Nightmare&Sugar (2/4)

「おはよう、だろうか? ◆」
 しんとしていた事務所に響く声に、◆は知らず張りつめていた呼吸を緩め、ほ、と息を吐いた。
「はい、クラウスさん……おはようございます、です」
 既に時刻は昼を過ぎていたが、まだ起ききらない掠れた声に、クラウスは目を細めた。
「私がここに来た時にはツェッドくんも、誰も居なかったと思うんですが……クラウスさんはいついらしたんです……?」
「つい先ほどだ。仮眠室に人の気配があったが、◆が居るのだろうと思ってね」
「寝ちゃってました……でも起こさないでいて下さったんですね」
 ありがとうございます、と笑って◆はキッチンへ向かう。ミネラルウォーターのボトルを貰ってソファへ戻ると、クラウスはローテーブルに本を置き、紅茶を飲んでいるところだった。
 その隣に腰掛けて、自分も喉を潤せば段々と目が覚めてくる。そして、ふとその“香り”に気付く。
「クラウスさん、午前中はお庭の手入れを?」
「うむ? ……ああ、着替えてきたのだが、土のにおいがまだするかね?」
「ええ、草木とお花のいい香りも」
 ◆がクラウスの肩辺りに鼻を近付けて微笑めば、一瞬ティーカップを持つ手が揺れて――そしてソーサーに静かに戻された。
「ひたすら、土いじりに没頭してしまったのだ」
「ふふ、有意義なお休みを過ごされたようで良かったです」
 本日のライブラは、珍しく全員が午前休とされていた。まあ、“何か”あれば出動することにはなっていたが。
「君はあまり見ない服装だ」
 クラウスの云う通り、◆はいつものカッチリとしたシャツ姿ではなく、着丈の長いオーバーサイズのTシャツにショートパンツを身に着けていた。足元はいつものブーツだったが、腰に下げている愛用の得物は、今は自分の執務机の上だ。
「午前休だって聞いて、ちょうどいいから書庫の整理をしようと思って。それで作業着的なものを選んできたんですけど、変です?」
 そう尋ねてクラウスが頷くわけがない。
「作業着と云うには洒落ていてセンスがいい。君はそのような服装も似合うのだね」
「えへへ、クラウスさん、褒め過ぎです」
 ただ一言、「変ではない」と云えばいいところ、しっかり言葉を添えるのは彼らしい。またお世辞ではないのも分かっているから、◆は素直に照れた。
「片付けは一段落ついたんですけど、そうしたら急に眠くなっちゃって」
 人がいない事務所の空気も好きで、朝食を持ってここで済ませた後はすぐ作業に移ったため、書庫の整理は早々に終わり。少しだけ、と仮眠室の冷たく心地良いベッドに転がってしまったのだ。

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