視たからには! (3/7)

 ◆が、不意にその表情を――微笑んだまま――変えた。
 その細めていた目をぱっちりと開くと、その瞳は全く笑っていないことに気付く。
 完璧な笑顔のままで形の良い唇が何か話し始めると、男性の動きは止まり、今度は大人しく頷くようになった。しかし、彼女の変わりように、その背中はどこか楽しそうに揺れている。
「取引中だ、おそらくな」
「“トリヒキ”?」
「裏向きの作法ってのは――まあ、取引相手との交渉術とか? そーいうのはスターフェイズさん仕込みだかんな」
 フゥ、と煙を吐き出したザップは、「本場だ、本場」と謎の解説をした。
「……ってことは、あのランチはビジネス?」
「あ? つーかよ、◆が旦那以外とウフウフデートするわけねえだろ」
 当然だろーが、と云うザップに、そういうアンタも興味津々だったじゃん! とレオナルドが心の中でツッコんでいると。
「――あ」
 取引相手であろう男が、徐に◆の手を取ると、その白い甲へ口付けたのだ。
「なんです、レオ君」
「あ、今ですね、お相手が◆さんの手の甲にキッスしてまして、はい」
「交渉成立、ってとこか――……さーてと、俺らもそろそろ戻んぞ」
 見るもん見たわ、とでも云うかのように、ザップはその場を離れ、すぐ傍に停めていたランブレッタのスタンドを下ろした。
 テラスの二人と云えば、ザップが云った通りなのかはさておき、席を立っているところだったので、レオとツェッドも慌ててザップの後を追いかけた。
「いやーなんか凄かったなあ」
「……あまりこういうことを云いたくはありませんが、レオ君、ズルいです」
「あははっ、すみません」
 長めの昼休憩をとってしまった三人は、事務所への帰路を急ぐ。
 再びツェッドを後ろに乗せたバイクを走らせながら、レオは先ほどの◆の姿を思い返していた。
 清楚なワンピースゆえにそこまで露出はないものの、それこそアップにされたヘアメイクであらわになった項や、普段ならシャツの襟に隠されたデコルテや、袖からほっそりと伸びる腕、そして特に、品良く斜めに揃えられた脚のラインは、義眼の裏側に焼き付いてしまったように離れない。
「…………」
「しかし、なんの交渉かは分かりませんが、ああいう仕事は他に適役が居ると思うんですが。あまり◆さんのイメージではないですよね」
「確かにそうっすね。綺麗だったけど、なんだか近寄りがたい感じしちゃいましたし」
 そう云って、またもやお御足を思い出してしまうレオは、軽く頭を振る。
「◆さんでないとだめな理由とかあったんでしょうか……」
 彼女の至るところに散りばめられた艶めかしさを目の当たりにしていないツェッドは、真剣に考えているようだった。
 ――でも、交渉相手だからって、手にキスなんかするかなあ、普通。
 と、またもやなにかが浮かびそうになった浅ましさに自分で泣きそうになったが、ほぼ見えていなかったツェッドの手前、なんとか堪えたレオは、ハンドルを代わりにグッと握り、先に飛ばして行ってしまったザップを追いかけることに集中するのだった。

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