視たからには! (6/7)
「……だからクラウスには知られたくなかったんだよ」
ぼそっ、と低く溢された独白は、そのつもりが無かったとしても(わざとかもしれない)、覗き魔三人組の背筋を凍りつかせた。
しかし、絶対零度でも打ち破れぬ、凶悪なまでの頑固者を宥めるは、やはり彼女の声だった。
「クラウスさん、私が申し出たんです」
胃痛を耐えるリーダーのように、◆もまた糊の利いた白いシャツの体を縮こませている。
「あの人が指名したのもあるけど、私が行くって云ったんです。だからミスタは悪くなくて……ほら、“外”でも交渉はよくやってましたし。結果、ライブラの為に有益な情報も手に入りましたし!」
「……承知した。スティーブンを咎めるのはよそう」
必死に説明する◆に、クラウスは表情は変えずに頷いた。
それは不承不承にも聞こえたが、スティーブンや若者たちはホッと息を吐く。
「危険な目には遭わなかったかね」
「もちろん。それに、万が一の事があってもいいように、他の構成員を割り当てなかったのもありますから」
ワンピースっていろいろ仕込み易いんですよ! と、物騒な事を微笑みながら云うも、クラウスには納得した様子がない。それどころか、先ほどの落ち着きぶりは何処へやら、今度は彼の視線が落ち着かなくなる。
「しかし……相手が勘違いしたりは、」
「カンチガイです……?」
◆が首を傾げれば、ツェッドが「そう云えば」と口を開いた。
「相手の男性は◆さんにかなり好意を持っている感じがしましたが……僕はよく見えませんでしたが、確か、手に口付けを受けていたとか」
レオナルドはスティーブンと再び鼻水を垂らしながら、ツェッドが口を開いた瞬間に“視界混交”しておけば良かったと心底思った。
勢い良く振り向いた、二人の無言の圧力と鼻汁を受け、悪気ゼロの戦犯がハッ! と我に返る。
「僕はまたマズい事を……!?」
「……されたのかね? ◆」
その声はとにかく穏やかだった。それでいて、その響きだけで世界を滅ぼせそうな禍々しさを持つ。
「ああ、はい……でも術式受けたとか、そのまま手首を捻られたとかではないので」
ボスの放つオーラに気付いているのかいないのか、◆は笑いながら、ひらひらとその手を振る。すると、クラウスは黙って席を立った。
静かに執務机を回って◆の前に立つと、不思議そうに自分を見上げている彼女の右手を取った。
「この手に?」
「……え? ええ……」
戸惑う◆の腕など、一捻りどころか三捻りも四捻りも出来るだろう大きく堅牢な手が、それをくっと引いたかと思うと。
「――ぁ」
獣から、手の甲にキスが落とされた。
瞬間、観客たちと事務所の空気が固まってしまった。
「…………」
◆と云えば照れるでもなく、驚くでもなかった。優しく手にキスを贈った割に、怖ろしいオーラを放つ紳士を見つめるばかりである。
「クラウスさん、何か怒ってます?」
すると、その手を粉砕してしまわないよう耐えながら、それでも手は放さずクラウスは力を強める。
「君は……もう少し危機感を持ち給え」
「でも――! 武器は仕込んでいたし、体術もそれなりに出来ますし……そんなに私、頼りないんですか?」
以前にも、クラウスとの電話で「自分は頼りないのか」と訊いていたな、とレオは思い返す。いつの間にその傍まで退避していたスティーブンは、黙って二人を見守る側に加わっていた。
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