【ホークス】恋の始まりは単純で(後編)


なまえ side

いつも通り焼き鳥屋の仕事を終え、裏口から外へと出れば私の前に人が現れる。紅い羽を落としながら上空からゆっくりと地面に降り立ったその人は私の前で軽くお辞儀をし「お迎えにあがりましたよ。お姫様?」と言った。彼のその行動に、私は何も言わず、ただ睨みつけるような視線を送った。

「なーんつって。…そんな白い目で見ないでよ。まぁなまえさんは美人なのでそんな顔も似合いますけどね。」
『ホークス…今の言葉は嬉しくありませんよ。こんな表情が似合ってるだなんて。』
「そうです?まさに何者も寄せ付けない氷の女王って感じでいいですけどねぇ。」
『褒めてます?それとも嫌味を言ってます?』
「嫌味だなんてとんでもない。そんな感じだから安心するんですよ。俺以外の男には連絡先も渡さないだろうなと思って。」
『…貴方に連絡先を渡したのは空が好きになったからです。』

私がそう言えば、彼はクスリと笑って「それじゃ本日もお好きなお空へご案内しますよ。」と言い、私の背後に回って腰に腕を回してきた。そのまま地から足が離れて体が宙へと浮く。

彼とはあの助けてもらった日以来よく会う。連絡せずとも私の就業時間には焼き鳥屋の裏口の近くに現れ空へと連れて行ってくれる。
おかげで毎晩のストーカーには怯えずに済んでいる。
恋人同士とかそんなのじゃない。それなのにこの男は毎日のようにここへ迎えに来て「空の旅」と称して家の近くまで送ってくれるのだ。

いつも通り家の近くまで送ってもらえると思ったのに、今日はいつもと違った場所へと降ろされた。
どこかのビルの屋上だった。私を降ろしたホークスは屋上の端に立って私においでと手招きした。

言われるがままに彼の方へと近づき、屋上の端へと立った。そしてそこからの景色が視界を埋め尽くした。

真っ暗な世界に光る街並みの灯りは、宝石みたいだった。歩いていれば怖くて仕方ないこの夜の世界は、上から見ると綺麗だと思える。
でも、飛ばせてくれるほうが風を感じて好きだと思った。

「へぇー?そんな顔していつも景色見てたの。」
『…はい?』
「いやぁ、なまえさん空が好きって言ったでしょ?一体どんな顔で好きなものを見るのかなって気になって。」

彼はいつも通りヘラヘラと笑ってそんな事を言った。…この男はいつもこの顔をする。だから本心なのかふざけているのか分からない。

『そんな事、どうでもいいじゃありませんか。』
「いやいや気になりますよ?俺はキミの怯えた顔と営業スマイルばかり見てるから、他にどんな顔をするのかなって。」
『…』
「あぁ、あとお休みの日は何してるのかとか、どんな食べ物が好きなのかとかも気になりますけど!あ、これ俺がストーカーみたい?」
『…お休みの日はショッピングが好きでした。』
「なにそれ過去形?」
『…仕事の日につけられている感じはなくなったんですけど、洗濯物とか干してると誰かに見られてる気がして、外に出る勇気が無くなってしまって…。』
「…それ、ずっと?」
『ここ最近です。でも気の所為かもしれなくて。』
「ちょっとした違和感は、いつか大きな事故を招きますよ。その違和感に気づけたのは大きい。」
『…はぁ。』
「どうです?次のお休みの日は俺をボディーガードにしてショッピングに出るなんてのは。」
『はい!?』

まったくこの男は何を言っているんだか。ニコニコと笑って冗談なのか本気で言っているのかも分からず、私が返事に困っているというのに、「水曜はお店が休みでしょ?俺も丁度やっすみー」とスマホを見ながら話を進めて行ってしまう。

『ちょっ…!何を勝手に…!』
「ホラ、なまえさんはお買い物楽しめるし、俺はなまえさんの事を知れるしウィンウィンでしょ。」
『…』

−−−−

約束とは言い難い、予定を入れ込まれた水曜日、待ち合わせをした家の近くの公園へとつけば、既にホークスは来ていた。時計を確認すれば、まだ待ち合わせ時間よりも20分も早い。…さすが速すぎる男。

