【爆豪】ハナのコトバ(前編)


(王子様と使用人さんのお話。プロヒ設定でも何でもないです。)

なまえ side

ここは我らの王子である勝己様の住われるお城だ。
わたしなまえはこの城に仕える使用人。

「なまえさーん!こっち終わってまーす!」
『はーい!』

わたしに声をかけるのは2週間前に此処に来た新人の使用人:ミレだ。
歳はわたしより3つ下で22歳だと言ってたかな。
彼女が声をかけてくれた時には、わたしの方の掃除も終わっていた。
広い応接間の拭き残しがないか入念にチェックを行う。この城の中では全てにおいて完璧を求められる。食事、掃除、庭の手入れ、etc…。完璧を求める当主の存在がそうさせているのは勿論だが、勝己様の1番側でお支えする執事の男が誰よりも口うるさい。
この城では勝己様が絶対だ。執事の男は、勝己様を崇拝しているのだ。

「此処が終われば、次は広場の手入れですよね?」
『そうね。…よし、埃なし、空気も綺麗!広場に向かいましょうか。』

応接間を出て広場へと向かう。広場ではゴミ取り、掃き掃除、勝己様の銅像の磨き上げ、そして広場の面積に見合わない小さな花壇の手入れだ。
この花壇に植えてあるお花はラベンダーだ。一度、勝己様の眠りが浅いと城で噂になった時期に執事の男にラベンダーの鉢植え手渡し、を勝己様の元へ置いて欲しいと頼んだ。その翌日に執事からラベンダーの花壇を作れと命を受けた。
ラベンダーの鉢植えに対しては、勝己様からの反応こそ無かったが、花壇を作れと執事が言うのだから、余程よくお眠りになられたのだろう。
それ以来、この小さな花壇のお世話をわたしが一任されている。

「なまえさん、前から気になってたんですけど、このラベンダー、勝己様からの命令で作ったんですか?」
『どうかな?わたしは執事から言われただけだよ。』
「…そうですよね。あの勝己様が花を植えろだなんて、言わないですよね。」
『ふふ、そうね?けど、わたしはここに来た時から"執事の命令は勝己様からの命令と思え"と教えられてきているから。』

わたしのような一介の使用人が勝己様とお話をする事はないし、お目にかかることも滅多にない。勝己様から直接命を下される事はない。ここに来た時から執事の言葉は勝己様の言葉同然と受け取るよう言われて来た。

『…あら?』
「どうかされました?」
『花壇の端のラベンダーが踏み荒らされてる。猫かしら?』

そんな話をしていると耳にしていたインカムからガガッと電子音が鳴る。

"16時到着予定のエリザベス様がいらっしゃいました。"
『広場、使用人2人。直ちにお迎えに上がります。』
「…はぁ〜、他所のお姫様のお迎えが1番気を使います。」
『大丈夫よ。私たちはようこそって頭を下げているだけでいいんだから。』

エリザベス様、というのは別のお城のお姫様だ。王子の城にくる姫、言わずもがな勝己様の"婚約者"だ。毎週末、勝己様に会うため城へとやってきて、夜を共にされ、翌日に帰られる。城内の噂によれば勝己様のお婆さまが後継を急かしての政略結婚とかなんとか…勝己様はご納得されていないようだ。
嘘か誠かは定かではないが、毎度朝までご一緒されるのに一線を超えてらっしゃらないとか。まったく、噂とはどこまで本当かわからず独り歩きをするから恐ろしい。

玄関先へと向かいお姫様のお出迎えをする。
車から降りてきた金髪のロングヘアの髪の毛。お人形のような顔立ちによく似合う綺麗なドレス。誰がどう見たってお姫様だ。こんな素敵な方を拒む男はいないだろう。…勝己様とて例外ではない筈だ。

玄関の前に集まった使用人達が一斉に「ようこそ」と腰を落として挨拶を告げる。

玄関のドアが開くと執事と共に勝己様がお見えになる。
執事の男が「これはこれはエリザベス様…」と挨拶をするが、勝己様はエリザベス様と目も合わせようとしていない。
羽織ったマントをなびかせて室内へと戻る。
と思っていたのに、2.3歩だけ歩いてその足を止め、顔だけを使用人の集まる方へと振り向かせた。
…いや、違う。わたしの方を見ている。

「オイ、花の奴…。」

勝己様がそう言うと、使用人達の視線が一気にわたしに集まる。わたしが以前に勝己様にラベンダーの鉢植えを送った事は皆が知っている。そのあと、花壇でラベンダーを育てていることもだ。勝己様が関わる事となれば、わたしのような者でも城中の噂となってしまうのだ。

