同棲中:轟焦凍と抱き枕


なまえ side

ピピピピッ

スマホのアラーム音で夢の世界から現実へと引き戻される。ゆっくりと瞼を持ち上げると、真っ暗だったはずの室内はカーテンの隙間から漏れる朝日で明るくなっている。今日は土曜日で仕事は休みの筈だ。それなのにけたたましく鳴り響くアラーム音を恨めしく思う。もう一眠りしようとスマホに手を伸ばそうとするも、腕が上がらなかった。

あぁ、そうだった……。

これはいつもの事だが、寝起きの状態だとたまに忘れている事がある。私が思うように体を動かすことが出来ない原因は、横向きに眠る私の背後から回された腕だ。体の上に乗せられた自分のより大きくゴツゴツした手は、下側に置いていた私の手と絡ませてあって動けないし、すぐ後ろで聞こえる規則正しい寝息を耳にすれば、背後にいる彼を起こしたくない気持ちにもなる。

『焦凍くん…。』

小さな声で名前を呼ぶが、背後にいる彼は身動きひとつしない。
首筋に吐息がかかって擽ったさを覚えるほどに距離が近い。しかも腕を回されるだけでなく足まで絡まれているのだから驚く。

…私は毎日焦凍くんの抱き枕にされてるのだ。

『焦凍くん。』と先ほどよりも大きな声で呼び掛ければ、彼の身体がピクリと動いた。「ん…。」と聞こえると、一度私の体から腕を放し、スマホのアラーム音を止めた。

これだけアラーム鳴ってて気づかないなんて、よっぽどお疲れだなぁ。昨日の帰りも遅かったみたいだし。朝ごはん準備してこよ。

そんな事を思いながら体を起き上がらせようとすれば、腰に腕を回され、先ほどよりも強い力で引き寄せられる。私は再びベッドに転がってしまった。それも焦凍くんと向き合って彼の胸に顔を埋めるような体勢で。

あ…これはまずい。

そう思ったのは、この体勢の所為で大好きな人の香りをもろに吸い込んでしまって、離れたくなくなってしまうからだ。焦凍くんの香りに包まれると心地が良くて安心感を覚える。再び目を閉じかけていると私の頭の上から、まだ完全には起きてない焦凍くんの低い声が聞こえてきた。

「昨日、帰るの遅くなってすまねぇ。」
『ううん、おつかれさま。私こそ先に寝ちゃってごめんね。待ってるって言ったクセに…。』
「いや、いい。家に帰ってきてなまえが居てくれるだけで充分だ。それに先に寝ちまってる方が、拒否されねぇから抱き枕っぽい。やりやすい。」
『…拒否はしてないでしょう?』
「近すぎるって言うだろ。」
『…だって、寝汗かいて臭いと思われたくないんだもん。』
「なまえのこと、そんな風に思った事ねぇし、いつも俺の好きななまえの匂いだ。」
『…毎日抱きしめて眠ってくれるのは幸せなんだけど…夏も継続するの?』
「ダメなのか?」
『…だから、暑いと余計に気になるし、焦凍くんだって暑くて寝つけないと思う。』
「暑いのがダメなら、これでどうだ?」

焦凍くんがそう言うと、急に室内に冷気が漂い始め、彼の身体もひんやりとしてくる。彼の「冷」の個性だ。凍らせない程度に加減して冷気を出してくれているのだろう。

『わぁ、冷たくて気持ちいい。これならむしろ離れたくないかも。』
「暑かったらなまえが眠るまでこうしてるし、なまえとくっついてたら俺の体が凍ることもねぇ。」
『冷たくしすぎたら炎出せばいいもんね。』
「いや、それは無理だ。」
『どうして?』

私は焦凍くんの顔を見上げて尋ねると、焦凍くんは考え込んでいるのか、眉間に皺を寄せ口を開いた。

「加減をして炎を出したにしても、シーツに燃え移って俺達が火ダルマになっちまったら笑えねェ…。」
『それは本当に笑えない。』

真面目にそんな事を考えてる焦凍くんが可笑しくて、思わずふふっと笑いが漏れてしまう。私が笑っていると、視界が回り、自身の体は仰向けに転がされた。
焦凍くんは仰向けになった私の上に覆いかぶさり、触れるだけのキスをした。そして唇が離れると、いつもの何を考えてるかよく分からない表情のままで、その蒼とグレーの瞳の中に私を捕らえた。

「冷たくしすぎたら、二人で暖めればいいだろ。」
『…今、わざと冷気多めに出してるでしょ。』
「…」

こんなに幸せな朝を迎えられるなら、万年抱き枕も悪くはない。

fin..



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