「あ、なまえさんこっちこっちー!」とヘラヘラと笑って私に手招きをしている。小走りで彼の元へと近づけば、段々とその顔から笑顔を消して行った。彼の目の前に立つと、彼は口元を手で覆って「参ったな。」と小さな声で言った。彼の行動の意図が分からず私が首を傾げると、彼は私と距離を詰めた。耳元に息がかかる距離に顔を置いて小さな声で言葉を発した。

「一人占めしちゃいたいなぁと思ってね。」

囁かれるような声でそんな事を言われて、なんとも思わない方がおかしい。一気に心臓が馬鹿みたいにうるさく鳴り始めた。

私が耳を押さえて距離をとると、彼は「いきましょうか」と言って表情を和らげた。

……

「キャーーホークスー///私服なんて珍しかー///」
「えーそうー?」
「ホークスは何着ても似合っとるなぁー!」

街に来て大通りを歩いていると女の子に声をかけられ、わらわらと彼の周りには人集りができる。女の子の言う通り私服のホークスなんて見るのは珍しい。白いシャツに黒のジャケット、黒のパンツ。シンプルなコーディネートがこんなにカッコいいと思うんだから、ホークスはイケメンの部類に入るのだろう。更にシンプルな着こなしは、合わせている腕時計やブレスレットなんかを余計におしゃれに見せていた。

女の子から「デート?」と聞かれ「いやいや、ただのボディーガード」とニッコリ笑って答える彼を見て、間違ってない筈なのに少しだけ寂しい気がした。

ストーカー被害に遭ってるというのに、ホークスファンにまで妬まれたら、私は外を歩けなくなる。今は離れるのが正しい気がする。
それに少し一人になりたい。



ガコッ_

大通りから外れて小道に入った私は自動販売機を見つけ、缶コーヒーを買った。プルタブを開けてブラックコーヒーを一口飲むと、口の中いっぱいを苦味で潤した。
ホークスも何かいるかな?そう思って小銭を入れて飲み物のボタンに指を伸ばしたのに、止まってしまった。

ホークスは何が好きなんだろう。考えたらよく知らない。ブラック…それとも甘いの?

考えあぐねていると背後から「なまえ?」と声をかけられた。反射的に振り返って声をかけてきた人物を目にした。

そこにいたのは数ヶ月前に別れた元彼だった。『久しぶり。』と声をかけるとその男は怪しく笑って口を開いた。

「今は一人なんだね?あの男は?最近いつも店までキミを迎えにきてる…ホークスだよね?ヒーローの。」
『そう、ホー…。え?店まで迎えにきてるってどうして。』
「酷い男だね。キミのこと一人にするなんて。俺だったら一人にせずずっとキミから離れないのに。」
『まって、あなた…』
「今日の服装やメイクもあの男の為?なまえはなんでも似合うけど、俺以外の男の為に作られたなまえなんて嫌だなぁ。」

まって…。もしかしてコイツ…。
私をつけてたあの影って…もしかしてこの男?休みの日も誰かの視線を感じていたのは間違いじゃなかった。今日もこの男は私をつけていたんだ。
そう思うと怖くて声が出なくなった。

ホークスが側にいてくれたから安心しきっていた。…浮かれてしまっていた。

ジリジリと近寄ってくる男の手には小さめのナイフが握られている。一歩一歩と近づいてくる目の前の男は口の端を上げている。

「はーいそこまで。」
『!』

そんな声が耳に届いて、上を見上げれば紅い羽を広げたホークスがいた。彼は素早く降り立ってナイフを持つ男を捕らえた。

「クソッ…お前…ホークス…!なまえの周りをうろちょろと…」
「えーうろちょろしてるのはオニーサンでしょ。さっきの少し聞こえたけど、なまえさんの事付け回してるのオニーサンだよね?」
「うるさい…!これは俺となまえの問題だ!俺はこの女の元恋人だ。部外者は引っ込んでろ!」
「んー、別に部外者じゃないけどね。なまえさんは俺の好きな人だし。」
「な!?」『…っ、』
「ま、部外者でも関係ないけどね。ストーカー行為に凶器の所持、さすがに見逃せないでしょ。あ、お巡りさんコッチー。」

