クチナシと愉快なメイドたち (5/7)
「お嬢様は住むところは違っても、“ラインヘルツ”と云うファミリーネームを持たずとも、わたくしたちがお仕えする大事な方です。お別れする時に約束したではないですか」
ぐ、と少し上体を伸ばされ、バスタブの縁に頭を乗せる。ゆっくりとお湯が掛けられ、濡れた髪を程良い力加減でシャンプーされていると、眠ってしまいそうになるほどいい心地だ。
「うん〜……そうなんだけど……ん〜」
「“あの頃”のように、わたくしたちに任せて下さいな。それがみんな嬉しいんですよ」
「そうなの?」
嬉しいのはこっちなのに、と◆は目を閉じる。
「坊ちゃまと同じです」
「……クラウスさんと?」
「ええ」
メイドはそう云って、シャワーで泡を優しく流していく。
「……懐かしいなあ、何だか……」
「ふふ、本当ですね」
皆、一年前と変わらないな、と◆はメイドたちに身を委ねながら思う。
“こんな自分”を優しく見守ってくれる――ライブラの皆もそうだ。
(クラウスさんとミスタは特に、長くお世話になってるけど、二人ともずっと優しいもの)
一年ぶりに会っても、やはりそれは変わらなくて。だからこそ、自分が出来る限りのことをやって、役に立ちたいと思うのだ。
(……そうだ、後でクラウスさんのお庭、見に行こう)
今朝、草木の香りをまとっていたリーダーのことを思い浮かべ、◆はふふ、と知らず笑みを浮かべるのだった。
今日は特に事件も起こらず、問題も発生しなかったため、クラウスは定時に上がり、邸へと帰ってきた。
ギルベルトが車のドアを開けば、やや急ぐように玄関へ入る主を「お帰りなさいませ」と、メイドたちが迎える。夕食の支度がと云われるも、そそくさと部屋へ向かおうとする背中に、楽しそうな声が掛かった。
「お嬢様でしたら、お庭にいらっしゃいますわ、坊ちゃま」
「む……」
何故、◆に会いに行こうとしたのが分かったのだろう、と不思議に思いながら、クラウスは短く頷いて自慢の庭園を目指した。
植物に囲まれているこの場所は夕方を過ぎると、ところどころに差してあるガーデンライトが無ければ、ほとんど暗闇である。
しかし、勝手知ったる文字通り自分の庭だ。迷わず進み、甘い香りのする植え込みまで来た時、そこに佇む目当ての人物を見つけた。
「◆」
「あ、おかえりなさい、クラウスさん! お疲れ様でした」
彼女の傍には白い花をつけたクチナシの低木があり、その香りに誘われるようにクラウスは歩を進める。
「クチナシってお世話が大変って聞きますけど、やっぱりここのお庭にあるのはどれも素敵ですねえ」
◆は自分の背丈ほどの木に近付き、まじまじと葉や花を観察している。暗がりに浮かぶ白い花と、彼女が身につけた白いシャツがよく合っていた。
「しばらくここに居たのかね」
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