新年の願い(前編)


爆豪 side

「あけましておめでとうございます!ことしもよろしくおねがいします!」

20xx年元旦_
朝起きてすぐに支度をして俺の実家へとやってくると、沙耶はババアや親父たちに元気よく新年の挨拶ってのをし始めた。
沙耶はまるで学芸会で自分が言うセリフかのように、昨晩から家で何度もそれを言う練習をしていた。ようやくババア達に言えてスッキリとしたのか、本人は満足そうだった。
次女である沙南はまだ言葉が難しいのか、「ます…!ます…!」と沙耶の言葉に合わせて語尾だけを発していた。

「沙耶ちゃんも沙南ちゃんも上手に挨拶ができるわねぇ。」
「うん、上手だね。はい、二人にお年玉。」

ババアが二人の頭の上に手を乗せて撫でたあと、親父が出てきて一人ずつポチ袋を渡した。
新年の朝の恒例行事が終わると、いつもと変わらねぇ戯れが始まる。いつもと違うのは、出てくる飯が華やかな事くれぇだ。ガキ共の“お絵描き”に付き合ったり、トランプだったり…一応正月らしく、福笑いもしてやがった。
正午を過ぎた頃、ふと沙耶が外を見て、「ゆきだるまをつくりたい!」と抜かしやがった。昨日まで降っていた雪のせいで庭一面が白く染まっていたから、それを見て思いついたんだろう。なまえは、ババアとキッチンで二人楽しげに食器の片付けや夕飯の仕込みでもしてンだろう。

沙耶の発言に、親父が「じゃあおじいちゃんと作りに行こうか。」と言うと沙耶は「うん!」と返事をしたかと思えばすぐさま玄関まで走って行っちまった。
…上着とマフラーと手袋くれぇ、着けてけや…!

沙耶の忘れて行った冬の装備を掴み上げて追いかけようとすると、俺の足を弱ェ力が引き留めた。視線を落とせば、沙南が足に纏わりついてきてやがった。

「…外、行きてェンか。」

俺の言葉に沙南はコクリと頷いて見せた。
…沙耶よりも先にこっちの世話じゃねぇか…。



沙南の支度を整えて外へと連れ出してやると、沙南は既に出来上がっていた二つの雪だるまのところへ行き、それに恐る恐る手を伸ばしていた。沙耶は「つぎはママとパパつくるの!」と掌に握られた雪玉を大きくしようと張り切ってやがった。

「ママは沙耶よりもおおきくて、パパはもっとおおきいのつくらなきゃ!」
「…」
「パパのは、はるまでこわれない、つよいのつくるんだよー!」

上着を着ろと言っても雪に夢中になって一向に着ようとしねぇ沙耶に無理やり袖を通させ、マフラーを巻きつけてやった。
こんなに寒ィのにガキってのは、なんでこうも元気なんだよ…。

そう思いながらはぁ_っと白い息を吐き出していると、親父が俺の隣に立って口を開いた。

「あはは…、沙耶ちゃんさっきからずっとあの調子でね。なまえちゃんと勝己の事ずっとかっこいいんだって言ってるよ。」
「…」
「“沙耶のパパは一番強いしかっこいいんだ”って言いながら勝己の雪だるま作ってるよ。」

親父は沙耶の様子を見ながら笑って俺にそう言った。そしてゆっくりと言葉を続けた。

「勝己は立派な父親だね。」
「あ?」
「我が子にパパみたいになる、なんて思わせるなんて凄い事だと思うんだ。勝己は父親としての威厳だってあるし、ヒーローとしても今やこの日本でキミを知らない人なんて居ないくらいだ。沙耶ちゃんからしたら自慢のお父さんだろうね。」
「ケッ……、ンなイイもんでもねぇわ。仕事ばっか出て、滅多に遊んでやれねぇ奴が“立派な父親”である筈がねぇだろ。」

俺の言葉に親父は首を横に振った。

「いいや…。立派だよ。僕よりもずっと。」

目線だけを親父に向けると、親父は変わらず沙耶ばかりを眺めてやがった。何でそんな事を言い出すのか、なんてのは聞いてやらなかった。聞いたって教えてはくれねぇ気がしたからだ。ふぅ_と一つ息を吐き出して、雪だるまを夢中で作っている沙耶を見ながら口を開いた。

「俺の…ヒーローとしての憧れはオールマイトだった。」
「小さい時からずーっと好きだったもんね。」
「…けど、沙耶と沙南が産まれた時に、俺がなろうとしたのはアンタだった。」
「…勝己?」
「俺にとっての父親の理想像って奴は親父だったんだろーな。」

そこまで言うと親父はあはは、と笑って「参ったな…」と照れくさそうに頭をかいた。その表情を盗み見て「ケッ…」と笑ってやった。

今言った言葉は本当だ。いつもハッキリと喋らねぇし、俺やババアよりも自分が下の立場にいるように話す親父は、家の中での影は薄かった。だが、俺がガキの頃から、いつも休みの日にゃ色んなところに連れて行ってくれたし、両手を勢いよく擦り合わせて火花を出して俺に“個性”の面白さを教えたのもこの親父だ。

