クチナシと愉快なメイドたち (3/7)

「◆」
 クラウスが動くと、メイドたちが数歩ベッドを離れる。
「はい、クラウスさん」
 ◆と向き合うように軽く腰掛けたクラウスだったが、そのせいで、◆の体が少し傾いた。
「これから私は事務所へ向かうが君は休暇だ、うちでゆっくりするといい。具合も悪くないようなら自宅へ戻ってもいい――自由にし給え」
 その言葉に、二人を見守っていたメイドたちが騒ぎ出す。
「そんな! お嬢様、すぐにお帰りにならないで下さいまし!」
「そうです、わたくしたちにお世話させて下さい!」
 口々に懇願するように云われれば、◆も笑って頷くしかない。
「はいはい、じゃあ今日はクラウスさんちでゆっくりさせてもらいますね」
「うむ、そうしてくれると私も嬉しい」
 ◆の少し乱れた髪を優しく撫でつけ、クラウスは口角を僅かに上げると、ベッドから腰を上げた。いつの間に後ろに控えていたギルベルトからネクタイを受け取り、ささっと器用にそれを締め、ウェストコートを羽織る。
「では、行って参る」
「失礼致します、お嬢様」
「行ってらっしゃい、クラウスさん、ギルベルトさん」
 お気を付けて、と手を振って見送られ、クラウスとギルベルトは和やかに部屋を出て行くのだった。



 朝早く起きて、身支度を整え、庭の草花に水をやり。
 残る時間でいつものように朝食を摂ろうと思ったが、ふと振り返った邸の窓――そこは、◆が眠る部屋で。
 あまり早くに起こすのも忍びないが、職場に向かう前に一目顔は見ておきたい。
 朝食は事務所で食べるから包んでくれと頼み、代わりに厨房から水を貰って、彼女の部屋へ向かった。
 長い廊下を歩きながら、はて? とクラウスは思う。何故、自分はこんなにも浮かれているのだろう、と。
 ここ最近、そうなのだ。
 ◆の顔を見る、声を聞く――ただそれだけのことが、素直に嬉しい。
 一年間会っていなかったからだろうか。昔から、自分は彼女に関してそんな風に、嬉しいだとか楽しいだとか思っていただろうか。
「…………」
 改めて考えてみるが記憶は曖昧だ。と云うより、気にしたことがないのだ、思い出せないのは無理も無かった。
 種を蒔いた真っ新な土を毎日見に行くような、新しく植えた苗木の成長を見守るような、蕾が開いた花を慈しむような――少年に戻ったみたいだ、とクラウスは首を振る。
 ◆のことを大切に思い、そして大切にすることは当たり前なのだ。
 昔からそうだった。そして今は、それを大事に守っていけばいい。
 それが“ノブレス・オブリージュ”を持つ者として、“ライブラ”のリーダーとして、在るべき自身の姿なのだから。
「――うむ」
 自分の意思を再確認し、◆の部屋の前に立つ。
 だが、ノックをして返ってくる声に高鳴るこの心臓は、一体何を意味するのか。
 それは、今は深く考えるべきではないと決め、クラウスはノブを捻るのだった。



「おや、珍しいな。君がここで朝食を摂ってるなんて」
 寝坊でもしたのかい、とスティーブンは執務机のパソコンのスイッチを入れる。
 クラウスはクラブサンドをナイフとフォークで切り、ううむと唸った。

- 19 -


|




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -