キミ想ウ(相澤・爆豪ver)


(相澤)

業務を終えて家に帰ると、奥の部屋から人の駆けてくる足音がした。パタパタパタ…と慌てた様子の足音は俺の前でピタリと止めた。靴を脱いで顔を上げるとそこには同棲している彼女が立っていた。…その目には今にも溢れ出しそうなほどたっぷりの涙を溜めて。

彼女は、俺の頬に手を伸ばした。そして彼女の温かい指先は俺の肌に触れた。彼女が触れた所はおそらく近くに傷があるはずだ。今日のヴィラン退治に出向いた際に負ったものだ。表面が切れただけだったし、処置は断った。

その処置のされていない傷口に触れないようにして肌をなぞると「これ、どうしたの?」と言いながら目に溜めていた涙を溢した。

「ちょっとヴィランにな。…かすり傷だ。大した事はない。」

安心させたかったのもあるが、本当に大したことは無かった。こんなかすり傷くらいで何をそんなに悲しんでいるのやら…。

やれやれと深く息を吐き出しながらも、その泣き顔を見過ごす事が出来ず、彼女の顔を両手で包み込んだ。親指で触れた涙を軽く払ってやると、彼女の涙に濡れた瞳は真っ直ぐ俺を見る。

…どうにもこの顔に弱い。彼女のこの表情を見ると触れたい衝動に駆られる。

「…泣いてばかりじゃ言いたい事が分からんだろ。」

俺がそう言えば、彼女は瞼を伏せる。そして閉じられた目からはまた一筋の涙の線ができた。

『…仕事熱心だから、いつも心配になるの。いつか倒れるんじゃないかとか、怪我でもして帰って来れないんじゃないかとか…。全然連絡ないから不安で…。』

彼女からそう言われて、考えてみれば同棲というものをし始めてからというもの、俺からメッセージを送る事が減ったなと思う。帰れば家に居て話ができるから、特にメッセージを送る必要性を感じていなかった。
俺にとって必要性を感じていないものでも、こんな遅い時間に帰る俺を眠らずに待っている彼女は一体どんな気持ちでいたのか…。

「倒れないし、ちゃんと帰って来る。…だからもう泣くな。」
『…っ、』
「ちゃんと連絡もする。…これでいいか?」
『ソファとか寝袋で寝るのも辞めて。ちゃんと隣で寝てくれるの約束しなきゃ許さない…。』
「…」

彼女がそう言う理由は、俺がいつも遅く帰った日にはベッドで寝ないからだ。いつも彼女は俺の帰りを待っている。だが、深夜帯に帰宅すると彼女は眠ってしまう。俺としては遅い時間まで待たせているよりも眠っていてくれた方が安心するが、彼女は『なるべく待っていたい』と言うのだ。ソファで力尽きたように眠る彼女に俺は「眠るならベッドにしてくれ」と頼んだのだ。彼女は俺の言いつけ通りその日からソファで眠りこける事なくベッドで寝ていた。そんな彼女を物音を立てて起こしてしまうのは可哀想に思えて、彼女が先に眠っている日、俺は寝室に入る事なくソファか寝袋に包まって寝ていた。

「…わかったからもう泣きやめ。」
『本当に…?』
「ちゃんと毎日抱きしめて寝てやるし、朝も隣にいてやる。これでいいか?」

顔を見られるのが照れ臭くて彼女を抱きしめてそう言った。
すると彼女は俺の背に腕を回して言葉を発した。

『毎朝、おはようのちゅうもしてくれる?』
「……お前、今なら何でも許されると思ってるだろ。」

俺がそう返すと、彼女は『ごめんごめん』とクスッと笑った。

「その“おはようのちゅう”とやらをしてやらんでもないが、その代わり朝から変にスイッチが入っても文句言うなよ。」

俺の言葉に彼女の身体は一瞬だけ力が入った。少しの沈黙の後、彼女は俺の背に回す腕に力を込めた。

『やっぱりおはようのちゅうは毎朝でなくていい…。お互いに時間のある時でお願いします…。』
「さぁな。」

まぁ、朝起きて隣にお前がいたら頭で考えるまでもなく、口付けを交わしたくなるだろうがな…。

fin..

−−−−

(爆豪)

業務が終わって家へと帰れば、リビングのソファでコイツは泣いていた。俺の顔を見るなり、流していた涙を拭って『おかえり』と口にする。

「ただいま」なんて呑気な事言ってられず、その涙に濡れたツラに吸い寄せられるように頬を両手で包み込んだ。いつから泣いていたのか頬には涙の跡が出来ていた。

「なに泣いとンだ。」

そう言えば、コイツはまた目に涙を溜めながら口を動かした。

『帰り、遅いの心配で…。』

その言葉に酷く胸が締め付けられる感覚に陥る。それと同時にホッとしている自分もいた。

「ンだよ…そんな事かよ。」
『そんな事って…。』
「俺以外の奴の事で泣いてンなら殺してやろうかと思ったわ。」

…コイツが涙を流す理由は俺以外許さねぇ。俺以外の野郎の為に泣いてでもしてンなら絶対ェその男を半殺しにでもしねぇと気が済まねぇ…。

俺の言葉にこの女は目を丸くして俺を見上げる。涙が溜まって今にも溢れ出しそうな目のすぐ下に唇を寄せれば、コイツは小さな声で『帰ってきてくれて良かった。』と言う。

帰ってくるなんざ当たり前だ。どんだけ酷い傷を負おうが、死にかけだろうが帰ってくるわ。…じゃなきゃ、てめぇが今みてぇにメソメソすんだろーが。

そんな事を思いながら、この女を慰めるように、哀しげなその目から零れ落ちる涙を舌先で舐め取ってやる。

「…しょっぺェな。」

てめぇを笑わせンのも泣かせンのも、その涙を拭ってやるのも
これから先も全部俺の役目だ。

fin..

 戻る
- ナノ -