大好きなお姉ちゃん


緑谷 side

「ただいまー。」

体育祭を終えて、家のドアを開けると女性ものの靴がある。いつもはない靴だけど、それを見た途端に僕は嬉しくなった。

足早にリビングへと向かいドアを開けると、ソファに座ってテレビの方を見ていた後ろ姿が動いて、顔を此方に向けた。
僕と同じ色の髪の毛と目をしているこの人は、僕の4つ上の姉だ。大好きななまえお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんは実家を出て一人暮らしをしている。ここに帰ってくるのは珍しい。

僕を見た瞬間になまえお姉ちゃんは僕の目の前に駆け寄ってくる。

『出久…!!おかえり!』
「お姉ちゃん帰ってきてたんだね!」
『そりゃ帰るよー!体育祭、テレビでお母さんと見てたの!!凄かったね!3位おめでとう。』
「ありがとう。…あれ?そのお母さんは??」
『出久の為にカツ丼作るんだーって買い物に行ったよ?』

くすくすと笑ったあと、お姉ちゃんの視線はは僕の吊るされた右腕に行って、心配する顔をした。
そして僕を強く抱きしめてくれた。

「お姉…ちゃん?」
『…どうしていつも無茶するの?雄英に行ってから出久は怪我が多いよ…。入試に行った日も、授業でも怪我したって言うし、ニュースで見たけどヴィラン襲撃にだって合ってたし…。私、心配だよ。』
「ご、ごめんね…!心配かけて…。お姉ちゃん、少し痛いかも」
『わっ…!そうだった!ごめんね…。』

吊るされた腕ごと僕を強く抱きしめていたその身体を慌てて離すと、眉を下げて僕をみていた。

『腕は酷いけど、顔や手も傷が沢山だね?』

そう言った後『そこに座ってて?』とソファを指差して付け足すものだから言われた通りにソファに腰掛ける。
なまえお姉ちゃんは救急箱を持って来て僕の横に腰を落とした。
そして救急箱から消毒液と絆創膏なんかを取り出し、手際良く傷の手当てをし始めるのを、僕は少し身体を離して止める。

「た、大した怪我じゃないから大丈夫だよ…!」
『だーめ。バイ菌入るとひどくなるんだから。』
「ほ、本当に大丈夫だから…!」
『私が触るの嫌?』
「…!、お願いします!!」

悲しそうな顔をしてそう言われると条件反射でそう腕を勢いよく差し出してしまった。
そうするとお姉ちゃんは安心した表情をしてまた手当てを再開した。『染みる?』とか『痛くない?』とか聞きながらゆっくりと傷口に消毒液をかけてくれる。
昔からこうやって手当てしてくれてたなぁ…。
お姉ちゃんは昔から優しいままだ。大人になった今も変わらない。困っている人を放っておけない性格で誰にだって優しい。優しく笑うその表情を見るだけで安心できる。僕にとっての身近な優しいヒーローだった。

『はい、おわり。』

その言葉に「ありがとう」と笑って返事をすると、お姉ちゃんは僕の大好きな優しい笑顔になった。だけど、どこか悲しげで不安そうで、心配になり「どうかした?」と尋ねた。
すると、僕を抱きしめてくれた。今度はふわりと優しく。驚きのあまりかなり慌ててしまった。

「わ、ど、どうしたの??」
『…出久がオールマイトみたいなヒーローになりたいのは分かってるけど、出久は出久に出来ることをしてね?怪我ばっかりだから心配なの。』
「…うん。ありがとう。ごめんね。」

そう返事をして僕も抱きしめ返すと、『うん、いい子。』と言って僕の頭を撫でてくれる。
小さな頃からこうされるのが好きだった。昔と変わらない姉を僕は変わらず大好きだった。

「お姉ちゃんは変わらず優しいね。昔と変わらない。」
『ふふ、それは出久がずっといい子だからだよ。出久はきっと素敵なヒーローになるね?』
「なれると、いいなぁ…。」
『なれるよ、絶対。…あ、疲れてるよね?横になる?』

僕から身体を離してそう問いかけてくるのに対して「大丈夫だよ?」と遠慮をするけど、強引に僕を横に倒してお姉ちゃんの膝の上に頭を乗せられてしまった。

「!お姉ちゃん?」
『いいから。昔みたいに甘えて欲しいな?』

起きあがろうとする身体を止められ、再びお姉ちゃんの膝に頭を乗せる。
そのまましばらく互いの話をし合った。
ヒーロー科のこと、個性の扱いが難しいこと、友達のことも。お姉ちゃんの方はここ最近は仕事が忙しいようだけど、良い環境に恵まれていて楽しそうだった。

この距離でいると姉から香る甘い匂いが心地よくてだんだんと眠気を誘われてくる。

『ねぇ、出久。』
「なに?」
『あなたの守りたい人、大切な人の中に私は入ってるかな?』
「どうしたの?急に。…もちろんだよ。ずっとずっと大切な大好きななまえお姉ちゃんだよ?」

今にも閉じてしまいそうな目をしていたと思う。
その薄らとした視界から見えたのは少しだけ寂しそうな顔をしたお姉ちゃんだった。

どうしてそんな顔してるの??

僕がそう聞こうとしたのに、先に口を開いたのはお姉ちゃんだった。

『私もずっとずっと出久は大切な弟だよ。でも我儘を言うなら、あなたの”1番大切な人"になりたかった…。』

薄れゆく意識の中でそう聞こえた。

…僕も、同じだよ。
君のことをお姉ちゃんでなくなまえちゃんと呼んで、
1人の女性として"好き"だと言いたかった。

夢の中でならそう呼ぶことが許されるだろうか。

「なまえちゃん…。」

そう呟くと頬に冷たいものがぽたりと落ちてきて、僕の頬を流れていく。
そして額に口づけを落とされた気がした。

『ありがとう。出久。…おやすみなさい。』

この夢からしばらく覚めたくないと思うのが僕にできる最大限の我儘だ。
大好きだよなまえお姉ちゃん。

fin..

 戻る
- ナノ -