花粉注意報


なまえ side

『ハーー、ックションッ!』
「ハッ、、クション…!」

ある日の放課後。盛大なくしゃみをした私の横をたまたま通りかかった緑谷くん。彼もまた同じタイミングでくしゃみをした。互いに顔を見合わせ苦笑いをした。

『あ、はは。緑谷くんも花粉症?』
「そうなんだ。みょうじさんも?」
『そう。去年までなんともなかったのに今年からデビューしちゃったみたい。』
「実は僕もなんだ。お互い参るね…。」

春は好きだ。いいや、好きだった。気温も過ごしやすいし、日照時間も長いし、とにかく過ごしやすい。それなのに……

『ハックション…!』

今年から発症したこの花粉症の所為で一番嫌いな季節になりそうだ。

くしゃみは何発も出るし、鼻水はズルズルだし、目も痒い…!夜も寝苦しいし、人生で初めてスギやヒノキなんかを憎んだ。

私は開けられていた窓を閉めようと、席を立った。
その瞬間に甘い香りがし、盛大なくしゃみをしてしまった。そして何故か意識を失いかけた。

んん??
なんか体に違和感が……。

意識を失いかけたと思ったが、一瞬意識を失ったような気さえした。ゆっくりと目を開けると、まず身体に違和感を感じた。

掌を広げて見てみると、傷痕がいくつもあった。
しかも、ちょっとゴツッとしてる…

「あれ…僕…?」

聞き慣れた声に顔を上げれば、目の前には自分の姿があった。私の席に座っている私の姿だ。

へ??
あ、あれ?でもそこは今まで私が座ってた筈…。
て、そんな場合じゃない…!

『え、えぇえええー!、も、もしかしてドッペルゲンガー!?出会っちゃった!?てか私喋ってるこえおかしくない…!?』
「るせぇなァ…。」

そう振り返って言ってきたのは、ヤオモモちゃんだった。
彼女の上品で綺麗な声に似合わず男勝りな言葉に、私は言葉を失ってしまった。

あれ??この喋り方、どこかで…?

そう悩んでいるとヤオモモちゃんも「あ?ンだこの声はァアッ!!」と喉を押さえながらキレている。

そうだ、私の声もおかしい気がする。一人『あーあー、』と声を出してみるがやっぱり男の子みたいな声をしている。

そして、この手のひらと目の前にいる私自身…。

私は自分の席の横に掛けてあった鞄を漁ってポーチからミラーを取り出した。

鏡に映った自分の顔は、緑の瞳、両頬にはそばかす、もさっとした髪の毛。…まさしく緑谷くんの顔だった。

『…うそ…。』

驚いて私がミラーを落としてしまったのを、「なまえちゃんどしたん?」と拾ってくれたのは、なんと上鳴くんだった…。

その喋り方はお茶子ちゃんでは…?と思うが、今ので状況をハッキリと理解した。

クラスの中で人と人の入れ替わりが起こっている。クラス内を見渡せばあちこちで騒がしくなっていた。

「す、スカートってスースーすんな…!オイラこんな感覚初めてだぜ…!」
「峰田くん!?私の体のどこ触ってんのさ!!」
「ケロ…峰田ちゃん、最低ね。」
「ドーシタ踏陰ー!その喋り方はー!」
「蛙吹、俺の声でその喋り方は…」

葉隠ちゃんの声がするが、その喋り方は峰田くんだし、常闇くんの声だけど梅雨ちゃんの喋り方だ。常闇くんのいつもとは違う喋り方に心配したのかダークシャドウまで出てきた。

現状の入れ替わりを纏めるとこうだ。

緑谷と私
爆豪と八百万
上鳴と麗日
峰田と葉隠
常闇と蛙吹

クラス内に残っていた10名全員が入れ替わってしまったのだ。クラスに残っていたのが10人程度でよかったと思った。20人全員が入れ替わってたら、今以上に誰が誰だか分からなくなるからだ。

ヤオモモちゃん、いやヤオモモちゃんの姿をした中身爆豪くんは物凄くキレているし、その後ろでは爆豪くんの姿をした中身ヤオモモちゃんが「こんなことあり得ませんわ…」と頭を抱えていた。

とりあえずみんな外見に見合った言動をしてくれないと見ている方が気が狂いそうになる。そんな私の気持ちとは逆にお茶子ちゃんの姿をした中身上鳴くんは爆豪くんを指差して涙を流しながら笑っている。

「爆豪のその喋り方やべーww」
「お茶子さん…いえ、今は上鳴さんでしたわね。貴方こそお茶子さんのお姿でそのような話し方似合いませんわ。」
「テメェこそ俺の姿と声でンな気持ち悪ィ喋り方してンじゃねぇ…!!」
『みんなとにかく黙って!頭おかしくなる!!』
「クソデクが俺に指図すんじゃねぇわ!!」
『私はみょうじなんだけど!?』

私を含め、全員が揉めはじめた所で、私の姿をした中身緑谷くんは「どうしてこんなことになったんだろう?」と考え始めた。
たしかにその通りだ。今はなぜこうなったかが分からなければ戻り方も分からない。

