【相澤】恋人らしく(前編)


相澤 side

『いいじゃないですかー!』
「知らん、寄るな。」

俺の家に泊まりに来たみょうじ、いやなまえとはかれこれ10分近くこんな言い合いをしている。なまえは高校を卒業して三年経った。元々俺の教え子でコイツが卒業して一年過ぎた頃に街で遭遇した。制服姿しか見た事はなかったが、私服を纏うなまえはやけに大人っぽく見えてしまった。卒業式の日に連絡先を教えてくれとしつこく言い寄って来ていたのをあしらった癖に再開した時は「もう生徒の一人ではないしな…」と言い訳をつけて自分でも驚く程あっさりと連絡先を教えた。そしてそれから連絡を取ったりして、コイツが二十歳を迎えた日には酒を飲みにいったりもした。

なんだかんだで時間を共に過ごす事が一番楽な存在で、気づけば俺はかつての自分の教え子であるこの女に心を奪われていた。

酒の勢いでつい一夜を共に過ごした日はどうしようかと思って、目を覚ましてすぐにホテル内のベッドで「すまない…」と謝罪した。順番が逆になってしまってはいたが「気持ちがないワケじゃない。好きだから自分のものにしたいと思った。」と言えばなまえが顔を真っ赤にしながら嬉しそうに笑ったのが今は懐かしい。

それ以来付き合うことになり、こうして週末にはよく泊まりに来ていた。そのため洗面所には二人分の歯ブラシや女物のスキンケア用品なんかも当たり前のように並べてある。

そして現在、洗面所で歯を磨いている俺の腕になまえが絡みついて来ている理由はすぐ側に置かれたピアッサーが原因だ。
なまえの大学やバイト、そして俺の仕事も休みである今日、昼間に二人で買い物に出かけた。そこでなまえが目を輝かせたのはピンク色の石がゆらゆらと揺れるピアスだった。俺が買ってやろうとすれば、自分で買うと言ってレジへと向かった。その時に一緒にこのピアッサーも買ったようだ。

…今、なまえはそれを俺にやってくれと駄々をこねているというワケだ。

「自分で開けられないのに買うんじゃない。自分の事は自分でと学校で習わなかったか?」
『ごめんなさい。いざとなると怖くなって…。い、いいじゃないですか、ただ押し込むだけですよ?』
「全く持って理解ができん。自分の体に穴を開けようなんざ。」
『オシャレです…!友達みんなピアスで可愛いんですもん!』
「開けたいなら勝手にしろ。俺は知らん。」

歯ブラシを置いて足早に洗面所から退散すると背後から『いいじゃないですかー!一瞬押し込むくらいー!』と叫ぶのが聞こえた。

勘弁してくれ。押し込む"くらい"だと?そう思うなら自分でやればいい。俺がやってやろうとすれば目をキツく瞑って怖がる姿が目に浮かぶ。

なんで俺がお前の怖がる姿を見せられなきゃならん。そもそも穴が開いてないなら開けなくていいものを選べばいいだろう。

耳に小さな穴一つ開けるくらいで…と思われそうだが、俺自身がなまえの身体に傷を付けるなんてしたくなかった。痛くないのかもしれんが、俺が好きな女に恐怖を与えるなんざ考えたくもない。

ため息を落としてベッドに横になって目を閉じた。

少しすれば俺の隣に温もりがやってきて、横を向いて寝ている俺の背中にピタリと身体をくっつけた。そして消え入りそうな声で『怒りました?』と聞いてきた。

身体を反転させなまえと向かい合わせて、「怒ってない」と言ってその華奢な身体を抱きしめればなまえは更に身体をピタリと擦り合わせてくる。

「開けたのか?」
『ううん、やっぱり怖くて辞めちゃいました。』
「ヒーロー目指してる奴があんな小さい穴開けるのが怖いんだな。」
『…怖さの種類が違います。』
「穴開けられないなら開けられないなりのモノを買えばよかっただろう。」
『だって…先生が似合いそうって言ってくれたから…それが欲しかったんです。』

あぁ、そんな事言ったな。買ってやろうと思ったのも本当に似合うと思ったからだ。俺のそんな一言に喜んで、それを付けようとしてるコイツはなかなか可愛いなと思う。

『それに、ピアスの方が大人っぽい気がするから…。』
「…女の感性はよく分からん。」
『お洒落なデザインのものが多い気がします!』
「…」

なるほど、男の俺にはよく分からん。
俺が黙っているとなまえは声を小さくして言葉を発した。

『大人っぽいのを付けたいのは、先生に似合う女性になりたいって事ですからね…?』

そう言うなまえが可愛く思えて仕方がない。俺はコイツに回した腕を緩めて、未だに教師と生徒という関係が抜けないのか俺の事を先生と呼ぶ唇を自分の唇で塞いだ。触れるだけの口づけを落として「先生はやめろと言ってるだろう。」と言えば頬を赤く染め『消太さん…』と呟いた。

「似合う女になりたいと思うなら、そうやって恋人らしく呼んだ方がいいと思うがな。」
『うぅ…どうも慣れなくて…。』
「それじゃあ補講といくか?」
『補講…ですか?』
「お前が俺の事を先生と呼んだり敬語を止めないなら、教師と生徒ではなく恋人関係にあるとその身体にしっかり教え込んでやる必要がありそうだからな?」
『…先生の補講スパルタだから怖いんですけど…あ……』
「早速か。」

口元を覆うなまえの掌を掴んでシーツへと縫い付ける。そして仰向けになったなまえの身体に覆いかぶさり深く口づけを落とした。

今夜は眠らせてやれるだろうか…。

(続きます。)



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