を被って歩道のフェンスにもたれかかっているのは爆豪さんだ。
職場の前で待たないで欲しいと頼んだはずだったけど、帽子を被って目立たないようにしてくれてるだけいいか。
…二度もお願いするのもなんだか怖いし。
彼に近づいて『お疲れ様です。』と声をかける。彼は私の姿を瞳に映すと「行くぞ。」と歩き出してしまった。
平常心平常心…。
爆豪さんから昨日言われた言葉を思い出すと、やはり変に意識してしまう。だが、別に「好きだ」と好意を示された訳ではないのだ。自分に恋愛経験がないが故に気にしてしまっているだけだ、と言い聞かせて私は彼の後ろ姿を追いかけた。
爆豪さんに付いて歩けば、いつの間にか人通りの多い通りを歩いていた。
さすが週末の夜だ。人が多くて飲まれそうになるのに不安を全く感じないのは、この通りに入ってから私の手は爆豪さんにしっかりと握られているからだ。
振り解かなきゃいけないのは分かってる。もしもこんな所を焦凍くんが見たらいい気はしないだろうから。それなのにこの力強い手に安心感を覚えてしまって振り解けないでいる。
しばらく歩いたあと、爆豪さんが歩くスピードを緩めたと思ったらピタリと足を止めた。顔を上げるとそこは居酒屋らしい店構え。炭を焼いたような良い匂いがする。
『ここは…?』
「俺の行きつけだ。前はテメェの行きつけで呑んだからな。今日は俺に付き合えや。」
『…そういう事ですか。構いませんよ。』
そう返事をすれば爆豪さんは私の手を引いて店の中に入っていく。
「お、らっしゃい!…珍しいな!ダイナマイトさんが女連れなんてよ!」
「…あ?るせぇわ!」
「まぁそう睨みなさんな!ここ座んな。彼女さんも生でいいかい?」
『え…あ、いや…生でダイジョウブです…。』
店主の「彼女」というワードに戸惑いながらも聞かれた事に返事をすると、爆豪さんはコンコンと自分が座った隣のテーブルを叩いて、「いつまで突っ立っとんだ、座れや」と言うのだ。
席について程なくすれば「ほい、生二杯ね。」と目の前にジョッキを置かれる。互いに『お疲れ様』の乾杯をし、ジョッキに口をつけた。
口の中に広がる苦い味。
ビールなんて久々だったけど、たまにはいいなと思った。いつもの店だとおじさんは何も言わずとも梅酒を出してくれる。この店の店主の勢いに飲まれてそのままビールを頼んでしまったけれど、久々のこの苦味も悪くない。
「…飲めンだな。」
『はい?』
「前ン時、ビール飲んでなかったろーが。」
『んー、あまり飲みませんね。久しぶりに飲みましたけど、たまにはこの苦味もいいですね。』
「…ケッ、そーかよ。」
『それより、なんか意外でした。』
「あ?」
『爆豪さんの行きつけってとんでもないところだと思ってましたけど、一般市民向けというか、私の行きつけとあまり変わらないというか…安心しました。』
「…悪かったな、洒落た店に連れてってやれなくてよ。」
『あ、そういう意味ではなく…!私苦手なんですよ。お洒落なお店って。緊張しちゃってよく味が分からなくなってしまうんです。』
「…」
『お見合いの時のお食事も実はあまり味が分からなくて…。』
笑って話していると目の前に色々と食事が出てくる。飲みながら出てきた食事を口に運んでいると爆豪さんがジョッキを置いて口を開いた。
「テメェの個性…。」
『?個性?…ですか?』
「あの歌は個性だっつってたよなァ?」
『そうですね。』
「その効力はどのくれぇのモンなんだよ。」
『どのくらい、と言われましても…うーん、その時限り?ですかね?私の個性は、自分の感情を歌声を聴いた人に与えるだけですから。』
「…は?」
『爆豪さん?』
爆豪さんはまじまじと私を見ている。何故そんなに驚いたような顔をしているのだろう。私が首を傾げると「…なんでもねぇわクソ!!」と声を荒げて視線を外されてしまった。
私何かマズイこと言ったかな…?
爆豪さんを見ていると、店主から「2人はいつから付き合ってるの?」ととんでもない誤解をされたまま質問をされて、一度その間違いを訂正したのだが、店主は面白がってるのかその後も私を"爆豪さんの彼女"というテイで話をしてくる。
2回目までは訂正をしたのだが、お酒が入っていることもあってどうでも良くなりその後は訂正することを辞めた。…爆豪さんも特に気にしている様子ではなかったし構わないだろう。
ゆっくりと飲んで食べてお腹がいっぱいになってきたところで爆豪さんは「帰るか」と言って席を立った。即座に『今日は私が出しますから!』とお財布を出し、今日こそは私がお会計を済ませた。
ようやく借りっぱなしだった借りを返せた気になってスッキリとした気持ちで店外へと出れば、家の方向へと2人歩き出す。
お酒でほてった顔に冷たい夜風が当たる。体温が上がっている状態でも少しの肌寒さを感じてしまう。
来る時と違って人通りがかなり少なくなっているためか、余計に冷たい夜風を感じてしまう。
『爆豪さんの行きつけの飲み屋、お食事も美味しかったです。ありがとうございまし…、あれ?今雨降りました?』
隣を歩く爆豪さんにお礼を言っている途中で顔にポツリと水滴が落ちてきた気がした。
一滴だけ当たった水滴の数はポツポツと増えていき、数秒で激しい雨になった。
『!?、わ…雨!?どうしよ…!』
手のひらで頭の上に傘を作るが、そんなものなんの役にも立っていない。
うぅ、天気予報で雨降るなんて言ってなかったのに…。
とにかく屋根のあるところへ入ろうと辺りを見渡しているとバサっと頭に何かを被せられる。
それが何かなんて確認する隙も与えられず爆豪さんに腕を引かれ走らされてしまう。
うぅ、なんでいつもこの人はこう強引なの…。
←
→
戻る
- ナノ -