【爆豪】ハナのコトバ(後編)


なまえ side

「なまえさん…わたしの所為で本当に申し訳ありません!!」

あれからミレは何度も謝って来ている。その度に『気にしないで。』と言うが、正直なところ、ミレの気持ちを考えると気にしない方が無理だろう。

『ミレ、貴女がしてしまったことだけど、わたしだって悪いのよ?』
「なまえさんは悪くないですよ!!!悪いのは全部わたしで……。」
『わたしも貴女に忠告をしておかなかったからね…。噂をよく聞くだろうけど、勝己様を非難するようなことは絶対に口に出してはダメ。此処の者は皆、勝己様が好きだから、敵に回す事になりかねない。』
「はい…気をつけます。…先程は怖くて声が出せませんでしたが、やはり罰はわたしが受けます。今すぐ執事様に…!」
「また仕事をサボっとるか!お前たちは!!!」
「ヒィッ!」
『…執事様。』

またしても私たちの前に現れるこの男に、ミレはあからさまに驚く声を上げた。…今回は勝己様はいらっしゃらない。執事に叱られる無様な姿を見られずに済んだ…。
先ほどまで「執事の元へ!」と意気込んでいたミレも、いざ本人を目の前にすると、完全に怖気付いてしまっている。体を小さくして下を向いた。

『私共に何か御用がおありで?』
「…コホン。なまえ、勝己様より伝言だ。本日22時、勝己様のお部屋へ向かうように。…主からの言葉をそのまま伝えるが、…1秒でも遅れたら殺す、とのこと。」
『…かしこまりました。』

いつも通りの物騒な物言い、間違いなく勝己様からの命令だ。
わたしが返事をすると執事は「掃除は怠るな」と捨て台詞を残して去っていく。

『あの執事、本当に苦手だわ。』
「…たった2週間ですが、わたしもそう思います。」

−−−−

21時40分、勝己様のお部屋に向かおうと自室の扉を開けると執事が立っていた。

『…あの、これから向かいますが。』
「逃げられて勝己様のご機嫌を損ねてもらっては困るからな。同行しよう。」
『…我が主の命に背くなど、私がするとでも?はぁ…、構いませんよ。逃げるつもりなど毛頭ございませんので、どうぞお気の済むまで監視してくださいませ?』

ため息を落としてそう答えると、この執事は本当にわたしの背後を付いて歩く。痛いほどの視線を感じる。少しでも逃げる素振りを見せようものなら、飛びかかって来そうだ。だが、わたしにそんな気はさらさらない。この執事は勝手に神経をすり減らせばいい。

城の最上階。
この階全てが勝己様エリアだ。
決まったものしか入らせてもらえない決まりだ。執事、専属の使用人、勝己様のご家族、エリザベス様、そして今回のわたしのように勝己様から呼び出しがあったものだけ。

執事は、わたしがここまで自分で歩いて来て逃げ出さない事をようやく信じてくれたようで、勝己様エリアに着いた時には「監視役」から「お部屋への案内係」へと転じた。
執事の後について歩くと、わたしと同じメイド服を着た使用人はわたし達とすれ違うと立ち止まって頭を下げる。
あぁ…明日にはわたしが何をして、勝己様からどんな罰を言い渡されたのかが城中の噂になるんだ。

執事が大きな扉をノックして「勝己様。」と声をかける。
少ししてドアを開ければ、目に飛び込んできたのは驚くほど広い部屋だった。置かれたベッドやテーブルも大きいのに、なんだこの有り余るスペースは。
自分の部屋との違いに呆気に取られてしまう。

「勝己様、連れて参りました。」
「…入れ。」

窓の側に立ってガウンの姿で外を眺めていた勝己様は、ちらりとこちらを見てわたしの姿を確認すると、また窓の外に視線を戻した。

中に入り、勝己様から数メートル離れたところで床に片膝をつく。

「…俺様の所に時間通りに来たことは褒めてやらァ。…だが新人の教育がまともに出来ねェ奴は此処にいらねェ。」
『返す言葉もございません。』
「…人間の教育がまともに出来ねェなら昨日の猫でも教育しとけや。」
『猫…ですか?』
「オイ、クソ執事!!明日にでもあの猫コイツの部屋に放り込んどけ。」
「…仰せのままに。…しかし勝己様、それがこの者への罰、ですか?」
「…なんか文句あるンかよ。」
「!…い、いいえ文句など、とんでもございません。」
「分かったらもう外せ。ついでにこの階のモブ共も全員履かせろ。」
「かしこまりました…失礼いたします。」
『…失礼いたします。』
「ア?、テメェに帰れとは言っとらんわ!!」
『はい?』「勝己様?」

わたしと執事、同時に反応した。
勝己様の目はわたしに向いている。
わたしはここに残れというの?

