慣れている温もり (1/2)

 ライブラに、ザップの弟弟子、ツェッド・オブライエンが新メンバーとして加わった。
「私も血闘神とお話したかったなあ」
 その日、エイブラムスと別の仕事をしていた◆は、ツェッドがHLにやってきた時には皆とおらず。翌日出勤してみれば円柱型の巨大な水槽が一室に設置してあり、その中に半魚人が佇んでいたのだ――まあ、驚きはしなかったが。
「◆さんは、師匠に牙狩り本部で会ったことは無いのですか?」
 ソファに座している◆は、壁際に立って本を捲っているツェッドの方を見やる。席は空いているのだが、彼は立っているほうが落ち着くらしい。
「本部で会えたらレア中のレア、汁外衛様が本部にいらしたなんて聞いたことないもの。お話でしか知らない方だよ。スティーブン先生ですら初対面だったんでしょ?」
 ラッキーね、と振り向く◆に、デスクでパソコンを弄りつつスティーブンが肩をすくめた。
「そうは云うがお嬢、あの方は毒舌なんてもんじゃなかったぞ」
 己の一番弟子を(その様相のせいもあったとは云え)糞袋、生ゴミ、腐った猛毒の餅、潰された蟲より厄介などと辛辣に称し。自分たちへは腐れ小童だの憐れな大きさの脳だの――クラウスにさえ“未熟”と云ってのけた。
 しかし、苛烈な発言も納得出来るような、文字通り血闘神であることを目の当たりにし、スティーブンもぐうの音も出なかったのは確かだった。
「レオは後輩ができて結構嬉しいんじゃない?」
 向かいのソファでは、レオナルドが◆の差し入れに舌鼓を打っているところだ。
 午前中のアルバイト上がりに、焦げた廃棄行きピザを1ピース貰っただけだったので、非常にありがたい。
 今日は最近◆のお気に入りらしいブロナッツをいただき、お供はもちろんギルベルドのコーヒーである。
「なるほど。ではレオ君ではなく、レオナルド先輩と呼びましょうか」
「いやいや、全然、先輩とかじゃないっす」
 指についたクリームを舐めつつ、レオは力なく笑った。
「僕はこの街の危険な場所と、それからウマい店くらいしか教えられないっすよ」
「兄弟子に何か教わるより、遥かに遥かに為になります」
 その斗の兄はと云うと、昼を過ぎたというのにまだ来ていなかった。
「――あーウマかったっ! ごちそうさまです、◆さん」
 いつもスミマセン、と口を紙ナプキンで拭い、レオはまだ中身が入っている袋を◆へ返す。
「ツェッド君もあとで食べてね。少しオーブンにかけたほうがいいかも」
「はい、ありがとうございます」
 お嬢様、と声をかけられ、◆は紙袋をギルベルトへ渡した。きっとツェッドが食べる時には彼がいい感じに温め直してくれるのだろう。
「◆」
「はい、クラウスさん」
 ずっとキーボードをカタカタ叩いていたクラウスが、不意に◆を呼ぶ。
 名前を呼ばれれば必ず返事をして、すぐに傍へ行く――いつものその光景にも、レオは先日の“絶対的な何か”を感じていた。
 クラウスの執務机で何やらやり取りしている二人を眺めていると、新入り君も同じように感じていたらしく。
「……なにか、あのお二人には不思議な印象を受けますね」
「ツェッドさんもそう思います?」
 持っていた本をパタンと閉じて、ツェッドはええ、と頷いた。

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