また一興 (2/7)

「君のための会だ、たくさん食べて飲みたまえ――ギルベルト」
「はい、坊っちゃま」
 クラウスが呼ぶと、傍らで皆の話を静聴していたギルベルトが◆の横で跪き、グラスにワインを注ぐ。ここは畳張りで堀ごたつだというのに、高級レストランのような光景が面白くて、向かいで見ていたレオは小さく笑った。
 ◆は名執事に礼を云うと、ぐいーっと美味そうに飲んでいき――クラウスは、目を細めて見守っている。
「でも僕、めっちゃ驚いたんですよ? 事務所入ったら◆さんが倒れてるんですもん」
「あははっ」
「クラウスさんは驚かないし!」
 彼女は一週間をほぼ徹夜で過ごし、何も食べずに居たのだ。報告書が完成し、提出した直後に気を失って倒れるのは納得がいくが――
 ってか、事務所に向かう時クラウスさん焦ってたよな? とレオは思い出す。
「あ、もしかして倒れるって分かってたんですか?」
「ううむ。いつものことなのだ」
 クラウスは大きな肩を僅かに落とす。
「お嬢がライブラに帰ってきた時もそうだな。僕が事務所に居たんだが……入ってきたと思ったら、電池切れのロボットみたいに転がったからね」
 スティーブンの言葉に、希釈していたのかと思うほど空気に近かったチェインが頷く。
「ウチではお馴染みの風景ですね、◆が倒れてるか、ゴミ猿がゴミらしく転がってるか」
「それはお前が踏むからだろうがッ!」
「あら、ミスタ・クラウスに返り討ちにあってノビてるんでしょう」
 情けないわね、と鼻を鳴らすチェインに、ザップはさも猿のように声を張り上げた。こちらもお馴染みのやり取りである。
「しかし、驚かないだけで心配はするのだ。倒れる際に頭など強く打てば大事になりかねない」
「自分の電池が切れるのは、その瞬間分かるから、ちゃんと受身は取れるようにしてますよっ」
 大丈夫です、と◆はローストビーフを口に放り込む。
 自分の動けるギリギリまで――そう出来ることじゃないな、とレオは細い目を少し開いた。
 強い意思が無ければ、人は楽な方へと転がってしまう。どんなに締切が迫っていたとしても、疲労を感じたら、ちょっとだけと休憩したりする。もちろん、無理をするより適度な休みを取る方が効率が良くもあるのだが。
 集中が切れることを恐れてか、もしくは他のことが気にならないほどに集中しているのか。
(まあ、どっちもだろうな、◆さんの場合)
 なんとなくそう推測しながら、レオは一昨日のことを思い出していた。



 二日前――つまり、報告書提出の期限日。
 提出を終えて倒れ、仮眠室で寝かされていた◆は、夕方にやっと目を覚ました。
 片手にはドーナツの紙袋を持って、シャツの襟を引っ張って正しながら、よろよろと執務室に姿を現した◆は、ゆるりと周囲を見回す。
「よく眠れたかね、◆」
 自分の机でキーボードを打っていたクラウスが、その手を止めてにこやかに迎える。
「あ……はい、くらうすさん……ん、わたし……あれ? ほうこくしょ……?」
 倒れるギリギリまで意識はあったが、あまり覚えていない。
 もにょもにょと呟き、首を傾げる◆に、本棚の前でファイルを開いていたスティーブンが、ああ、と振り向いた。

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