【爆豪】夜はこれから(中編)
なまえ side
『はぁ......』
事務所で大きなため息を吐く。
「どしたー??なまえ最近多いねため息。」
隣で事務処理をしていた同僚に声をかけられる。
『あはは、そう?ごめんね〜』
軽く笑うけど、内心笑えないのだ。
この前のダイナマイトとのラブホハプニングから2週間が経つが、それ以降なにもないのだ。
あれ以来、付き合おうだなんて話もないし、ましてや体を要求してくることもない。なんなら仕事以外の話を彼としてない。
あんなにしつこく抱いといて!!!
...いや、それはいいんだ。
わたしに好意なんてなかったのかな...
彼のことは最初こそ恋愛としての興味なんてなかった。ヒーロー大・爆・殺・神ダイナマイトの強さに惹かれてこの事務所の所属を決意した。
一緒に仕事をして、人にも自分にもストイックなダイナマイトから認められていくことがすごく嬉しかった。
口も態度も悪いけど、なんだかんだで優しいのだ。
恋愛感情なんて抱いちゃいけないと思いつつも、それを抱くのは早かった。
『ダメだ、仕事が手につかない。』
「そんなに??(笑)」
『ごめん、わたしパトロール行ってくる!』
「はーい!」
事務仕事を放り投げて事務所を出た。
あーーもう!!
ほんとに何にも集中できない。
事務所にいるよりは、外の方がダイナマイトと会う回数が減るからマシだけど…。
わたしから直球で"なんであんなことを?"って聞けばいいんだけど、「性欲処理」とか言われたら立ち直れない気がする。
好きという気持ちがあるからこそ返答が怖い。
『はぁ......』
「あれ??みょうじさん??」
前方から名前を呼ばれ顔を上げる。
『デクさん??』
「久しぶりだね。かっちゃんは元気?」
『あ、はい!』
ヒーロースーツを着ているところからして、おそらく彼もパトロール中だろう。
デクさんとはヒーローの集まるセレモニーにダイナマイトと出席した時に初めてお会いした。以来、イベントなんかで会うと毎回声をかけてくれる。
ヒーローの集まるイベントなんて、わたしみたいなやつが付いて行くべきじゃないけど、ダイナマイトに無理やり連れて行かれる。
「それならよかった!...でもキミは少し元気なさそうだね?大きなため息も聞こえたし。」
『ぅっ、、』
「もしかして、かっちゃん!?かっちゃんにコキ使われて!!」
デクさんがハッとしたように急いで喋る。
『ち、違います!相変わらず人使いは荒いですけど慣れましたから!』
「そう?...それもそれで、だね?」
こめかみの辺りを掻きながら困ったように笑うデクさん。
デクさんはダイナマイトと幼なじみだそうで、彼のことでよく私を心配してくれる。
『...でも、ダイナマイトで悩んでるのは、当たりです。』
「...みょうじさん、今日の夜空いてるかな?」
『?、今日は7時には上がれると思いますので、そのあとは暇です。』
そういうとデクさんはパァっと笑顔になった。
「そっか!じゃあ今日は僕の奢りで呑みに行こう!」
『えっ?』
「かっちゃんの愚痴、たくさん吐き出すといいよ!」
そう言ってわたしの肩をポンっと叩いて「じゃあまた後で」と私の横を通り過ぎて行ってしまった。
『えっ、ちょ、』
「あ、場所はキミの事務所近くの居酒屋!7時半で!」
少し後ろでそう叫ばれる。
...え???
−−−−
仕事がおわり、デクさんの言ってた事務所近くの居酒屋の前に着くと、ちょうどよくデクさんが来た。
「あ、みょうじさん、お疲れ様」
『おつかれさまです。』
店に入ると個室に通される。
デクさんが適当に料理を頼んでくれて、ビールで乾杯をする。
正直お酒は得意じゃない。ビールは特に苦手だ。
けど、「ビールでいいかな?」と聞かれるとつい「はい。」と返事をしてしまった。
「さっ!じゃんじゃん呑んで食べてね!かっちゃんの愚痴もちゃんと聞くからね!」
『今日、本当にいいんですか?奢ってもらって...』
「いいよいいよ!!僕がしたくてしてるから!」
『それではお言葉に甘えて。』
デクさん優しいなぁ。
そう思いながらいただきますをしてお刺身をいただく。
『あ、おいしい!』
「でしょ?よかった、笑顔になったみたいで」
心配してくれてた、のかな?