「…勝己様、つまりそれは、この者とここでお二人きりに…ということでお間違いございませんか?」
「俺様の言うことに何か言い分でもあんのか!?あ゛ぁ!?」
「め、滅相もございません!!…おっしゃる通りに致します。」

そう言うと執事は出ていき、部屋にはわたしと勝己様の2人きりとなる。
…これから下される罰が本当の罰だろうか。いくらなんでも、主を侮辱した罰が「猫の世話」では刑が軽すぎる。
クビだと告げられたらどうやって生きて行こう。それならまだ鞭打ちとかの方がマシだ。

「いつまでそうしとんだアホ」

勝己様が片膝を床につくわたしの目の前に立ち、そう声をかけてくださる。顔を上げると目の前に掌を差し出された。
どうしていいか分からず、その掌と勝己様のお顔を交互に見る。するとわたしの腕を掴んで立ち上がらせ、キングサイズのベッドにボスンと投げられる。
何が起こった…?
思考が纏まらない状態だというのに、勝己様が隣に一緒に寝転んでわたしをぎゅっと抱き締めるものだから、余計に頭の中はパニックだ。

『!、かっ勝己様これは一体!』
「クソ執事の手前、何かしらの罰言っとかねェとうるせーからな。」
『そ、そうではなく、この状況が!!』
「チッ…いつもは話しかけてこねぇクセに今日はよく喋ンじゃねぇか。」
『…申し訳ございません。』
「いや、それでいい。2人きりの時は気にすンな。」
『そういうわけには…「これは命令だ。」…かしこまりました。』

返事をすると勝己様は「ん。」とだけ言ってわたしを抱き締める腕の力をさらに強めた。

少し顔を上に向け、目線を上げれば勝己様のお顔。
こんな距離感は初めてでどうしていいか分からない。
逃げ出そうにも力強いこの腕から抜け出すなど不可能だ。

勝己様の心臓のある部分に額をくっつけると「トクン、トクン」と心地の良い音が響いてくる。
わたしの方は先ほどから「ドクドクドク」とうるさい音を鳴らしているし、リズムも速くなっている。この脈の速さが勝己様の身体に響いてしまっていると思うと恥ずかしくなる。

『あ、の…勝己様?』
「……すぅ…」

…寝てる!?!?
ど、どうしよう。今ならこの腕から抜け出せそうだけど、この方を動かして起こしたくはない。…こんなに気持ちよさそうに眠っているし。
それよりも何より、この方のお側にいることが許されたこの一時を大切にしたかった、というのが本音だ。

わたしは自分の心臓の音が落ち着かず、なかなか眠れずにいた。勝己様はわたしとは真逆に規則正しい寝息を立ててぐっすりだ。

このまま、朝が来ませんように…。

ぎゅっと目を閉じてそう強く願った。

−−−−

朝目を覚ますと、勝己様はもういらっしゃらない。
あれからわたしも眠ってしまったようだ。

「起きたンかよ。」

パタンと扉の閉まる音とそんな声が聞こえ、咄嗟に身体を起き上がらせた。
勝己様は朝からどこかに出られていたのか、既に"王子様"の身なりだ。
それに比べてわたしは、仕事のメイド服こそ着てはいるが、昨日と同じ服にシワのよった状態。そして寝起きで髪の毛も跳ねていることだろう。はしたない姿を見らるのが嫌で、下を向いてしまう。
勝己様はベッドの端にドスっと腰掛け、俯いているわたしの顎を掴んで前を向かせた。
勝己様の赤い瞳にはわたしが映っている。わたしの瞳にも勝己様がいるだろう。

「毎週木曜日22時にここへ来い。それがテメェへの罰だ。」

………え?