「ババアに頭が上がンねぇ所は、微塵も尊敬できねぇけどなァッ…!」
「勝己だって、なまえちゃんには勝てないクセに…。」

嫌味ったらしく言ってやったつもりだった俺の言葉に、親父は嫌味らしさ皆無で笑いながら返事をしてきた。その言葉が全くその通りで、俺は返す言葉もなかった。

「僕は光己さんと勝己のことが大好きだし、勝己はなまえちゃんと沙耶ちゃん、沙南ちゃんの事が大好きなんだろうね?…キミが彼女達を見る目は、本当に優しいから。」

親父は最後に「勝己は、優しくてカッコいい素敵なお父さんだ。」と付け足して笑った。
ヒーローランク上位に入り込んでどれだけ名声を得ても、ガキ共の前で胸を張れる“父親”になれたと思った事はなかった。なまえに育児のほとんどを任せっきりで遠征に出たり、帰りが遅くなる日だってある。非番だろうが待機の当番の日にゃ、遠くには連れて行ってはやれねぇし、まともに一日中アイツらと思う存分遊んでやれるのは月に2.3回がいいところだ。

そんな俺の事を、沙耶は俺の事を「パパかっこいい」と嬉しそうに話してたりしてやがる。それが嬉しいような小っ恥ずかしいようなで、表情を見られまいと口元をマフラーの中に埋めた。

−−−−

それから夕飯時まで遊び倒して、飯を食って風呂に入ってからも騒ぎ散らかすと、沙耶と沙南は昼からの重労働で疲れたのか、リビングの床で眠り始めた。その様子を見て、そろそろお開きにする事にして眠りこけているガキ共を車に乗せて自宅へと向かった。

家へと着いて、ガキ共を寝室へと運ぶと、そのままベッドの上で熟睡をしてるようで、俺となまえは足音を立てぬように部屋を出てリビングへと向かった。

夫婦二人でソファに腰を落とし、俺は伸びをするなまえの首根っこを掴んで自分の方へと引き寄せた。
バランスを崩したなまえは俺の膝の上に頭を乗せて倒れ込んだ。

「一日付き合わせて悪かったな…。気ィ張ったろ。」

義実家に一日中いるとなると、さすがに気の知れた仲でも疲れは来るモンだろうと思った。そんな思いから、なまえを慰めるように柔らかい栗色の髪の毛を撫でて毛先を指で梳きながら言葉を落とした。するとなまえは『ううん、』と言って言葉を続けた。

『お義母さん、気さくだし全然そんな事ないよ。お義母さんといっぱい話ができて楽しかったし、毎年恒例の勝己の問題児具合を沢山聞いてきました。』

ふふ、と笑うなまえは嘘をついている様子はねぇ。本当に楽しめたんだろう。
てか、あのクソババア…またなまえにある事ない事吹き込んだんじゃねぇだろーな…!

俺の表情を見て思ってる事を察したのか、なまえはまたクスッと笑ってゆっくりと口を動かし始めた。

『“自分の息子が幸せそうにしてるの見るのが一番幸せだ”って言ってた。』
「…」
『わたしも、勝己と居られて幸せだし、きっと子ども達もそうだと思うの。勝己の周りはみんな幸せになってくねぇ?』

ヘラリと笑ってコイツは言うが、俺はその言葉に笑ってやる事が出来ねぇでいた。

違ぇ…。そうじゃねぇ…。
俺といるからお前が苦しんだ。16の頃、俺が自分勝手に腹を立てて、くだらねぇ意地張って、コイツの都合なんか考えもせず記憶を蒸し返そうとしたから、だからお前が……


壊れた_


それなのにお前が幸せだっつって笑うから、俺が安心できる。

なまえは手を伸ばして俺の顔を優しく両手で包み込むと、またしても俺の心でも読んだかのように、心の内で思ってた事に返事をしてきた。

『あの頃があるから今の幸せなわたし達があるの。』

なまえの言う“あの頃”ってのは、俺の思う過去と一緒だろう。コイツがガキの頃の全ての記憶を思い出したアノトキだ。
…今でも嫌に鮮明に思い出せる。壊れていくなまえにどうしてやる事も出来ず、ただ声をかけてやることしか出来なかった。だが俺の声なんかなまえにはきっと届いちゃいなくて…
どうしたら声が、手が届くのか…それしか考えらんなくなっちまって、壊れていくなまえと俺を見て、クラス連中皆が涙を流していたという。

あの頃を思い出すと、目の前にいるなまえが儚い存在に思えてきて、触れれば簡単に壊れちまうガラス細工でも扱うかのようにその肌に、髪にそっと触れた。今はこの手が届く事に安堵しているとなまえは身体を起き上がらせて俺の唇に自分のを重ねてきた。

今年もどうか、コイツが幸せだと笑って一年を過ごせますように_
なんて柄にもねぇ事を願っちまうのは、もう何年目だろうか。

自分の腕の中に居る身体を離さねぇように強く抱きしめて、何度も互いにどちらともなく唇を寄せ合った。
傷の舐め合いのようにも取れるその行為は、次第に熱を帯びていき簡単に深い所へと落ちていった。
唇を離せば、なまえは顔を蕩けさせながら熱い吐息と共に『する…?よね…?』と愚問を発した。

「姫始め…といこうじゃねぇか?」

目の前にある美味そうな食事に思わず舌なめずりをしちまった。

(続きます)

 戻る
- ナノ -