一難去って (2/2)

「ディスクを送ったのに、FAXする必要あるんですか?」
「“運び屋”は確実に、三時間後には本部へディスクを届ける。FAXの必要は無いだろう」
 では何故、とレオは訊かなかった。
 仮眠室へ◆を運ぶクラウスについていき、ドアを開けたりベッドのシーツを捲ったりと手伝う。
(嫌がらせ――か)
 本部の無茶な指示を“自分への嫌がらせ”だとこぼした◆。きっとそれに対しての反抗心か、当て付けか。本部では今、FAXがひっきりなしに動き、ゲロゲロと何十枚も用紙を吐き出しているのだろう。
「案外、◆さんも子供っぽいところありますね」
 簡素なベッドに◆をゆっくりと寝かせたクラウスが、ふ、とその口元を緩めた。
「彼女のそういうところを、私はとても可愛らしく思っている」
 明らかに疲労の色が浮かぶ◆の寝顔を見下ろし、その額にかかった髪をそっとよける。
 あ、とレオが口を開くと同時に、クラウスは◆の額に小さく口付けた。
「……Gute Nacht、◆」
 そう囁くと、ドーナツの紙袋をサイドテーブルに置き、踵を返す。
「彼女が自然に起きるまで寝かせておこう」
「……あ、はいっ……」
 仮眠室を出て行くクラウスに続き、レオは静かにドアを閉めた。
(凄いもの見ちゃった気がする……!)
 こんなことで顔を赤くしていたら、ザップになんて云われるかと思うが――
(いやいや! “今”の凄い流れだったよな……!?)
 幼い頃なら、妹のミシェーラ相手に額にキスすることもあったが、それとこれとは違う気がした。
 先を歩く大きな背中を、その細い目で見つめながら、K.Kの言葉を思い出す。
 ――◆っちはクラっちのだから!
(やっぱり、二人の関係ってちょっと気になるなあ……)
 そうしてフロアに戻れば、スティーブンが扉から、チェインがテラスから入ってくるところだった。
「スティーブン」
「分かってるさ。これじゃ仕事が出来ないし、付き合うよ」
 何故俺の机に置いてあるんだ、と項垂れるスティーブンの横では、相変わらずガガガガ、と◆の力作を飲み込み続けるFAX機。
「しかし予想を上回る早さだな。俺の予想では、15時くらいかと思っていたのに」
「うむ。彼女は君と同じく仕事が早い」
「おいおい、褒めても一局しかやらないぜ?」
 ケラケラとそんな会話をしながら、クラウスとスティーブンはチェス盤のある席へと向かっていく。
「レオ、店のリスト」
 すると、ソファでバーガーを広げていたレオの頭の上から、チェインが紙を寄越してくる。
「チェインさん、具体的に食べづらいっす! ――それ、慰労会のやつです?」
「そう。アルコール依存症の同僚に訊いたから、ハズレはないと思うけど」
 しれっと云ったチェインは不意に飛び上がり、今の今入ってきたザップをギュム! と踏みつけた。
「うがあああ!! 犬女ッ! 退きやがれェェ!!」
「静かにしなさいよ、ウンコ猿。奥で◆が寝てるんだから」
 チェインがSSを踏んでいる間に、とレオはバーガー好きの友人に教わった食べ方で、二つのバーガーを一気に平らげる。
「……あー、そうなんか。で、飲み会はいつなんだよ?」
「え、来る気? 銀のお猿さん。アンタに会費を払う金があるとは思えないんだけど」
「……陰毛、金貸せや」
「人にものを頼む態度じゃないっすねえ」
 チェインのリストを元に、スマホで店のサイトにアクセスしていたレオは、コーラを飲みながら、ヘッと云ってやった。
「ンだこの……!」
「ザップ、静かにし給え」
 喚くチンピラを一言で黙らせるは、静かに強く駒を置いたクラウスである。
 普段の注意よりも威圧感が増したそれに、ザップはぐきゅゥと上唇を噛むしかなく。
「くそ……シェリーに借りれっかな……」
 などとブツブツ云いながら、来て早々に事務所を出て行ってしまった。
「相変わらずのクズね」
「いっそランク高い店にしちゃいましょうか?」
 それをしたら自分も払えないことになるのだが、レオがニヤ、と冗談めかして笑えば、チェインも意地の悪い笑みを浮かべるのだった。




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