モンゴル軍の西征
領土くれよ!
1260年アイン=ジャールートの戦い
アッバース朝カリフを追いかけてきたモンゴル軍(フレグ率いるイル=ハン国)を建国10年程度の
若造マムルーク朝が追っ払った戦い。アッバース朝カリフを保護した。
この戦いでの功績が認められ、その後のマムルーク朝はほかのイスラム諸国から一目置かれることとなる。
ちなみにこの戦いにバイバルスという将軍がいて、いずれマムルーク朝の
君主となるのですが、まあ最初見たときから思うところはありまして・・・・。
こいつバルスを使えるのか・・・・・しかも倍・・・だと?
っていう・・・・アホって言わないで。(当時)高校生の知識なんて所詮こんなもんでしょ!!
だって思うでしょ。思っちゃうよ。
つまり、アッバース朝は1258年に滅んでしまいますが、アッバース朝のカリフは
マムルーク朝に保護されて生き延びる・・・・ということです。
マムルーク朝は師たるアイユーブ朝を倒して国となりました。