お祝い (3/3)
「“やはり”?」
「痩せてしまったな、と思ったのだ」
割と身体のラインが分かる服装なのもそうだが、再会時に抱擁した際、おや、と違和感を覚えたクラウスだった。
「……そんな、多分二、三キロくらいですよ」
計ってはいないしそんなものだろうと返した◆は、少しバツが悪そうにグラスを手に取る。祝いのムードがおさまったので中身はビールからワインになっていた。
「……ただ適当に済ませていただけかね」
「…………」
ぐ、と◆がワインを飲み干してしまうと、スティーブンが静かに立ち上がった。
「新しいボトルが無いな、僕が貰ってこよう」
そう自然に席を離れた彼を、クラウスはすまない、と見送った。
「…………」
質問に答えないまま、◆は黙って空のグラスを見つめている。
「任務が忙しかっただけではない……どうだろうか」
「――少し意地悪な訊き方。ミスタ・スティーブンに似てきてますよ」
む、と唇を尖らせた◆はグラスを置き、ナプキンで口を拭った。
「す、すまない、◆……だが――」
「分かってます、心配して下さってるのは」
頭の後ろに汗が飛ぶ描写が浮かびそうなクラウスの様子に、◆はすぐに不機嫌を解き、エヘヘと笑う。
「お察しの通り。この一年、あまり眠れなかったし、食べられなかったんです」
テーブルに置かれた料理を眺めて、◆は肩をすくめる。
「でも仕事はしっかりしなきゃと思って……外からの働きかけでHLに居るみんなの助けになるって云われていたから。まあ、本部は一石二鳥とか思ってたかもしれないですけど」
「君の働きで、我々が活動しやすくなっていたことは事実だ。それは誇り給え」
ふ、と肩に手を置かれ、◆はクラウスを見上げた。
「貴方のお役に立てたのなら」
その逞しい手に白い手を重ねると、今度は控えめに握られ、クラウスの膝の上に下ろされる。
「だが、君は帰ってきた。牙狩りとしてではなくライブラの一員として」
光る眼鏡の奥に宿る、ずっと優しい緑が懐かしい。
「一人で戦うことはない。私が、我々がいるのだからいつでも頼って欲しい」
それをまっすぐに見つめ返し、◆は大きな手をギュッと握った。
「ありがとう、クラウスさん」
安堵ゆえか少し掠れた声で息を吐けば、クラウスは満足したように微笑み頷いた。
「そのためにもまず食べなければ――たくさん食べてくれ給え。胃が驚かないようにゆっくり」
手を◆の膝に返し、クラウスがテーブルに向き直ると、それを見計らったかのように白く凍ったグラスが置かれた。
「辛口の白があったよ。それに冷えたグラス……好きだろう?」
スティーブンが執事のように◆の傍に立ち、ニッと笑った。
「ふふ、さすがスティーブン先生。よく覚えてる」
いただきます、とグラスを持つ。静かに注がれていく振動と共に指に伝わるのは、ひんやりとした彼らしい優しさだ。
「お嬢の好きなものは忘れないさ。ほら、君も」
「ああ、貰おう」
クラウスも注いで貰うとボトルを受け取り、スティーブンのグラスに注ぐ。
「では、もう一度。◆の帰還を祝って」
「――乾杯」
自分に掲げられたグラス、熱でその透き通るような色が見え始め。
それを眩しそうに見てから口をつけた◆の横顔をクラウスは見つめる。胸の奥が何故かざわざわと波打つが、それが何を意味するのか今の彼には解らなかった。
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