【ホークス】恋の始まりは単純で


なまえ side

私は焼き鳥屋の従業員。ここのお店にくるお客はさまざまだ。会社帰りのサラリーマン、ここの焼き鳥が美味いと聞いてくるOLさんたち、グルメ雑誌の記者まで来たりする。あと変な客も…。

「オネーサン、同じのお代わりくれる?あと、オネーさんの連絡先もチョーダイ。」

ほら来た。
他のテーブルから下げたグラスを運んでいる時にカウンターテーブルに座っている客の一人と目が合うと、その人は私に手招きしてニコリと笑いながらそう告げてきた。
この人はNo.2ヒーローのホークス。よくこの店に来る常連客だ。そして、毎回のように連絡先をくれと言ってくるのだ。私は貼り付けた営業スマイルを崩さぬよう、テーブルへと近づいた。

『もも串5本、ですね?すぐにお持ちします。あと、"オネーサンの連絡先"というものはメニューにございませんのでご了承くださいませ?』
「ハハッ、かわし方慣れてるねぇ。さすが、美人は違うね。」
『いえいえ、それがマニュアルですから。』
「わっ…ホークスだぁ…!一緒に写真撮ってー!」

注文をとり、テキトーなやりとりをしていると、店に入ってきたばかりの二人組の女性客が近づいてきた。私は『ごゆっくり。』とペコっと頭を下げてその場から退散した。

正直あの女性客たちのおかげで助かったと思った。
男性は苦手だし、変な絡みにも慣れてない。
此処はお酒を飲む客も多く、変に絡まれたり、連絡先を聞かれたりすることも偶にあるのだ。ひどい客はお酒のせいにしてボディタッチをしてくる事だってある。

『はぁぁぁ…、この仕事辞めようかな…。』

−−−−

『お疲れ様でしたー。』

閉店時間がきて店を出た。
店から自宅までは徒歩15分だ。明るいうちは気にならない時間だが、夜に歩くこの15分はとても長く感じる。

店から出て3分ほど歩いたところで背後から視線を感じるのはもう3日間続いている。最初は気のせいかと思ったが、昨日の帰り道に勇気を振り絞ってカーブミラーを見た。暗くて見えづらかったが私の背後には確かに人影があった。昨日と同じ場所でカーブミラーを確認すれば、本日もその人影は存在した。

…怖い。

鞄を強く握りしめて足早に家へと急いだ。

「オネーサン。」
『!』

突然背後から聞こえた声に体をビクッと震わせてしまった。そのまま手に持っていた鞄を声の主に向かって投げ飛ばして一目散に走った。

誰か…!助けて!

10メートルほど全力で走ったところで、私の目の前に上空から人が降りてきた。突然目の前に現れた人の姿に驚いて自分に急ブレーキをかけ、あとちょっとでぶつかりそうなところでなんとか自分を止める事ができた。
目の前に降りてきたのは大きな紅の翼を背負った金髪の男だった。

『っ!、…ホークス?』
「いきなり鞄を投げつけるなんて、オネーサン結構野蛮だねぇ。」
『あ…さっきの、アナタでしたか…。スミマセン、変なのに絡まれたかと…。』
「ま、自衛は大切。」

ヘラヘラと笑った表情は崩さずそう言って、先程私が投げつけた鞄を「はい。」と手渡してくれた。それを『どうも…。』と言って受け取ると、ホークスは此処から立ち去らず更に言葉を続けた。

「夜道に女性の一人歩きは危険ですよ?」
『…と言われても、仕事終わるのこの時間ですし…。』

そう言うと、ホークスは顎に手を当て考える素振りをした。

「うーん。あ、じゃあさ!やっぱり連絡先教えてくれます?連絡くれたらいつでも俺がオネーサンの自宅まで護衛しますよ。今ならお店のマニュアルは関係ないでしょ。」
『…勤務時間外だからって、私が教えるとで…も…?』

差し出されたスマホを突っ返そうとしたが、そのスマホはメモ画面になっていて、何か文字が打ってあるのが見えた。

"後ろ、つけてきてる男は知り合い?"

