【荼毘】愛は眠らない


なまえ side

仕事を終えて電車に揺られて10分。
駅から10分も歩けば着いてしまう賃貸アパート。
【新築賃貸】という単語に惹かれてこのアパートに住み始めた。

ガチャリとドアを開ければ、部屋から光が漏れていた。
…来てるんだ。

靴を脱いで部屋へと入る。

『来てたんだね、荼毘。』

2人分のソファの真ん中にドカッと腰掛け、気怠そうにテレビのリモコンを持ったまま、顔だけを振り返らせた荼毘。私が自分の身に纏っていたジャケットを脱ぎながら『気まぐれに訪れるのね?』と付け足すと、ソファから立ち上がり此方に近づいて来た。

彼の腕の中に閉じ込められるが、そのままの状態で荼毘は何も言いはしなかった。

ーー♪

少しの間の沈黙を破ったのは、私のスマホの着信音だった。『ごめん、取らせて。』と言うとその腕から解放される。

スマホの画面に表示された名前は"母"だった。ため息を落としながらもスマホを耳に当て、煩い着信音を止めた。
…母からかかってくる電話の内容なんて分かり切っている。最近は録音したものを流してるんじゃないかってくらい決まった始まり方だ。

「もしもしなまえ、いいお見合いのお話があるんだけど…」

いつもこの始まり方だ。お見合いをする気はないと何度も言っているのに、母は私の言葉には聞く耳持たずで、何度もこういった話を持ちかけてくる。

目の前に恋人がいる事もあり、母が話しているにも関わらず、私は『恋人がいるから、もうこういう話はやめて欲しい。』とだけ言って通話を終了した。

親に荼毘のことは話していない。話せば『会わせてほしい』と言われそうだったからだ。
相手がヴィランだと知れば、交際を反対されるのは目に見えている。別に親から認めて欲しいとは思っていない。認められなくたって私が彼の事を好きなのは変わらない。…ただ、面倒ごとは避けたい。

再び着信音を鳴らしているスマホの電源を落としてテーブルに置いた。

「ククッ…いいのかよ。その恋人ってのがヴィランって言わなくて。」
『…別に言う必要もないでしょう?…それより夕飯まだよね?大したものは作れないけど適当に作るね。』

キッチンに向かえば何故か荼毘も付いてきて、流し台の前で背後から抱きしめられた。
回された荼毘の腕を掴んで、『ご飯が作れないよ。』と言うと、彼は腕を離し私の左の手首を掴んだ。
その左手を私の顔の前に持って来させる。

そして左手の薬指に指輪を嵌められた。
私の指にぴったりサイズのシルバーの指輪だった。

『荼毘、これ…。結婚しようってこと?』
「ハッ…残念だがそんなロマンチックなもんじゃねぇ。一生、お前を俺から逃がさねぇ為の道具にすぎねぇよ。」

…"結婚"という単語を口にしないのが彼らしいというか。
自分がヴィランだという事もあってその単語を口にし辛いのもあるかもしれないけれど。

私はくるりと身体の向きを変え、荼毘の背中に腕を回した。そして互いに唇を寄せ合って口づけを交わす。

貴方から一生を共にしようなんて言われるなんて夢の中に落ちたみたいだった。

貴方がどんな素性を持っていようが、私の気持ちは変わらない。世間体なんてどうだっていい。

_私には貴方だけ。

fin..



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