−−−−

あれ以来わたしは木曜日になると勝己様のお部屋に伺うようになった。初日こそ専属の使用人達がこの階に居たが、2回目以降、この階には誰一人としていなくなった。
初日のように、執事がわたしを迎えに来ることもない。

気になって勝己様にお伺いすると、

「テメェがモブ共の目ェ気にしてっからだろーが。木曜のこの時間以降は来んなっつって命令したわクソ!」

とのことだった。わたしへの気遣いだったようだ。

「ちなみに、この階に来れる奴らは、テメェらみたく馬鹿みてぇな噂話を流す奴らじゃねぇわ!!俺様専属を舐めてんじゃねぇぞゴラァ!!」

とも付け足された。確かにこの勝己様エリアに初めて来たとき、使用人たちは変な目で私を見るのではなく、わたしに頭を下げた。わたしが使用人であることなど関係なく"勝己様のお呼びした大事なお客様"という感覚なのだろうか?
考えていると、勝己様が「それよか…」と口を開いたので『はい。』と返事をする。

「なんでいっつもその格好なんだよ。」

そう言われ、自分の姿を見る。いつも通りのメイド服だ。何かいけなかっただろうか?

『勝己様からの命を受けている間はお仕事中ですので、これで問題ないかと。』
「…そーかよ。」
『お気に召しませんか?』
「なんでもねぇわ!…俺はもう寝る。こっち来いやクソ!」

わたしの腕を勢いよく掴んだかと思えば、いつも通りベッドに放り投げられる。そして、勝己様はわたしを抱き締めてお眠りになる。それ以上をされることはない。

…いつもこうだ。勝己様はこのままわたしを抱き締めたまま眠る。朝になれば、決まって隣で眠ってらっしゃることはなく、身なりを整えた状態でわたしを起こしに来て下さる。
…エリザベス様ともこうやって過ごされているのだろうか。
そう考えると酷く胸が痛んだ。

−−−−
朝目が覚めるとやはり勝己様は隣にいらっしゃらなかった。
そしてお決まりの流れの通り、午前6時になるとお部屋にお戻りになり、わたしを起こしてくださった。
いつもは、このまま部屋に帰るのだが、今日はベッドから下りたわたしの手を掴んで、廊下に出されたかと思えば、すぐ隣の部屋に押し込まれた。

『!?…あの、勝己さま!?』

部屋にはわたしだけ押し込まれて、廊下にいるであろう勝己様の名を呼ぶ。

「終わったらすぐにガーデンに来い。いいか、すぐにだ!待たせたら承知しねェ!」
『?…終わったら…って、なにが…』
「お待ちしてましたよなまえサマ?」
『!?』

部屋には誰もいないと思っていた。背後からそんな声が聞こえて、身体がビクッと跳ねる。
振り返ると、自分と同じようにメイド服を着た使用人が2人、ニコリと微笑んで此方に近づいてきていた。
彼女達はたしか勝己様専属の使用人だ。
1人は40代くらい、もう1人はその方よりも少し若いくらいだろう。近づいてくる2人から逃げようと1歩2歩と後ろへ引く身体を彼女たちによって捕えられる。

『わたしを…え?』
「勝己様をお待たせするわけにはいきませんので、急がせていただきますね?ガーデンへの道順は、身支度をしながらルートをお伝えしますので、その通りにお進みください。」
『え?…身支度?え?…ガーデンへのルートくらい分かりますが…。』
「なまえ様が思ってらっしゃるのは"通常ルート"。これからお伝えするルートで行けば、まず噂好きの使用人達に遭遇することはございませんわ。言わば、"秘密ルート"です。」

ふふっと笑って答える彼女たちは、わたしのようなそこらの使用人とは違って話し方も格段に品がある。
さすが…"勝己様の専属"。

「ではお召し物を全てお脱ぎになって下さい。」
『…はい?』

戸惑うわたしの様子なんてお構いなしに彼女たちによってわたしの身ぐるみを剥がされてしまった。

…なんと手際の良いもので、それから10分足らずでわたしの姿はお姫様に変えられた。

『…これは一体?』
「ふふ。それは勝己様にお尋ね下さいませ。さ、王子様がお待ちですよ?ラベンダーのお姫様。」
『…』

先ほどからなまえ様とかお姫様とか、言われたことのない呼ばれ方をしてムズムズとする。
"ラベンダーのお姫様"とは、わたしが勝己様に贈った花のことを言っているのか、それとも今、身に纏っているドレスがラベンダー色だからだろうか?
尋ねようとすれば背中を押されて部屋を出されてしまう。部屋を出る直前に1人のメイドに耳打ちをされる。