そう言うと警官服を着た人が二人走って来ているのが視界に入った。その後すぐ私の元彼、いやストーカー男は警官に連れて行かれた。

男が連れて行かれてホークスと二人きりになってからも私の指の震えは止まらなかった。そんな私をホークスは「ごめん。」と言って抱きしめてくれた。

何故彼が謝るんだろう。彼から離れたのは私の方なのに。

『私の方こそ、ごめんなさい。勝手に…』

私が謝ると、彼は私の体を放して自動販売機の前に立って、お金を入れた。

本当に申し訳ない事をした。せっかくのお休みなのにこんな事に巻き込んでしまって…。
束縛が激しくて無理矢理分かれたのが悪かった。あのとき、ちゃんと話をするべきだったんだ。自分が招いた種でヒーローに面倒をかけていたなんて…。

自分が情けなくてため息を落としていると、頬にひんやりとしたものが当てられた。顔を上げると、ホークスはニコリと笑って「こういう時は甘いものが落ち着くでしょ?」と言い、私に缶コーヒーを渡してきた。それを受け取ると私の左手には甘いコーヒー、右手には自分で買ったブラックコーヒーが握られていた。

「そのブラックの方は俺が貰いますよ。そのコーヒー好きなんですよ。」
『でもこれもう一口飲んで…』

私がそう言った時には、ホークスはすでにその缶コーヒーに口をつけていた。「え?何か言いました?」と言う彼に、私は『なんでもありませんよ。』と言うしかなかった。

私はもらったばかりの甘いコーヒーに口をつけ、『コーヒー、ブラックが好きなんですね。』と言えば、彼はニッコリといつもの笑顔を作って口を開いた。

「あ、空だけじゃなくて俺にも興味湧きました?」
『…少しだけ。』
「なまえさんに興味持ってもらえるなんて光栄ですよ。何でも聞いてください?あ、ちなみにこのコーヒーが好きな理由はソレね?」

それ?
ホークスが言いながら指差した方に視線を向けた。自動販売機の下半分に貼ってある宣伝ポスターを見ろと言うことだろうか?
そのポスターは、先程のブラックコーヒーの宣伝ポスターで、コーヒーを手に持って写っている人物はエンデヴァーだった。

あ、エンデヴァーの事が好きなのね…。あれ?でもヒーロービルボードチャートJPでは、随分と彼に対して挑発的な物言いをしていたような…?

そんな事を思っていると、私の体はまたしてもホークスの腕に包み込まれた。

「憧れの人と好きな人が持ってるものを好きにならない理由はないでしょ。」
『憧れがエンデヴァーとして、この状況で好きな人と言われたら私だと勘違いしちゃいますけど良いんですか?』
「キミに一目惚れしてこうして休日を共に過ごす口実まで作ったんだ。そう思ってもらわないと困るよ。どう?俺をボディーガードじゃなくて彼氏として隣に置いてみません?」
『…また綺麗な景色を見せてくれるなら考えます。』

いつもと変わらないおちゃらけた表情でそんなことを言う彼が冗談なのか本気で言っているのかは、私にはまだ分からない。だけど、私がこの男に興味を持っているのはこの上ない事実だ。

私に知らない世界を見せてくれたあの日からずっと、私は貴方に惹かれていたと思う。

私の手を取り、持ち上げた手はホークスの口元で止まる。そして手の甲に口づけを落とした。
唇を離した時に一瞬だけ見せた、真剣な表情にドキリとした。彼がたまに見せるこの表情に弱い。

パッと手を離されたかと思えば、その手は彼と手と絡められる。「てことで、デートの続きしましょうか。なまえさんの事情聴取は明日にしてもらえたし今日は存分に楽しみましょう♪」と言って彼は大通りへと向かって歩き出した。

貴方が私の手の引くなら、私はどこまでも貴方に着いていきましょう。
貴方と見る景色はきっとどんなものも綺麗に映るだろうから。

fin..



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