「聞いとんか。」
『…っ!はっ、はい。なんでしょう?』

まさか自分に声が掛かるなど思ってもおらず、声がうわずってしまった。
何かやってしまっただろうか。と、考えを巡らせるが、何かを壊した覚えはないし、やり残している仕事も皆目検討がつかない。
その場にいた全員の視線は、わたしから勝己様へと戻る。

「…花壇の端が荒れてンだよ。手入れが甘ェ…。今日中に直しとけ。」
『!…も、申し訳ございません。直ちに手直しして参ります…。』

深々と頭を下げそう謝罪を述べると、バサッとマントの揺れる音が聞こえる。顔を上げると勝己様は既に背を向けて室内の奥へと向かっていた。

勝己様の姿が見えなくなると、ミレが話しかけてくる。

「なまえさん、今の聞きました?勝己様、お花のこと気にしてらっしゃいましたね?…って、なまえさん!?」

一気に力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまう。

『…びっ、くりしたぁ…。』
「大丈夫ですか?なまえさん立てます!?」
『うん…ごめん。大丈夫。…お花直してこなきゃ。』

立ち上がって花壇の方へ向かう。ミレも一緒についてきてくれると言うので、2人で花壇まで歩く。

あの場で自分に声が掛かったことにも驚いたが、まさか花の世話をしているのがわたしだと認知していたのかという驚きもある。

それにしても、なんてタイミングが悪いんだろうか。
わたしは命令を受けたあの日からこの小さな花壇の手入れを怠った日なんて1日もない。
よりにもよって猫に荒らされた日に限って、勝己様に見られてしまっていたなんて…。

そんなことを思いながら花壇の前に座り込んで、茎が折れてしまった花を土から引き抜く。

「抜いちゃうんですか?」
『明日、お花屋さんで綺麗なの買ってきて植え替えるよ。』

このお花は茎は折れてるけど、花は散ってない。切り花にでもして部屋に飾ろう。

「…この城の人達はすごいですね。」
『どうしてそう思うの?』
「この城の決まりとはいえ、皆、勝己様の為に必死になるじゃないですか。」
『…ミレはまだ此処に来て2週間ね?いずれ分かるわよ。…此処の者は皆、当主の為にならどんな捨て駒だろうがなってやろうと思えるのよ。皆がそう思えるほどのお方なのよ。』
「…そうですか…。」

この城に住む者は皆、勝己様をお慕いしている。あの方が望む事ならばなんでもするだろう。わたしもそうだ。
幼い頃に勝己様に助けてもらって以来ずっとそう思ってる。

わたしは孤児院で育った身だ。10歳である夫婦に引き取られたが、そこでわたしは…飼われているも同然だった。部屋に閉じ込められ、その"飼い主"のストレスが溜まれば殴る蹴るの暴力。…半年間その苦痛に耐え、ようやく"小屋"から逃げ出すことが出来た。
自分が何処を歩いているのかも分からず、ただフラフラと歩いていた時に出会ったのが、同じく10歳の勝己様だった。

「おまえ、死にそうじゃねーか。」
『…。』
「なぁ、コイツ俺ンちに連れて帰ってやろーぜ。」
「カツキ様…そのような勝手な事をしてしまっては奥様に叱られるやもしれませんので…」
「はぁ?死にそうな奴ほったらかしにしたって言いつけてやっからなー!」
「!、わ、わかりました!」

そんなやりとりが目の前で行われていた。黒い車に乗せられ、着いたのがこのお城だったというわけだ。
お風呂に入れてもらって、美味しいご飯を食べさせてもらった。『ありがとう』と言いたかったのに、涙が出て上手く喋れなかったっけ?
あの日のカツキ様は、真っ暗だったわたしの世界に差し込んで来た一筋の光だった。…あの時、紛れもなくカツキ様はわたしにとっての王子様だった。

その日からわたしは此処で住み込みで働かせてもらうようになった。

覚えてらっしゃいますか?
わたしを救ってくださった日のことを。
覚えてらっしゃいますか?
わたしが窓を拭いていると、反対側から顔を出して驚かせて来たこと。
覚えてらっしゃいますか?
「おまえは俺の姫になるんだ!」と言ってくれたことを。

幼き頃を思い出してクスッと笑ってしまう。

幼い頃に仲が良くとも、勝己様は王子様、わたしは使用人。それも育ちの良くない子だ。…釣り合う方がおかしい。自然と距離は離れていき、今の関係性というわけだ。わたしは「この関係性が妥当だろう」と、勝己様への想いを心の内に秘めた。

