同棲中:相澤消太と仲直り


なまえ side

彼と喧嘩した。…というより私が一方的に怒った。
原因は何でもない事だ。つい最近、私の友人から猫を預かった。一週間ほど家を空けるから面倒を見て欲しいと頼まれたのだ。私も消太さんも猫は好きだったし、期限付きなら…とその頼みを承諾したのだ。
預かった初日は家に動物がいるなんて癒しでしかなくて二人で『可愛いですね。』「そうだな」なんて言いながらずっと構っていた。三日目、五日目…となると、私はその存在に慣れてきて普通に生活をするようになったのだが、彼は違った。五日目となった日も仕事から帰ってきて猫の頭を撫で、猫じゃらしを振って構い続けている。あまり言葉にはしないが、その表情からは楽しげなのが感じ取れる。
それは良しとして…私、猫に負けてない…?五日間まともに相手にしてもらえてない気がする…。そう思うとこの猫が疎ましく思えてくる。

そして六日目の今夜、私が仕事から帰り「にゃー」と鳴く猫に餌を与えていると丁度消太さんも帰宅した。

『早かったんですね。』
「あぁ、今日は早く片付いてな。」

私と会話しながらもこの男は猫の頭を撫でる。
私はむすっとした顔を作って言葉を続けた。

『私より猫?』
「…どうした突然。」
『私よりも猫が好き?ここ最近、この子しか見てないもん。』
「…よしよし。」

私が怒る気配を感じ取ったのか、彼は猫にしていたように私の頭を撫でた。
私は彼の手を払ってフイッと顔を背けた。

『猫と同じ扱いなんて信じられません。もういいです。消太さんはその猫とお過ごし下さい?私は野良女子にでもなってきますから。』
「あ、オイ…。」



と、つい勢いでとんでもない事を言って家を出てしまった。
あぁ、私ってばなんて馬鹿な事してるんだろう…。たかが猫にやきもちを妬いて家を飛び出すなんて…。幼稚過ぎる…!
…でもあの猫が羨ましかった。私も彼も働いているし、休みもなかなか合わずだし、あんなに沢山頭撫でられるなんて私はしてもらえてないもの。

絶対呆れられたなぁ…。

そう思うと帰るに帰れず、近くの公園のベンチに座り込んでいた。
すると、人の足音が近づいて来る音が聞こえてきた。私の前で止まった足音に顔を上げると、目の前にはここまで走ってきたであろう消太さんの姿がある。

彼は「ここに居たか。」とため息混じりに呟いて、私の隣に腰掛けた。
暫くの間沈黙は続いたが、私は自ら二人の間に漂う静寂を破った。

『女の子の横に何もせず座ってるだけなんて、時間の無駄では?帰ってくださいよ、時間は有限ですからね。不貞腐れた彼女なんかに構ってる時間は勿体無いですよ。』
「…それをお前が勝手に決めるなよ。お前と一緒に居る時間を無駄なんて思う筈がないだろう。」

やれやれと、頭をかきながらそう言ったあと、「腹減った。帰るぞ。」と言って、彼はベンチから腰を上げた。私はベンチに座ったまま彼から視線を逸らして口を開いた。

『…ゼリー飲料でも飲んでればいいでしょ。』
「あれは、食事の時間が無駄な時だけだ。…俺はお前の飯が食いたいし、お前との飯の時間を無駄とは思ってないよ。」
『…』
「なまえ、帰るぞ。」

私は彼から差し出された手を至極当然のように取った。さっきまで怒っていたのに、とかは考える事もなく…もはや条件反射だ。
…またこの人のペースに乗せられてしまった。そう思うが、こうしていつも私に手を差し伸べてくれるこの人の手を握ると幸せな気持ちになるから、悪くはない。

−−−−

そして、私は今とても困っている状況にある…。
家に帰り、遅めの夕飯の支度をしようとキッチンに立つと、消太さんは背後から私を抱き寄せ「悪かったな。」と呟いた。『私もごめんなさい。』と謝って仲直りをした所までは普通だったのに、それからというものずっと唇を合わせてくるのだ。唇を離してもらえた隙に言葉を発しようとすれば、またあむっと食べられてしまう。
なんとか身体をくるりと回し、彼と向き合いその身体を押し返し口を開くことが出来た。

『あの…ご飯、作れません。』
「腹が減ってな。すぐ食べられるものがここにあったからな。」
『な…!?///あ、あとにして下さい…!今は猫と遊んでて下さいよ…。』

そう返して彼の足元に擦り寄ってきている猫を指差して言うと、消太さんはため息を一つ吐いた。そして猫を抱えて離れてくれた。
ホッと胸を撫で下ろし、再びキッチン台に向かうと、彼はまたしても私の背後に立った。そして私の身体は彼の腕に包まれた。

『消太さ…んぅっ…!』

顔を後ろに向けて名前を呼ぼうとすれば、また唇を食べられてしまう。この腕を解こうにも、女の私では彼の力強い腕はそう簡単には解けない。リビングの奥から「にゃー」と猫の鳴く声が聞こえてきた。

…ゲージの中にでも入れられたのかな?

そんな事を考えていると唇が離され、消太さんは口の端を上げながら言葉を発した。

「猫と同じ扱いが嫌と言っただろう?猫とはしない事をしてやらんとな。」
『!?、あれはそんなつもりじゃ…んぅっ…』

私たち二人が夕飯を食べられるのはいつになる事やら…。

fin..



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