人間というものはその大多数が自分に甘く他人に厳しいか、他人に甘く自分には更に甘いかの二種に振り分けられるのではないかと思う。
自他共に厳しく生きる人種なんて、今の世に一割か二割くらいしか居ないのではなかろうか。
かく言う自分はと言えば、いやはやなんとも、楽して得取れ。
波風立てずに自分に甘く他人に甘く。
のらりくらりと流されて、今を生きるイマドキの若者、いや、もう若者とも言えないような年ではあるけれど、そんなものに分類される生物その1というやつなのであって。

「あれ?それ、やらないの?」
「これが終わったらやるわよ」
「そっか。‥どれくらいで終わりそう?」
「さあ?その内終わるんじゃないの」

適当な返事で言う彼女に僕は考える。
文字ばかりが踊る参考書を広げて、通販番組に噛りつく彼女は他人に厳しく自分に甘い生物その1というやつなのだろうと。

「明後日、会社で昇格テストあるって言ってなかったっけ」
「まあ、別に受からなくてもいいやつだし」
「でも、みんな受かってるんだよね?」
「受けることに意味があるのよ」
「ああ、そっか。なるほどなあ、」

感心したようなふりをして、合否が出るならば試験を受けて更に受かることに意味があるのではないのかなあ、などと僕は頭の中で一人呟いた。
似たようなことでこちらには口うるさく食って掛かって来るというのに、よくもまあ、なんて。
屁理屈に腹が立つわけではなかったけれど、若干の脱力感。

「じゃあ、やる気がないなら、最初から勉強しなくてもいいんじゃないかなあ?」

呆れも相まって、投げ遣りな声音が出た僕はその瞬間、しまったなあと思ったけれど遅かった。

「‥なに、それ。ちょっと、やる気ないなんて誰が言ったのよ。もしかしてあたしに喧嘩売ってる?」

片眉をつりあげて投げられた険のある声に、僕はつい疲れた息を吐き出してしまう。
彼女は、妙にプライドが高かった。
しかしてそうでなくとも人間、誰しも図星かそれに近いものを指摘されれば勘に触るというもので。

「‥いや、うん、なんてゆうか、ね?」

そうもごつく間にもテレビからは、お値段一万九千八百円!送料無料!と何に使うんだかさっぱりな程に高額な、化粧品か何かを紹介する明るい声が流れてくる。
もちろんのこと、彼女がそれに目を奪われることはなくて、苛々とした様子で僕の方をじっと見つめていて。
ああ、波風立てずに生きていこうと日々努力して、幸いなことにそれは概ね実を結んでいるはずなのに、彼女に関しては何故こんなにも上手くいってくれないのか。
はなはなだ疑問だ、とは思ってみても、アンサーというのは意外に単純で軽薄なものであったりする。

「‥ほら、だってその調子じゃまた受からないだろう?なんてゆうか、意味がないならやらなくてもいいんじゃないかなあって、」
「っ、だから、なんで受からないって決めるの?てゆうかさぁ、ねえ。意味ないなんてあたし、一言も言ってなくない?」

いよいよ低く言葉を発しはじめた彼女に、僕は無言で自分の顔を覆った。
どうにもこうにも、僕はまたもややらかしてしまったらしい。
自慢じゃないが、僕は彼女の地雷を踏むのが非常に得意な男だった。
それ以外の人間に関してはそうでもなく、ほとんど円滑な関係を築けているというのに、何故か彼女が相手になると毎度決まってこのようになる。
手元に投げ出した本も、地デジ化された買ったばかりの真新しいテレビも、今怒りの対象となる僕にはまるで適わないようで、彼女の意識は見事に僕だけに向けられていた。

「‥あたし、あんたと居るのはもうウンザリ」

不愉快げに吐き出された彼女の言葉。
それを聞きながら僕は、君のそういうところは嫌いじゃないんだけどなあ、などとぼんやり考えてみたりもしていたのだけれど、いつも通りに静かに笑みを作って頷くと、短く「そっか、」とだけ呟いて、彼女の部屋を後にした。










20110126

愛想笑いの標本

title:深爪






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