救っていただいた恩返しとしては、足りないのかもしれませんが、わたしの人生全てを賭けて貴方に尽くしましょう。
…貴方が望むままの駒となって。

考え事をしているわたしの顔を、ミレは心配するような顔で覗き込んできた。

「…なまえさん?」
『ふふ、なんでもないよ?』

さて、明日はいつもの掃除+街への買い出し、そして花の植え替えと大忙しだ。

-翌日-

15時を回った頃、城内のある程度の清掃は終え、街の花屋へと向かった。
いつものお花の売り子に、花壇にあるのと同じラベンダーを出してもらう。待っている間にお店に並んでいる切り花を眺めて、視界に入ったチューリップの花も一輪包んでもらうことにした。

「チューリップといえば…」
『なんでしょう?』
「この前、街の男性が買いに来たんですよ。彼女が黄色が好きだから、この黄色いチューリップを包んで欲しいって。」
『…素敵なお話ですね?』
「私もそう思って張り切ってリボンとか付けて包装してお渡ししたんですけどね。あとで黄色いチューリップの花言葉を知って驚きましたよ。」
『なんだったんですか?』
「"望みのない恋"だったんですよ…。」
『…』
「お客様に悪い事をしてしまいました…。」
『ま、まぁそんなこともありますよ…。』
「しかも、こんなに明るい色をして可愛いお花がそんな言葉を持ってるなんて驚きませんか?」
『…そう、ですね。…あの、この黄色を包んでもらってもいいですか?』
「えぇ!?、今のお話のあとに!?」
『ふふ、好きなんですよ。黄色。あとチューリップも。』
「そうですよね!好きな花を選ぶのが1番大事ですね!」


わたしはラベンダーの鉢と一輪の黄色いチューリップを抱えて城へと戻った。
そのまま花壇へと向かうと、人影が見える。

…あの後ろ姿は間違えようがない。
金髪のツンツンの髪型。マントを羽織った大きな背中。

勝己様だ。

数メートル離れたところで足を止めて、勝己様の後ろ姿を見つめる。

あぁ、こんな2人きりの空間なんて、いつぶりだろうか…。話をしている訳でも、勝己様が私に気づいている訳でもない。それでもこの2人だけの空間というのは、自然と涙が出るくらい、懐かしくて幸せだった。

願わくばこのまま時が止まって欲しい。

そんな願いが叶うはずもなく、勝己様が立ち上がり、こちらを振り向いてわたしに気づく。

存在を気づかれてしまえば、わたしは貴方の僕(シモベ)だ。
その場で跪く。
主に対して僕から言葉を発する事は許されない。
わたしが跪く地面の先に勝己様の足が見える。

『…』
「…荒らした犯人は捕まえといてやったわ」

何のことか分からず、顔を上げて尋ねようとすれば、勝己様の腕の中で一匹の子猫が「にゃー」と鳴いた。

『ね、こ??』
「…見に来たら花壇で暴れてやがったからな。概ね、猫じゃらしとでも思ってンじゃねぇか?」
『…い、いけません勝己様!引っ掻いたり噛みつかれでもしたら!!』
「あ?ンなもんで死にゃしねェよ。」
『ですが!』
「それよか…なんであの一角だけ花がねェンだよ。格好悪りぃ…。」
『…茎が折れてましたので、植え替えをと思い、今しがた買って参りました。』

そう言ってラベンダーの鉢植えを見せる。

「…そーかよ。ンで、その黄色のチューリップはなんだ?」
『あ、これは自分用で…。っ!申し訳ありません、仕事の時間に私物を購入するなど…。』
「…好きなんかよ。その花。」

わたしの全力の謝罪はどうでも良かったらしい。

『好き…ですよ。黄色も、チューリップも。』
「……テメェに似合ってンじゃねぇか?」

ボソッとそう言ってそのままわたしの横を通り過ぎて行った。
わたしは思わず立ち上がって『勝己様。』と呼び止めてしまった。
足を止めた勝己様は顔だけこちらに振り向かせ、赤い瞳には間違いなくわたしを映している。

