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 いつかの憧れ『愛玩人形』
 お膝の上の『抱きぐるみ』




「雅美・・・本当にもう皆来るから・・・」
「分かってる」
−分かってないだろ。
 膝に乗せられてキスを受け入れる。ただ受け入れる。
 背後の扉が開いてしまえば、自分は淫乱の扱いを受ける。
 それが分かってない男。
「んっ・・・ぅ・・・」
 キス以上のことをする気はないけれど、止めるつもりもないらしい。
 それは唯一の気遣いなのだろうか?


 まだこの腕を振り解けずにいる。





−嫌な予感がする。
 レンズによる暗い視界の中で室町は溜息をついた。
−・・・・でも時間。
 目の前には目的地である部室。扉を開いて自分の危惧していることが勘違いだと思えればいいが、こういう感はよく当たる。
−仕方ない。
 思い切って扉を開くと、予想の範囲の事が起こっていた。

−・・・・・・

 恋人達が我慢できずにイチャついている。
 それだけなら簡単な話だ。

−そういうキャラじゃないでしょ。




 キスを一身に受けているのは片想いの相手。叶わぬ恋心。
 今更うろたえる気はないけれど、苛立ちはする。
 元々、こんな場所でキスできるほど自分を見失ったりする人間ではない。それが尊敬もしている南の在り方だった。

『どうにもなんないんだよ!!』

−まだこんなバカげたことを・・・
 東方が我慢できず、南が拒めなかったという図式に簡単に辿り着く。


 心が変わってしまった恋しい人。


「ぁっ・・・雅・・・人が・・・んっ!」
 キスの合間の甘い声。
 本気で嫌がっているようには聞こえないが、場所に対する羞恥が消えていない。
「ふ、ぁ・・・っ!んぅ・・・」
 耳を塞ぎたい衝動に駆られて、やっとの思いで耐える。
 普通なら好きな人の喘ぎ声なんて、早々聞けるものではない。本来なら喜べる。けれど・・・

『俺にどうしろってんだよ!』


 南が抱えたものを知っている。知らなければ良かった。

−何でそこまでするんですか?

 南はどうしても東方がいいと言う。東方も南でなければ嫌だと言う。
 それなのに何故不安になるのだろう?
 恋は分からないことが多すぎる。
「あっ!!雅美・・・皆来るって・・・!!」
「ん?何?」
 一層高くなった声音に二人を見やると、東方と目があった。分かってやってるらしい。
「も、ぁ・・・!っ!」
 たくし上げられたユニフォーム。キスだけが目的ならそんなことはしなくていい筈。
「ひ、ぁ・・・んぅっ、ぁ・・・」
 東方はずっと室町を見ていた。

『健だけは、絶対に誰にも渡さないからな』

 どれだけ自分が南に何もかもを許してもらってるかで、安心しようとしているのだろう・・・
−見せつけになってませんよ、東方さん。
 あえて口には出さずに室町は視線を伏せた。

『どうすれば、健にとって一番いいだろうな?』

−南部長・・・
 あの帰り道、背で眠る南を気遣って儚く遠くを見つめていた人。

−あの頃の東方さんは、もういないんですよ?




 心が変わってしまった人がまた一人・・・






 泣かないでいてくれたら、本当にいいと思ってました。
 でも取り消します。
 泣きたい時には・・・泪流してもいいんじゃないですか?


「雅美、人が・・・ぁっ!」
「あぁ」
「誰か、来る・・・って・・・っ!」
「もう来てますよ、お二人さん」
 長引けば南が辛くなる。分かっていたからこそ割って入った。
「室町?!」
「さっさと服整えてください」
 慌てて膝から下りた南がユニフォームの皺を伸ばすように裾を引いて整えた。その動作の向こうで東方が笑っている。
−アホだ。
 何も知らないことが、ここまで恐ろしいとは思わなかった。
 室町はそう実感する。
「もう少し時と場所を考えてください。見たのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんですか?」
 責めるような口調で一気に言葉を放つ。東方が反省した様子はない。
「部長もですよ」
 俯く南に向けても言葉を突き立てる。
 南は何も答えなかった。
−俺だって好きで・・・
 拒み方が分からない。昔はどうやっていただろう?
 思い出せない。

 泣きたかった。

「部長。聞いてますか?」
 室町が更に食いつくように言う。恐る恐る視線を向けると、小さく溜息をつかれた。
 それは単に呆れているだけの溜息だったが、南には侮蔑に見える。
−そうだよな・・・
 この場所は、亜久津に組み敷かれて屈辱を受けた場所。
 そんな所で恋人のキスに喘いでいる自分は淫乱以外の何者でもない。
−どうしよう・・・
 東方もそう思っているかもしれない。
 試されたのかもしれない。
 羞恥心を・・・
−どうしよう・・・


 もう、恋人ではないのかもしれない・・・

「室町。健を責めないでくれ。俺が悪かったんだ」
「そんな当たり前のことは分かってますよ」
 静かに、けれど本気で気分を害している室町。さすがに東方も反省しだしたのか、南を庇うことを言い出した。
−この、クソヘタレ。
 根本的なことが分かっていない東方の姿は、更に怒りをさそった。
−ま、無理でしょうけど。
 何処で学んだのか。恐らくは自己防衛本能のような南の隠し方。
「スマン・・・」
 東方が自分から気づくことは、難しいだろう。南がボロを出すか、周りが動くかしかない。
 でもコチラは動くきっかけがない。
 南の様子がオカシイと東方に伝えても、南が否定してしまえばそれで終わってしまう。

