恋しい


爆豪side

ドスッーー
業務を終えて真っ白いシーツに勢いよく腰を落とす。身体が沈み込む際に思わず後ろに倒れ込んじまって仰向けに寝かされた。

見慣れねぇ部屋のレイアウト、部屋の天井や照明が視界に入る。
俺は遠征に来ていた。一昨日から二週間の予定だ。なんでもこの街一番のヒーローが怪我で長期休暇を取ったらしく、俺はその代理ってワケだ。今いるのは宿泊ホテルの室内だ。

…それにしても、退屈だ。仕事がじゃねぇ。
業務が終わった後、このホテルに帰ってくるが、いつもみてぇに「パパおかえり!」とバカみてぇに嬉し気に駆け寄ってきて、ベラベラと喋り倒したり、懸命に「おかえり」を伝えようとする娘達はいない。
美味そうな匂いをリビングに漂わせて『おかえり。』と笑顔で迎えるアイツもいねぇ。

なんでもないことだ。ちょっとした日常が少し欠けているだけ。
…それなのになんだよ、この空虚さは。
ホテルの一室は、テレビを付けていても嫌に寂しさを漂わせてやがる。

俺の"当たり前の日常"にアイツらはしっかりと入り込んでいる。

自分で事務所を構えてからは、俺自身が遠征に行く機会はかなり減った。ましてや二週間なんて長ェ期間はいつぶりか。

一眠りしようかと目を閉じ、そんなことを考えてりゃポケットに入れておいたスマホが振動する。

着信相手が誰かも確認せず、仰向けの体勢のままにスマホを耳に当てた。

「あ!パパ?」

自分が先ほどまで欲しがっていた愛らしい声がスマホから聞こえ、閉じていた目は自然と開いた。

「ママがね、パパにおやすみのでんわしよって!」
「…」
「パパがいないと、"おかえりなさい"ができないからさびしいな。だから、おしごとがんばって、はやくかえってきてね!」
「…」
「パパ?」

この声一つで安心感を覚えてしまっている自分に心底驚いちまった。自然と口角は上がっちまって自分の感情が声に出ねぇよう平静を装って「わぁったから早よ寝ろや。」と言った。そうすれば娘は「はーい!おやすみなさい。あ、ママにかわるね!」と言う。
ガザガサと音がした後、『もしもし勝己?』と愛しい声が聞こえて来る。
たった二日ぶりに聞くその声に自分の中でじんわりと温かくなっていくのを感じる。

_恋しい。

そんな言葉が正しいだろう。いい歳した男がンなこと思ってるなんざ、気色が悪りィとは思うが、その言葉がしっくりと来ちまった。

『お仕事、おつかれさま。』
「あぁ…。」
『あの子も言ってたけど、勝己がいないと寂しいから早く帰ってきてね。』
「…二週間っつっとんだろ。」
『ふふ、そうだね。でも勝己も寂しいでしょ?大好きな奥さんと娘たちに会えないのは!』
「…ケッ、馬鹿なこと抜かしてンじゃねぇわ。」
『あれれ?わたしの予想が外れたかな?ふふ、まぁいいや!おやすみなさい。』
「あぁ。」

通話終了のアイコンをタップする。

早く、帰りてェ……。
しかも完全にアイツに見透かされてるじゃねぇかよダセェ…!

長ェな、二週間。
帰ったらまた騒がしい日常が戻ってくる。
…今はそのうるさく、温かい日常が恋しい。

fin..

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