わたしはこのお方に何を言おうとしてるの?やめなさい。
そう思っているのに、口は勝手に動いてしまう。

『黄色いチューリップの花言葉を…ご存知ですか?』
「……知るかよ、ンなモン。」

そう言った後、勝己様はわたしの目の前に歩いてくる。
わたしと勝己様との距離は1メートルと離れていない。
こんなに近距離でお顔を見るのはいつぶりだろうか。跪かなければならないのに、身体は動いてくれない。
15年前は同じくらいだった背も、今はわたしが見上げるようになっているし、あの頃無邪気に笑いかけてくれていた可愛さのある表情は無くなって、なんとも凛々しい顔立ちになられた。

あの頃とは違う。
という事実を突きつけられる。
わたしは溢れそうになる涙を堪えて勝己様から視線を逸らした。…それなのに、勝己様の右手がわたしの顎を掴んで自分へと向かせる。

『か…つき様?』
「…シケた面ァ、してんじゃねぇわ。」

わたしは勝己様の取った行動に驚いて、目を見開いて固まってしまった。
なにを、されているの??
エリザベス様とご結婚されるのでしょう?今朝までご一緒だったのでしょう?そもそも、何故この花壇にいらしたの?そんな疑問ばかりが脳内を駆け巡る。

「…もう少し、待ってくれ。」
『…待つ?私に仰っているのですか?』
「今ココにテメェしかいねぇだろ。」
『どういう意味で仰っているのでしょうか、私には分かりかねます…。』
「あ!!勝己様!!!こんな所にいらっしゃいましたか!!」

勝己様の放った言葉の意図が良く分からず尋ねたところで、勝己様の背後から執事の叫ぶ声が聞こえる。
その声に肩がビクリと跳ね上がり、咄嗟にその場に跪く。こんな状況を見られては、どんな噂が広がるか…。そして執事の男はおそらく勝己様のお婆様にこの状況を言いつけて、わたしは城から追い出されるだろう。

「はぁ、はぁ…勝手に出歩かれては困ります!…って、猫!?!?今すぐその獣をコチラへ。」
「猫ぐれェで大袈裟なんだよテメェらは。」

勝己様の腕の中の猫を見て、素っ頓狂な声をあげる執事に、勝己様はため息を落としながら、その抱えた猫を執事に渡した。

「離したらまた花壇を荒らしかねねェ…。ソイツなつかせとけ。」
「…か、かしこまりました…。」

それだけ言って、城の方へと向かわれた。
…久しぶりにお話をした。
そっと胸に手を当てると、心臓の鼓動は速くなっていた。

−−−−

「はぁ〜〜、なんでこんなにここの玄関ホールは広いかなぁ……」

翌日に玄関ホールの清掃をしているとミレがそうボヤいた。
わたしがクスッと笑って、『いずれこの広さにも慣れるわよ。』と言うとミレは「そうですよね…」と諦めたように掃除を再開した。

「そういえば…」
『どうかしたの?』
「私、さっき他の人が噂しているのを聞いたんですけど、勝己様はエリザベス様とのご結婚を承諾されていないんですね?」
『…どうかしらね?』
「毎週末、夜を共に過ごされて翌日にお帰りになられるのに、一線は超えてらっしゃらないとも聞きましたけど…もしかして勝己様はED『ミレ。』「そこの者!!」!?」

これ以上は言わせてはダメだと思い、ミレの名を呼んだと同時に背後から執事の声が聞こえた。
…最悪だ。厄介な人物に聞かれてしまった…。

振り返り謝罪の言葉を述べようとして、わたしは固まってしまった。
そこにいたのは執事と、勝己様だった。
…本人がいらっしゃったなんて、これはまずい事なった。
即座にその場に跪く。

『!もっ申し訳ございません!!』

言葉は出ていないが、ミレも共にわたしと同じ態勢になる。彼女の身体は震えていた。

「主に対してなんたる卑劣な発言を!!」
「も、申し訳ございません…。」
『…勝己様、この者は2週間前からこの城に仕えている者です。まだ何も知らぬ者です。どうかお許し下さい。』
「…。」
「2週間前が何だと言う!この方はこの城の王子であるぞ!!」
『…ならば私に罰をお与えください。教育係である私に責任がございます。』

頭を下げそう言うと、執事の「勝己様…?」と言う声が聞こえ、わたしの視線の先には勝己様の足が止まる。
顔を上げたいが、勝己様の指示なしにそれはできない。

「…今夜、俺の元へ来い。」
『…っ、』
「聞こえてんなら返事しろや。」
『…かしこまりました。』
「分かってんだろーが、来なけりゃ殺す。」

勝己様はそれだけ言い残して立ち去って行かれた。

…ここは貴方のお城。
当主の直接の命に背くなど、私のような使用人が出来るはずがございません。

(続きます。)



- ナノ -