波乱の予感 (1/2)

 ◆がHLへ帰還して早二週間。
 帰還祝いでスティーブンに云われた通り、各所挨拶回りや顔合わせ等々。とにかく至るところへ顔を出していた◆は今日で最後の顔合わせを終えていた。
「とりあえず一段落ですかねえ」
「うむ。ご苦労だった、◆」
 超高層ビルから出てきたクラウスと◆は、ラインヘルツ家の執事にしてコンバットバトラー、ギルベルト・F・アルトシュタインの車が待つ場所へとのんびり向かう。
「クラウスさんもお疲れ様でした。滞りなく……って事も無かったけど、なんとかこなせて良かった」
 ライブラとの取引相手には、それこそスケジュールが分刻み秒刻みの組織、実業家諸々が居るわけで、こちらもタイトで無茶なスケジューリングを強いられることもあった。更には取引相手が手のひらを返す事態もあったり、出向けば全く違う闇組織になっていたりと、さすがヘルサレムズ・ロットと云うところか。
 挨拶に行ってくると出掛けた◆たちが、ボロボロの血まみれ状態で事務所に帰ったりするものだから、新人レオナルドが驚くのも無理は無かった。
「しかし、君の戦闘能力もまた一年で腕を上げたものだ」
「ありがとうございます。でもまだまだ力不足ですから」
 ◆は俯き、ホルスターから出ているナイフの柄を撫でた。
「その一年の任務も牙狩りとして役立たずだから命ぜられたんじゃないかって……」
「◆、」
 クラウスの制止を含んだ声に、◆は顔を上げて目を細めた。
「お腹空きましたね、クラウスさん」
 ◆の瞳をじっと見下ろすも、その笑顔は崩れない。
「あ、もうとっくにお昼過ぎてる! ご飯食べてから事務所に戻りましょうよ」
 すると車のドアが開き、静かに閉まる音が聞こえた。
「坊っちゃま、お嬢様、お早いお戻りで」
 見れば、歩道に寄せた車の傍でギルベルトが二人を待っていた。
「途中で先方に急用がって云われて早めに帰されちゃったの。それも少し怪しいし、“あっち”の駐車場に止めなくて正解かも」
 ギルベルトへ駆け寄った◆は、後ろからついてきているクラウスを振り返る。
「お寿司、食べに行きましょ! ね、ギルベルトさん、いいでしょ?」
「お嬢様がそうおっしゃるのでしたら」
 好々爺のごとく、その包帯の隙間から笑みを浮かべるギルベルトに、やったあ! と◆が飛び跳ねた。
「さ、クラウスさん早く乗って!」
「う、うむ……」
 車のドアをギルベルトが開ければ、クラウスからのレディファーストを押し退けるように、◆の手が大きな背中を車内へ押し込む。
 それは単に寿司に浮かれているようでいて、その実、先ほどの話に触れられたくない心情が表れている気がクラウスにはしていた。
「ミッドタウン近くの日本人のお寿司屋さん、まだあります?」
「ええ、確か。そちらへ向かいましょうか」
 ◆も車に乗り込み、最初に何頼むか決まってます? と訊いてくる。
「スシはあまり食べる機会が無いのだが、◆は決まっているのかね」
「私も久しぶりに食べますよ。最初は絶対鮪! とか云って、迷っちゃうかも」
 ギルベルトさんは? と運転席に訊ねる◆は本当に嬉しそうだが――。
 異形が道をゆく風景を横目に、クラウスは弾んだ◆の声を、どこか悶々とした気持ちで聞いていた。

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