お祝い (1/3)
辺りは薄暗くなりかけた夕暮れ時。
秘密結社「ライブラ」のメインフロアには、既に誰も居ない。
それもそのはず、今夜は構成員の帰還祝いで、皆早くから地下のバーに集合していた。
「おかえり、◆!」
そう広くはないホールに、老若男女の構成員たちがわいわいと集まり、先日“外”から戻ったばかりの◆に、口々に声を掛けていく。
「ありがとう、ただいまぁ」
グラスに少し口をつけては注がれるビールに、彼女は笑顔で応えていった。
「――チェイン、ザップとは相変わらず犬猿の仲なんだね」
そうして一通りお祝いを受け終え、◆は一息つきつつ、不可視の人狼である美女――チェイン・皇に声を掛けた。
彼女はソファの肘掛けに座っており、その横の席に腰掛ける。
隣ではレオがジュースを飲みながら、盛り上がっているホールの様子をボーッと眺めていた。
「レオが来てから、お猿のクソ加減に拍車が掛かってしょうがないのよ」
「ええ、僕のせいっすか!?」
聞いていないようで自分の名前はちゃんと耳に入ったのか、心外だと云うようにレオが肩を揺らした。膝でウトウトしていたソニックが目を丸くし、何が起きたのかと辺りを見回している。
「ふふ。でも、後輩が出来て嬉しいんだろうねザップは。こないだ二人がじゃれ合ってるの見て、ライブラの事務所でこんな光景が見れるんだーって面白かったの」
「面白くないです! て云うか、じゃれ合うってなんすか、ほんとあのクズ先輩には迷惑被ってばっかりなんです!」
なんとなく護衛してもらってるのは分かってますケド、とブツブツ云いながら、レオはソニックの頭を撫でた。
「オラオラ、しょうもなき民よ〜、飲んでっか〜」
噂をすれば何とやら。そこへ早くも酔っ払いと化した血法使いが入り込んできた。
「げえっ、ザップさん酒くさ!」
レオの隣、◆の反対側へザップはドカッと腰掛け、ビンを振りながら絡む。
チェインが呆れ顔で首を振るのとレオが心底迷惑そうに喚くのと、ソニックが音速で逃げたことに◆が笑っていると、少し奥まったソファ席から声が掛かる。
「◆」
「はい、クラウスさん」
ボスの声に瞬時に立ち上がると、無駄のない動きで歩み寄り、クラウスとスティーブンの居るテーブル脇につく。
「歓談中にすまないね、レディ」
あまりそうは思ってなさそうなスティーブンの言葉だが、◆は微笑みながら首を振った。
「君が帰ってきたと云うことで、来週から僕やクラウスと各所挨拶回りに行ってもらうが、その前にここで顔合わせ出来るメンバーが数名居るから紹介するよ」
「ぜひ」
そんな様子をレオは遠くから観察する。
「帰ってきたばっかりっていうのに忙しそうですね」
ちなみに面倒臭いSSはライブラいちの狙撃手――K.Kに回収して貰ったので、このソファは再び平和な場所となった。
「まあね、ライブラ設立当初からの古株だし。一年前に受けた任務も本部から一方的に任命されてさ……しばらく第一線のメンバーが一人抜けた状態だったから、ライブラ的にやって欲しい事は山積みなんだと思うよ」
「へえ! でもやって欲しい事って……? 役割はチェインさんと同じ諜報関係ですか? 結構大きい武器を下げてるみたいですけど」
ソファ席に立つ◆は初めて会った時と同じような服装で、糊のきいた白いシャツに、ベルベットの赤く細いリボンを結んでいた。
スーツではないがフォーマルな印象であり、身につける一つ一つに、上品で少し古典的な雰囲気が感じられる。しかし、それらに違和感を添えるのは、彼女の両腰にある丈夫そうな太ベルトと、使い込まれたホルスターであろう。足元も重厚感のあるレースアップブーツ――如何にも“戦います”という風情である。
「あれはナイフよ、彼女は戦闘員。だけど問題解決のために動き回る方が多いから、スターフェイズさんと似た要員ではあるかな」
チェインはそう云って、ウイスキーの入ったロックグラスをグイッと傾けた。
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