また一興 (3/7)

「大丈夫さ、君はしっかり報告書を提出した。“運び屋”からは配達完了の連絡がきているし、本部からはデータ受理のメールもきている。あと、FAXも全て送信済みだ――ん、FAXは必要だったかって? そんなの僕にはどっちでもいいことだけど、まあそうだなあ……送信料がいくら掛かったかは少し興味あるかな」
 クラウスと同じく非常ににこやかではあるが、それは間違いなく絶対零度の微笑みと云うやつだ――と、ソファでソニックと縮こまるレオである。
「…………良かった、提出出来てた……!」
 そんな副官の冷気は気にも留めず、◆は非常に安堵した様子で息を吐いた。意識もハッキリしてきたようだ。
「ミスタ・スティーブン、FAXのことは謝らないから、送信料は私の活動資金から天引きにしてくれる? あとこれ、クラウスさんですね。わざわざ買ってきてくれたんです?」
 ファンキーな紙袋を振った◆に、クラウスはうむ、と頷く。
「食べるといい。何も口にしていなかったのだろう」
 栄養ドリンクは飲んでましたよ〜と云いながら、◆はソファへ向かう。口調は明るいが、足取りはフラついていた。それは寝起きのせいだけではないだろう。
「お嬢様、ホットミルクをお持ちしましょう」
「わあっ、ありがとう、ギルベルトさん」
 レオの向かいの長ソファにゆっくりと腰をかけ、袋のドーナツを物色している◆に、スティーブンはやれやれと首を振った。
「全く、お嬢には敵わないなあ」
「えー? 嘘ばっかりー」
 ねえ、と◆が小首を傾げるので、レオは曖昧にハハ、と応えておく。
「でも、ほんとにお疲れ様でした。“報告書無事提出した◆さんお疲れ様会”の幹事は、僕とチェインさんでやりますんで。急ですけど、明後日を楽しみにしてて下さい」
「そんなのやってくれるの?」
 コト、とホットミルクを置かれた◆は、さっそく真っピンクのドーナツを頬張っている。
「はい、スティーブンさんがやろうって」
 その言葉に、クラウスに紅茶を淹れていたギルベルトと、それを待つクラウスがふ、と笑った。
 ◆はソファの背もたれに腕を乗せて、後ろの本棚を振り向く。
「ありがとう、ブンブン」
「その呼び方はやめてくれよ」
 そう云ってファイルを棚に戻すスティーブンに嫌がった様子はなく、むしろ照れ隠しのようだとレオは思う。その肩では、◆の食べるドーナツが気になって仕方がないソニックが、そわそわ動いていた。
「ゴホン――さて、食べながら聞いて欲しいんだが、お嬢には明日から三日間の休暇を与えよう。休暇中に慰労会なんてすまないが、僕らのスケジュールもあまり空いてなくてね」
 急遽、明後日に開催することになり、レオとチェインも焦ったりしたのだが。それは忙しい彼らゆえであり(主にスティーブンの諸事情によるものだったが)、仕方のないことだった。
「帰還してからこっち、ろくに休めていないだろう。クラウスとも相談したんだが……三日しかあげられない、すまないけど」
「ううん、ありがとう」
 ◆は新しいドーナツを取り出すと半分に割り、ハイ、と手を伸ばす。小さく鳴いて受け取ったソニックは、嬉しそうに端からかじりついていく。
「ふふ、おいしい?」
 ホットミルクをすする◆に、今度はクラウスが声を掛ける。
「食べ終わったら今日はもう帰り給え、◆。ギルベルトに自宅まで送らせよう」
 え、でも――と◆は顔を上げ、クラウスの執務机の方を見た。
 この一週間、ライブラの仕事は一切していない。個人的な仕事をしていただけで、そして倒れた挙句、今はドーナツを食べている身である。
 帰るにはまだ少し早い時間だし、◆は少しでも仕事を片付けなければと思っていた。

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