【爆豪】夢の中までも放さない


(しおりん様へのお誕生日プレゼントです…!)

爆豪 side

10月×日
夏の暑さが過ぎ去り日中はようやく過ごしやすくなってきて、朝や夜はかなり冷える。俺の個性の都合上、こういう時期よりも夏の暑い季節の方が発汗が早くて動きやすい。だが、ヒーロー:ダイナマイトとしてではなく、俺自身としてはこんな時期も結構好きだったりもする。

パトロール中に頭に落ちてきたほんのり紅く色づいてきた紅葉の葉。

それを手に取ると、夏が終わったと同時に秋の訪れを再認識させられる。

本当なら今日は仕事に行くつもりなんざなかった。アイツが生まれた日である今日はちゃんと一日休みを取っていた。だが、思い通りにはならず、サイドキック数人が昨晩起こったヴィラン騒動で負傷しちまって、ソイツらの休みの穴を埋める為に俺が出動してるってワケだ。
…本来なら今頃はこの紅葉の葉が風にさざめく中をあの女と歩いたりしていただろうか。アイツと居ると思うとロマンチックに聞こえる葉音も、今は雑音にしか聞こえない。同棲していながらも休日が被らず、ゆっくりとした一日を最後に過ごしたのはいつだったか…と考え始めれば先週、先々週、と記憶はどんどん古くなっていく。…センチメンタルにふけている自分に「ハッ…」と乾いた笑いが漏れて手にした紅葉の葉を指から離しパトロールを再開した。

−−−−

すっかり遅くなっちまった。事務所の時計の針が23時を指してるのを確認すると「チッ」と舌打ちが漏れちまう。今日は早く上がってやろうとしたってのに、こういう日に限って事件が多いのが腹立たしい。

俺は急いで事務所を出て自宅へと向かった。



ガチャ_
家へと着いてリビングの扉を開けると部屋の電気もテレビも着いたままだった。テレビ前のソファに近づけば、ソファの上で三角座りをしているなまえの姿があった。

またこの女は…

俺がそう思いながらため息を吐くのは、コイツはいつもこうやって俺の帰りを待ってやがる。遅くなっから先に寝てろ、と連絡を入れてもベッドには行かねぇ。眠る気など無かったと言わんばかりに、テレビの音を垂れ流して、横にもならず体を小さくして座り込むその姿に、「バカ女…」と呟いてやった。そんな悪態を吐きながらも、この女が愛おしく思えて仕方なくなるのはいつもの事だ。
同棲を始めて数ヶ月、コイツは俺がどんなに遅くなっても、自分がどんだけ仕事で疲れていようが『勝己くん、おかえりなさい。』と笑う。そのツラに疲れが吹っ飛んでる、なんてのは言ってやった事もねぇし、今後も言ってやるつもりはねぇ。…言ったら調子に乗って、余計に一人でベッドで寝なくなんだろうしな。疲れてンならこんな冷える所で寝てねぇで、あったけぇ布団の中で寝てりゃあいい、眠てぇならこんな腰の痛くなりそうな体勢じゃなくて横になりゃいいってのに…

色んなことを考えながらなまえの隣に静かに腰を落として肩に腕を回し、自分の方へとその華奢な体を引き寄せた。するとなまえは夢の世界から現実へと意識を戻したのか、『ん…?』と言って俺の胸にぐりぐりと頭を押し付けてきやがる。

「…悪かったな、誕生日なのに一人にさせちまって。」

俺がテレビに視線をやりながらそう言うと、なまえは余程眠てぇのかゆっくりと言葉を発した。

『ううん…おかえりなさい勝己くん…。無事に帰ってきてくれてありがとう。』

不思議なモンだな。『おかえり』のその一言でやっぱり自分の中で何かがじんわりと温かくなっていくのを感じるし、帰ってきて良かったと思えちまう。

「ケッ…無事なんて当たり前の事抜かしてンじゃねぇわ。…それよか、ンなとこで寝て風邪なんか引いても知らねぇからな。」
『ふふ、風邪ひいたら勝己くんが看病してくれる?』
「ハ…お断りだな。自分で勝手に引いた風邪なんか誰が看病すっかよ。一人で苦しみたくなきゃ、次からはちゃんとベッドで寝てろや。」

俺がそう吐き捨てるとなまえはクスクスと笑って『手厳しいなぁ…』と言った。そして『でも…』と言葉を続けた。

『一人のベッドは広く感じて、寂しくて眠れないの。』

俺の胸に収まるこの愛しい存在をどうしてやろうかと思う。結局、コイツがここで眠りこけて風邪引いちまったら俺の所為じゃねぇかよ…。

『これからの季節は特にね、寒くなるから勝己くんが抱き締めてくれなきゃお布団冷たいし…勝己くんなしじゃベッドには行けないよ。』
「……人を湯たんぽみたいに使いやがって。」
『ふふ、』

…俺がこの季節を好きになる理由もこの女の企みと一致していた。
寒くなってくれば、なまえは布団の中で自ら俺に擦り寄って暖を取りに来る。冷たくなった布団に包まれながら人の温もりに触れるのはなんとも居心地が良い。そして眠りに着く時も、朝目が覚めた時も腕の中に愛しい温もりがあると、夢の中までも一緒に居たような気さえしてきて、この俺に柄にもなくこんな季節も悪かねぇな、なんて思わせてきやがる。

小さく笑うなまえを先ほどよりも強く抱きしめてやると『ねぇ、勝己くん』と心地の良い声音で俺を呼んだ。テレビの音にかき消されそうな程にか細い声の筈なのに俺の耳はその声をしっかりと拾った。

「ンだよ。」
『まだ誕生日だし、わがまま聞いてくれる?』

言われて、テレビ横に置いてある時計に視線を移せば、時刻は23時40分を指している。…そうだ、まだコイツの誕生日だった。俺が返事をしねぇでいると、なまえは俺の胸に埋めていた顔を上に向け、頬を桃色に染めた。半分寝ているような目で、ニコリと笑いながら口を開いた。

『頭、撫でて欲しいなぁ…なんて…。』
「あ?」
『あ、嫌だったらいいん…!……』

なまえが言葉を止め、再び俺の胸に顔を埋めてその表情を隠したのは、俺がコイツの言った通りに頭に掌を乗せてやったからだ。俺の服をきゅっと掴む仕草は、可愛いとしか思えない。

『えへへ、勝己くんがよしよししてくれるなんて、最高の誕生日だなぁ。』

本当なら今日は一日中一緒に過ごして、プレゼント買いに行って、美味いモン食べて、ちゃんと思い出を作ってやりたかった。それなのにこのザマだ。…何が最高だよ。最後の20分しかまともに一緒に過ごせてねぇのに。

コイツの言葉は俺への慰めなんかじゃなく、本心だ。長ェこと付き合っているから分かる。コイツはそういう奴だ。…だからこそ、申し訳なくなっちまうし、一日中一緒に過ごせなかった分、この20分そこそこの"二人きりの時間"を忘れられない時間にしてやりたくなった。

なまえの体を俺から剥がし、互いの顔がしっかりと見えるように向かい合った状態で俺の膝の上に乗せた。そうすると、いつもは俺を見上げているなまえと目線が同じ高さになる。首を傾げるこの女の背に腕を回してキツく抱きしめると、自然と互いの顔が首筋に埋まった。

「なまえ…ちゃんと祝ってやっから聞き溢しやがったら殺す。」
『きょ、脅迫…?それに髪の毛当たって擽ったいよ、ふふ…。』
「…俺なんかの帰りをこんな寒ィところで待ってやがるてめぇはどうしようもねぇバカ女だ。」
『勝己くんのお祝いの仕方は斬新だね…。』
「けどよ、間違いなく俺はそのバカな女に惚れた。」
『…』

そこまで言った所で耳元に唇を寄せてなまえにだけ聞こえるように言葉を紡いだ。

誕生日、おめでとう。
俺と出会ってくれて同じ時間を過ごしてくれて…ありがとう。

自分で言った、らしくない言葉に羞恥はあった。それでも伝えておきたかった。
世の中のモブ彼氏共が好きな女の為に何か特別なことをしてやりたいと思う気持ちは、この女に出会うまで理解できなかった。だが、今はソイツらの気持ちが多少は理解できる。…俺の言葉に驚きながらも幸せそうに笑うツラを見せられりゃ、「このツラ見たさか、なるほどな」と納得せざるを得ない。

互いに唇を寄せ合って、キスをしながらなまえの頭をなるべく優しく撫でた。

『んぅっ…』

苦しげな声が耳に届いて薄らと目を開けてみりゃ、優しく触れていた筈の頭を俺はいつの間にか強く自分の方へと押さえつけていた。唇を離して「悪ィ…」と一言詫びて再び唇を合わせた。
…今度こそ優しくその柔らかな髪の毛を撫でた。

きっと、俺は腕の中にいる女を一生、夢の中までも手放せやしないだろう。

fin..


オマケ

『あの、勝己く…んっ…頭撫でるの、もういいから…っ』
「……っ、日付超えるまであと10分はあるだろーが。"誕生日のわがまま"はきっちり叶えといてやらねぇとなァ?」



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