たしかあの時…
風が入ってきて、甘い匂いがした。その瞬間にクラス内でみんながくしゃみをして……。

『花粉?』「花粉…かな?」

私と緑谷くんがほぼ同時に口を開いた。緑谷くんと顔を見合わせた。そして私は自分の姿をした緑谷くんを見て、勢いよく彼に近寄り、開かれた左右の足を閉じた。

「へ!?」
『…パ、パンツ…見えるから足を閉じて…!』
「!、うわぁああごごごごめんみょうじさん、僕…!!」
『スカート短かった私も悪いから…。』

そんなやりとりをしていると制服だけが歩いて来た。これは葉隠ちゃんだ。正確には中身が峰田くんの葉隠ちゃんだ。

「パ、パンツだ、と…!?そうか。男子が女子になっている今…!ガードが緩い…!つまりパンツ見放だ…フガッッ!」
『峰田くん、それどころじゃないの。』

ふざけたことを言う峰田くんの首に私が手刀を喰らわせると床に制服姿が倒れた。

「キャーー私の体ーーーー!!ちょっと緑谷くん!女の子にひどいよ!」
「ぼ、僕はこっちだよ葉隠さん。それは僕の身体に入ったみょうじさんで…」
「あーそっか!もーワケわかんないー!!」
『ごめんね葉隠ちゃん。でも峰田くんが起きてると色々と厄介そうだから…。』

私の言葉に一同(主に女子)は大きく頷き、葉隠ちゃんは峰田くんの顔で「私の体、峰田くんが入ったばかりに可哀想…!」と肩を落としていた。

とりあえず厄介な人物を黙らせたところで、緑谷くんは私に「僕のスマホくれる?ポケットにあるから」と言ってきた。言われた通りにポケットからスマホを取り出し中身緑谷くんの私に手渡すと、彼はスマホを少し操作した後に「コレだ…!」と言った。

クラス内の10名が彼の見せたスマホに注目する。
SNSの最新トレンドの画面だった。そこには“特殊花粉に注意、外出時のマスク必須!”と太字で書かれていた。そして緑谷くんはみんなにわかるように内容を話してくれた。

「どうやらこれ、特殊な花粉が飛んでるらしい…。抗体がある人、つまり花粉症の症状が出る人にだけ反応してるみたいだね。その花粉にかかって、近くでくしゃみを同時にした人と入れ替わるって仕組みみたいだよ。たぶん誰かの個性だろうって書いてあるよ!」
『…解除条件は?』
「えーっと、花粉を取り込んだ量にもよるみたいだけど、2時間くらいで自然に戻るみたいだよ。」
『そっか。』

2時間……。時計を見ると17時を指している。
そろそろ行かなきゃなのに…。

この時間になると私はいつも裏庭に行っていた。この姿で行ったら嫌われてしまうだろうか?
ええい、そんな事言ってる場合じゃない。

一人で悩んでいると爆豪くんの姿をしたヤオモモちゃんが口を開いた。

「2時間となると、どんな状況で元に戻ってもいいように、寮に戻ってもロビーで過ごしませんか?」
「せやね!お風呂と自分の部屋に入るのは禁止!」

上鳴くんの姿をしたお茶子ちゃんもそう言って、みんなその意見に頷いた。私は自分の鞄から部屋の鍵を取ってみんなに見せた。

『それじゃあ部屋に入られないように、ちゃんと自分の鍵は自分で持っておく。個性が解けたら鍵を返す。これでどうかな?』

これにもまた一同頷き、話しがまとまった所で、『それじゃ私は行くところあるからー!』と言って急いで教室を出た。

向かった先は裏庭だった。見渡しながら歩いていると「にゃあ」と鳴き声が聞こえる。

その鳴き声の方に視線をやると、子猫が出てきた。私がここにきている理由はこの猫だ。

少し前にカラスにやられているのを助けて以来、ここに毎日様子を見に来ていたのだ。

いつもは私を見たら近寄ってきて足に顔を擦り付けてくるのに今日は怯えて出てこない。
やはり姿も声も匂いも違うからだろうか?

「緑谷?なんでお前がこんな所にいるんだ?」

背後からそんな声がして振り返れば、そこに立っていたのは相澤先生だった。
私がここに毎日くる理由。…それは相澤先生と2人きりになれるからでもある。私の一方的な片思いだ。たぶん先生は私の事を"生徒の一人"以上に思ってない。

ん?待てよ。今私は緑谷くんの姿だ。私の事をどう思ってるか聞ける良いチャンスでは??

ダメで元々、当たって砕けろだ。

私は入れ替わりの個性事故のことは言わず、『奇遇ですね先生。』と声をかけた。先生が子猫に近寄ると子猫は私の時とは違って茂みから出てきて先生の足に擦り寄って行った。

『先生はその猫に会いにここに来てるんですか?』
「まぁな。猫は好きだからな。」
『…誰かと会えるからとかじゃないんですか?』
「お前と会えるから、とでも言って欲しいのか?」
『へ?』
「どんな仕組みで入れ替わったのかは知らんが、話し方と仕草でバレてるぞ、みょうじ。」

先生はその辺に生えていた草を手に取り、子猫と遊びながらそう言った。
教室では絶対に見せることない、ここでの先生の表情にいつもドキドキとしてしまう。
この表情を知ってるのが私だけだったらいいのにと思う。
そんな風に思うのだから、これは憧れや尊敬じゃない。恋だ。

『先生は凄いですね。生徒のことよく見てくれているんですね。』
「…全員を一発で見抜くのは無理かもしれんが、お前は分かりやすいよ。」
『あ、はは。そうですか。』
「それだけ、みょうじなまえという奴を生徒としても女としてもよく見てるって事だろうが。」
『…先生、それは一体どういう意味ですか?』

私がそう聞けば、先生は立ち上がって私の前に立ち、頭に掌を乗せた。

「"緑谷"に言っても仕方なかったな?」

ニヤリと笑って先生は「じゃあな」と付け足して去っていってしまった。
その後ろ姿を見つめて、クスッと笑いが漏れてしまった。

私だから見抜いてくれたという先生の言葉が、純粋に嬉しかった。あの言葉は緑谷くんの姿になってなきゃ聞けなかった事だ。私はこのめんどくさい個性事故に感謝した。


_卒業したら、その時は私の口からこの気持ちを伝えてもいいですか?

fin..

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