その文字とホークスを交互に見た。さっきまでヘラヘラとしていたその表情は、いつの間にか真剣な表情へと変わっていた。私はそのスマホを受け取り、"いいえ、わかりません。今日で3日目です。"と打ち込み、それを返した。

私がスマホを返すと、その文字を見て「なるほどなるほど」と言いスマホをポケットに納めた。そしてまたいつものおちゃらけた表情に戻して両掌を合わせた。静かな夜に小さくパンッと音が響く。

「よし、じゃあオネーサンを空の旅へごあんなーい!っつって。」
『はい!?…あ、の…どうして私の腰を掴んで…?』
「あ、あんまり暴れないでね。たぶん、初めてだと怖いけど。」
『へ??…え、わ、嘘…!浮いて…!?』

ホークスが私の腰を引き寄せるものだから、二人の体はピタリとくっついている。こんな状況に戸惑っていると言うのに、彼はそのまま大きな翼を羽ばたかせ二人分の体を宙に浮かせた。
地面との距離はどんどん離れていき数秒で、"宙に浮く"から"飛んでる"という感覚に変わった。自分の身が空にあるなんて、初めての感覚だ。今までハンググライダーとかバンジーとかそんなの経験したこともないし。
私は恐怖のあまり目を閉じた。

『お、降ろしてー!!!落ちる!!』
「ハハ、落としたりしないから安心して。…ソレよりどう。飛んでんの気持ちいいでしょ。」

そう聞かれ、恐る恐る閉じていた目を開けた。
視界に映るのは煌びやかな街並み。いつも見る景色とは違う。見る視点が変わるだけでこんなにも美しく映るものかと感動さえした。
こんな綺麗な景色のほんの一部で「仕事を辞めようか」なんて考えていたのが、小さな悩みに思えて馬鹿馬鹿しく思うほどだった。
ビルや家などの遮るものがない上空では、いつもよりも風を感じる。嫌なことも全部取っ払っていくようで心地が良かった。

「オネーサンの家、どのへんー?」
『あ、あの公園で降ろしてもらえればすぐ近くなので…!』
「りょーかい。」
『それから、私の名前はみょうじなまえです!オネーサンじゃありません。』
「…なにー?空って風の音が強くてよく聞こえないんだよねー?」

なんで突然名前を言ったりなんてしたんだろう。連絡先も頑なに断ってるクセに。
聞こえてなかった事にホッとした気持ちと少しの寂しさを感じた。自分の感情の変化に笑いながら、『…なんでもありませーん!」と、先ほどよりも大きな声で上に向かって叫んだ。


−−−−
「はい、公園に到着ー。」

ホークスは、私が示した公園に静かに私の体を降ろして自らもその翼を休めた。
くるりと彼の方に体を向けて『ありがとうございます。』と軽く頭を下げれば、全身が温もりに包まれるような感覚がした。

私よりも背の高いホークスの体と彼の大きな翼で私の体は包まれていた。そして私に優しく笑いかけてくれた。

「ストーカー、怖かったでしょ?」
『…あんなの全然。…見てたんですね。』
「上から見てると沢山見えるんですよ。…あぁいうのは、ほっとくと何してくるか分かんないから、ちゃんと警察に言いなよ?」
『貴方が今してることは言わなくていいの?店に来る客に突然道端で抱きしめられましたって。』
「冗談キツいなぁ。オネーサンなら、嫌だったら俺を突き飛ばすでしょ?」
『……。』
「それに、さっき俺が声かけた時の反応。驚き方が尋常じゃなかった。気になる女の子が怖がってるの放っておけないでしょ、ヒーローとしても男としても。」
『…興味のない男性から向けられる好意なんて、受け取る側はストーカーのソレと一緒ですよ。』

私がそう言うと、ホークスは苦笑いを浮かべながら「んー、そういうもん?」と言って私の体をその大きな翼から解放した。
変なの。いつもなら異性とこんな距離になるなんて嫌なはずなのに安心してた。変なストーカーから逃げる事ができてホッとしてるんだろうか。

『でも…。』
「ん?」
『空…に、興味は湧きました。』
「…。」
『また連れて行ってください。』

彼はニコリと笑い「お名前と連絡先さえわかれば、いつでもお連れしますよ。」とスマホのアドレス帳の画面を出してきた。

内容を打ち込んでスマホを返すと「それじゃあ、また空にお連れしますねみょうじなまえさん?」と後ろに下がりながら自身の体を宙に浮かせた。

あれ…?今この人スマホ見ずにしまったよね?

『さっき!聞こえてましたよね!?名前!』
「こうしないと連絡先まで教えてくれないでしょ。…あ、次のフライトの時はスカートは控えることをお勧めしますよ。」
『は?』
「遠すぎて下からパンツが見える事は無いと思うけど、なまえさんの気持ち的にねぇ?」
『な!?!?』

私が自分のスカートを手で押さえると、「それじゃ!」と言って上空へと去って行った。

あ、あの男ーー!!!


恋の始まりはそんなに遠くない…?

fin..



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