「貴女がラベンダーの花を贈った際に"花の言葉"を贈ったつもりはないのかもしれませんが…勝己様には、ラベンダーの花言葉をお教えしておきました。」

『え?』と振り返ると彼女はニコリと笑って「お気をつけて」とだけ言って扉を閉めた。
…花言葉??
彼女はわたしに何が言いたかったのだろう?
ラベンダーの花言葉なんてわたしは知らないのだけど…。
彼女の言った言葉も、この姿になった意味もわからないが、とにかく今は急ごう。
教えてもらった"秘密ルート"を通ってガーデンへと向かう。

−−−−
先程の使用人の言う通り、ガーデンまでの道中で他の使用人達に出会うことはなかった。…今が早朝だと言うこともあるのだろうけど。

ガーデンへ入って少し歩くと勝己様の後ろ姿が見え、わたしは足を止めた。

「おっせ…!……。」

振り返り際に怒鳴ろうとしていた勝己様がわたしの姿を見て、目を見開いて固まってしまった。
…やはり、こんな姿はわたしには似合わない。せいぜいお仕事の服がお似合いだ。

恥ずかしくて下を向いていると、勝己様は「付いてこい」とだけ言って歩き始めた。
勝己様の仰る通りに、数メートルの距離を保って後ろに付いていく。
奥まで歩くと、大きな塀に扉がついている場所に辿り着いた。
15年この城に仕えているが、ガーデンの奥に扉があることなど知らなかった。
その扉を開けて中に入る。


…素敵な場所だった。
そこは薔薇の園だったのだ。

勝己様は、その景色に見惚れているわたしの手を取り、薔薇の道を進んでいく。
…こんな素敵な場所を、エリザベス様ともこうやって手を取って歩いたのだろうか。エリザベス様なら、さぞかしこの場所がお似合いのことだろう。

「此処は、俺と庭師とさっきテメェにそのドレスを着せたメイドしか知らねぇ場所だ。どこぞの姫とやらも連れて来たことはねぇ…。」

…エスパーですか。
今ちょうど頭で考えていたことの返事を口にされて驚いてしまう。
勝己様が足を止めて、わたしの方へと振り返り、わたしの上から下までを見て口を開く。

「…似合ってンじゃねェか。それ。」
『…っ、勿体ないお言葉です…。』
「…」
『いつしか、勝己様に贈ったラベンダーのお花の色と一緒ですね…!』
「ずっと…」
『?』
「テメェを俺の隣にずっと居させるつもりだった。身分なんてモンはどーだってよかった。」
『勝己、様?』
「ガキの頃にした約束を忘れたことなんか一度もねぇわ」
『…』
「花を貰って、贈ってきた奴がテメェだって知って、馬鹿みてェに嬉しくなっちまった。メイドの奴がその花言葉を言ってきたときもだ。…少し前に言ってやがった黄色いチューリップの花言葉をメイドに聞いた時、心臓が抉られるみてェだった。」

黄色いチューリップの花言葉をもうご存知なのですね。
ならば、わたしの気持ちには気付いてらっしゃるということですか?

「望みがねェ、なんて諦めてンじゃねぇよバァカ!!こちとら毎朝クッソババァのご機嫌取りに出向いて、ようやく今朝"結婚は好きにしろ"って言わせて来たってのによォ!」
『…えぇ!?』

勝己様の発言に思わず大きめの声を出してしまった。
あの俺様な勝己様が!?!?わざわざ人からの許可を!?!?

『なぜ、そこまで…』
「…そうでもしねぇとテメェは俺を避け続けンだろーが。」

避けるなんて、とんでもない。王子様と使用人の身分を弁えているだけだ。
勝己様の言ってくださった事が嬉しいあまり、泣いてしまいそうだ。言葉を出せば、声は震えてしまうだろう。黙ったままでいると、勝己様が腰に手を回してきてわたしの身体は抱き寄せられた。

「これからは俺と過ごす時間を仕事だなんて言わせねェ。」
『…。』
「"俺の姫になれ"。」

子供の頃に言われた言葉を15年越しに再び言われ、懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいだ。もう堪えることなど出来ず涙が流れた。同じだけどあの頃とは違う。遊びの延長線上の言葉なんかじゃない。この方の目は本気だ。

勝己様の目を見つめ、笑顔で『はい。』と返事をすると、勝己様はわたしの唇に口づけを落とした。


−−−−
その晩、わたしは書庫に行きラベンダーの花言葉を調べた。

【あなたを待っています。】

少し前に小さな花壇で勝己様が仰った「もう少し待ってくれ」はこれに対する返事だったのだろうか?
口が悪いのに意外と、純真な心をお持ち…?

fin..



- ナノ -