−本当に迷惑な人だ。

 南でなければ、こんなに頭を痛めることもなかったのに・・・
 厄介な相手を好きになっているらしい。

「俺より後ろに謝ったらどうですか?部長泣きそうですよ」
 嘘だった。
 泣きそうになってなどいなかった。けれども・・・
 泣きたい。と訴えていた。
「健?!」
 東方に触れられた途端、泪を零す南。
−そうやって泣けばいいんですよ。泣きたいなら。

 ほんの少しでも楽になれましたか?
 この腕で不安を拭うことはできません。
 この身体が貴方の恋人で在れたなら・・・

 貴方は頑なに隠したんでしょう?
 この身体は今のようには気づけなかったんでしょう?
 貴方の恋人のように・・・


「健。ゴメン。嫌だったんだな。もうしないから。泣くな、な?」
「大丈夫。すぐ止まる・・・」
「ゴメン。本当ゴメン」


 神様・・・何故僕たちをこんな目に合わせるのですか?
 そんなに・・・楽しいですか?
 恋しい人が笑っていられるように足掻く僕たちは、そんなに無様ですか?
 浅はかですか?滑稽ですか?

 ねぇ神様・・・もういいでしょう?

 恋人が、泪をヒドク恐れるから・・・だから泣くのを止めました。
 ヒドクヒドク怖がるから。

「健。飯何がいい?」
「何でもいいよ。特にないから」

 泪を流した日は、いつもこうだ。
 東方は腫れ物やガラス細工を扱うように自分に触れる。
 異常なまでに抱きたがるクセに、何処か触れることを恐れる。

 東方の腕が背に回る。
−まただ・・・
 その腕に力は激しくこもっているのに、キツク縛りつけはしない。
 この身体をかき抱く姿勢のまま固まってしまったのではないかと思うような抱き締め方。
−だから嫌なんだよ・・・
 はたから見れば息もできないほど抱きすくめられているように感じ取れるだろう。
 でもちっともキツクない。苦しくない。

 東方はまだ恐れている・・・
 泪と拒絶と叫びを・・・・

−窒息するぐらいで構わないのに・・・

 優しいのは、物足りない。
 優しいのが嬉しい。
 優しいのは求められている気がしない。

 好きなように扱ってくれて構わない。
 この身体にはそれしか残されていないんだから・・・

 南はゆっくりと東方の肩口に頬を擦り寄せた。


 とても幸福だった。



「ぁっ・・・は、ぁ・・・っ!」
 深いところまで突かれて息も継げない程喘がされる。
「健」
「・・・ぁ、や、ぁ!・・・ぅ」
「気持ちいい?」
 必死に頷いていると、東方が微笑んだような気がした。
「いつもと違うこと、してみるか?」
「っ?!」
 突如身体を反転させられ、四つん這いの形をとらされる。動物のような体勢に羞恥で体温が跳ね上がった。
「後ろからシたことなかったしな」
 胸の突起を指の腹で潰され、項には舌の感触。後ろからも容赦なく攻めたてられてシーツに縋った。
「・・・っ!!」
 声が・・・

「雅美・・・雅美!」

 名前を呼んで・・・

「ま・・・さぁ・・・っ!!」

 お願いです。声を聞かせて。

「っ・・・っ、は・・・・!」

 今誰に抱かれているのですか?

『可愛い気のねぇ野郎だ』



 ヒドイ・・・・雨の日だった・・・・・・



「雅美!雅美!まさ・・・っ・・・・」
 東方は言葉をくれない。せめて声が在れば耐えられるのに。
「・・・み・・・・」
 南の声が掠れた。と同時に抱いている身体がヒドク震えていることに気づき、東方は見えなくなっていた恋人の表情を覗き込んだ。
「健。どうした?」
「ぅ・・・っく・・・」
 声をかけると同時にシーツに幾重にも重なって泪がこぼれ落ちる。快感のせいなどではない。東方は慌てて半身を抜き、南の身体を仰向けにさせた。
「どうした?何か嫌だったか?」
 両腕で顔を覆ったまま、南は何も答えない。ただ目尻を伝って流れる涙が時折、パタ。とシーツを打つだけだった。
「言ってくれ。健」
 静かに、優しく腕の防壁を解いて泪を拭う。相貌は閉じられたまま嗚咽は止まない。
「俺が、何かしたんだな?ゴメン」
 小さくキスを繰り返す。頬、瞼、額。やがて震えがおさまっていき、恐る恐る南は東方を見上げた。
「俺・・・何やらかした?」
 困ったように笑う東方と目が合う。
「・・・・・顔・・・・・」
「顔がどうした?」
 聞き返した瞬間、南はまた静かに泪を零した。
「顔見えないと・・・誰とヤってんのか、分か・・・っ」

 今この身体を抱いていたのは、貴方でいいんですよね?

「っ、だか・・・ら・・・・・」

 まだ怖がってる。そんなんじゃない。

「そっか。ゴメン・・・大丈夫。俺だよ」

 ただ・・・

「健。好きだよ」

 この腕じゃないことが果てしなく嫌なだけ。


 君がSEXを恐れないことが僕の総てでした。
 それが自分を恐れないでいてくれることだと思っていたから。
 でも・・・先を恐れない為の手段にされてるなんて思いもしなかった。
 君は・・・何がそんなに恐いのですか?
 どうすれば拭えますか?

 君の恐怖の果てに・・・

 僕がいたのですね。



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