「...かっちゃんと、何かあった?」
箸を置いてビールを一気に流し込む。
...やっぱりビールは苦手だ。
「みょうじさん!?」
『お酒、入らないとぶっちゃけられない気がして。もう一杯いいですか?』
「あ、うん!気にせず頼んで!」
追加で梅酒を頼んで、届いたグラスの半分くらいまで口に流し込んでから置く。
『...デクさんってダイナマイトと幼なじみでしたよね?』
「うん、そうだよ」
『今日わたしがこれから喋ること、ダイナマイトにも、誰にも言わないでくださいね。』
「わかった。約束する。」
それを聞いて一呼吸おいて本題に入る。
『ぶっちゃけて言うんですけど、わたし彼のこと好きです。憧れとかそんなんじゃなくて、恋愛として、男性として好きです。』
「えっ、うん!?」
『この前、ダイナマイトに襲われたんです。』
「えぇっ!?!?えと、それはつまり...『エッチしました』えぇっ!?」
間髪入れずに答えると、デクさんはギョッとした顔している。
『でも...』
「?」
『好きな人とセックスをしても、相手に気持ちがなかったら虚しいじゃないですか...』
胸にずっとつかえていた悲しい思いを初めて口にすると同時に涙が出てきた。
「...」
涙を拭って話を続ける。
『ぐすっ、それにまだ彼氏がいるって思ってるし。3ヶ月前に別れたんですけど』
ここからはもうヤケになって全部吐き出してしまってた。
『あんなにしつこく抱いといて、なんなら起きたらまた抱かれて!!』
「...ん??朝、も???」
デクさんが目をまん丸にしている。
『そーですよぉ!それなのに、あれ以来なにも進展がないんですよ!!』
わーわー泣くわたしにデクさんが慌ててテーブルの端に置いてあったティッシュ箱を渡してくれる。
ティッシュを何枚も出して涙と鼻水を拭く。
「...少し落ち着いた??」
『...はい。』
優しく問いかけてくれる。
「かっちゃんが、どう思ってるかは僕はわからないけど、キミにそんなことをするなんて意外だったよ。」
『?』
「あぁ、僕から見たらね、かっちゃんにとってキミは大事な人だと思うんだ。」
ダイナマイトにとって?わたしが?
「ほら、ヒーローの集まる懇親会なんかでお酒飲む機会があるでしょ?そういうとき、いつもかっちゃんがキミのグラス取って飲んでるからさ。僕聞いたんだよ。"みょうじさんお酒弱いの?"って。」
そういえば、そうだ。
いつも乾杯で一口だけ飲んだグラスを途中で取られる。そのあと、周りに注がれても全部飲み干される。
『...』
「かっちゃんね、
"知らねぇけど、苦手だっつってただけだ"
って。だから、さっきみょうじさんがビール飲み干したからびっくりしたんだよ」
ふふっと笑ってデクさんは話を続ける。
「あ、えっとだからね、かっちゃんは君のことをなんでもない人とは思ってないんじゃないかな?」
『...益々、爆豪勝己という人間がわからなくなりました。』
「あ、ごめんね、なんのアドバイスにもならなくて!!!」
『いやっ、デクさんが悪いわけではないです!彼の行動が分からなくて…。』
残った梅酒を飲み干す。
緑谷 side
みょうじさんが話を終えてから、お酒を一気に飲み干す。
そのあとも追加で頼んで4杯目を飲み終えて、更に追加で頼もうとしたところを、流石に止めて水を代わりに頼む。
少し目がトロンとしてて眠そうだ。
苦手って言ってたもんな。
それでも飲まなきゃやってらんないくらい彼女にとっては深刻な悩みだったんだろうな。
「僕、ちょっとトイレに行くね。」
『はーい』
すごく飲んでたけど、大丈夫かな??
とりあえず急いで戻ろう。
個室に戻ると、みょうじさんはテーブルに突っ伏して寝ていた。
さっきから眠そうにしてたもんなぁ。
さて、どうするか...。
すやすやと寝息を立てる彼女を眺めながら、彼女の言葉を思い出す。
"好きな人とセックスをしても、相手に気持ちがなかったら虚しいじゃないですか..."
あんなに悲しそうに話すみょうじさんを見て、僕の心まで痛んだ。
かっちゃんが彼女を見つめる瞳はどう見たって優しい。彼女を大切に思ってることなんて一目瞭然だ。なのに、あんなに悲しい顔をさせて、なにやってるんだ。
スマホを手に取って耳に当てる。
かけた先は、かっちゃん。
かっちゃんのことだ。まだ事務所にいるだろう。
"あ゛ぁ??何の用だ??クソデク"
「あ、かっちゃん?まだ事務所?」
"あぁ、しょーもねぇ用事だったらぶっ殺すぞ"
「今、みょうじさんとご飯食べてるんだけど、」
"あ゛??なんでテメェがみょうじと一緒にいんだよ"
「まぁ、いいでしょ??そんなことよりも!みょうじさん、飲み過ぎて眠っちゃってさ。」
"...今、どこだ"
僕の狙い通りの反応だ。
「キミの事務所近くの居酒屋だよ。仕事が片付いたら来てくれないかな?それまでは僕が付いて...(ツーっツーっ)」
切るの早!!!
...でも、みょうじさんのこととなると必死だな。
「みょうじさん!かっちゃんが迎えにきてくれるからね!」
『んん〜、、』
全然起きる気配なさそう。
かっちゃんの事務所から歩いて10分もかからないはずだし、あの様子じゃすぐ来てくれそうだ。
座って待ってると、5分ちょっとくらいで少し息を切らしたかっちゃんがやってきた。
「助かったよ。まだ事務所にいてくれて。」
「...あぁ。」
僕の言葉なんかまるで聞いちゃいないな。
眠ってる彼女を見つめたまま短く返事をして、彼女をおぶってさっさと個室を出ようとする。
「あ、かっちゃん!」
僕が呼び止めるとかっちゃんは無言で足を止めた。
「みょうじさん、悩みがあるみたいだから、目を覚ましたら話を聞いてあげてよ。」
その後ろ姿に向かってそう告げると「俺に指図すんじゃねぇ...」とボソリと呟いて個室を出て行ってしまった。
相変わらずだよなぁ、かっちゃん。
あの2人、うまくいくといいけど...
(続きます)