27:夜明けの雲 [ 25/51 ]
「南部長」
「何だ?」
恋しい人・・・・
「いい顔になりましたね」
「・・・・ありがと、な」
幸せですか?
「我慢は身体に良くないですからね」
「はは、そうだな。お前の言う通りだよ」
恋を・・・できていますよね?
南。忘れることが下手なんだよ俺達。
だから、気にしない。が下手なんだ。
だって・・・忘れてしまえば何も無かったことになるもんね。
雷雨が稲光と共に大地を揺るがす日だった。急遽中止を決定した部活動の連絡を終えて南はベッドに身体を投げ出す。
「お疲れさん」
「おう」
最低限の連絡作業の手伝いを既に終え、南の手が空くのを待ちわびていた東方はベッドに向かって歩みを進めた。
「健」
「あ?」
休みの日は立てられていない髪の毛。頭ごと抱えて膝に乗せ、ゆっくりと指で梳く。南はくすぐったそうに目を細めて・・・小さく、照れたように笑った。
『南も英二も。傍にいる俺達より近い場所にお互いがお互いを選んでる』
大石の音が鳴る。
−・・・・・
東方の心は、その言葉に揺らされていた。
突風のように思い出す度に、木枯らしに耐える木々の枝のように大きく半円を描いては、やがて元の位置に納まる。
それを繰り返しては、恋人を滅茶苦茶にしてしまいたい衝動に駆られていた。
「健。菊丸を・・・・好きか?」
答えてくれなければいい。と思った。
「好きだよ」
迷いの無い視線と声音。
「そうか。健・・・・・」
「ん?」
無理なことは解っていた。
「俺は健が大好きだよ」
君はきっと僕が希む言葉をくれない。
持ち得ながらも、決して差し出してはくれないんだ。
「雅美」
「何?」
「・・・・・・ありがとう」
今はこれでいい。
心よりそう思った。
『お前だけがよかったのに』
『雅美。いつも肝心なこと言えないけど、俺ちゃんとお前だけって思ってた』
不謹慎だとは思った。
けど、あの日・・・・
どうしようもなく、その言葉達が嬉しかった。
今も、あの遠回しで不器用な告白を胸に秘めて耐えている。
いつか、肝心なこと。を貰える日まで。
次の太陽が昇る頃も雨だった。
豪雨という名の水分はアスファルトを染め、バタバタと窓ガラスを打つ。
「今日もダメだな」
曇りガラスへと変化した窓の結露を手で拭って、南は溜息をついた。
外は不快指数の世界。
「体育館はバスケ部が使うのか?」
「あぁ。先生に相談したけどダメだった。明日も雨なら校内で筋トレだな」
深い溜息。肩が呼吸に合わせて上下する。
「ま、仕方ない。今日は家でゆっくりするか」
諦めて笑う南に微笑みかけて手を伸ばす。
「あ、悪い。メールだ」
触れる寸前で軽やかな電子音楽が鳴った。
−あの曲は・・・・
折り畳み式の携帯電話が開かれ、ディスプレイの光が蛍光灯に負けながらも、弱々しく南の頬を照らす。
−菊丸か・・・・・・・・
特定着信に設定してあるので聞かずとも解る。それになにより南の表情が柔らかくなるからだ。
忙しなく打ち込まれる文字。送信。
直後、再び着信音が鳴った。
『南も英二も。傍にいる俺達より近い場所にお互いがお互いを選んでる』
その言葉は、南と菊丸にとても合っている。
菊丸はどうか東方は知り得ないが南は無意識だ。
−・・・・・・っ!!
届いた返信を読み、表情が淡い変化を遂げる。見たことがあるかどうか頭の中を一々探索しなければならない程の稀な笑顔。
−止めてくれ。
嫉妬だ。しかもとても純度の高い。泪が出そうな程の。
大石の言葉さえなければ、こんな衝動に駆られたりはしなかっただろうか?
言い訳にしかならないかもしれない。
けれど、それも一つの理由。
「雅美。俺、来週菊丸と買い物行ってくるから」
『南も英二も。傍にいる俺達より近い場所にお互いがお互いを選んでる』
許してくれ。なんて言う権利も資格も何も無い。
解ってる。
けれど・・・・お願いだから聞いて下さい。
この腕を許して下さい。
僕を許して下さい。
僕を見て下さい。
一番してはいけないことをした。
けれど、どうしようもなかった。
抑えきれなかったんだ。
自分を・・・・・・
「ダメだ」
「何でだよ?」
東方の言葉に、あからさまに不服を湛えた南の仏頂面。
「買い物なら俺が一緒に行ってやる」
「俺は菊丸と行きたいんだ」
「ダメなものはダメだ!!」
あの日、自分の手の届かない場所で・・・・
「お前だって千石と出掛けただろ?!何で俺はダメなんだよ!」
君は一人で、のたうちまわっていた。
「また何かあったらどうするんだ!」
「だから菊丸と一緒に行くんだよ!!」
お願いです。
僕よりあの人と心を近づけないでください。
−夜明けの雲−END
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