22:ハグドール [ 30/51 ]


気味の悪い人形さん。
猫のおヒゲが不釣り合い。

切ってしまおう。
チョキンチョキン。

ほらもう生えてこない。






悲しい哀しい愛玩人形
憐れな哀れな抱きぐるみ


哀れな憐れな愛玩人形
悲しい哀しい抱きぐるみ






 機嫌取り。そう言われたら返しようがない。そんな行為だった。
 それでも、南にとっては東方の腕を失うことが何よりも恐い。
「雅美」
「どうした?」
 キスがしたかった。でも自分からはできない。それが自分に突き立てた戒め。
 してくれ。と、ねだりたかった。
「・・・何でもない。呼んだだけ」
 東方はしたくないかもしれない。
「変な奴」
 頬に温かい唇が触れた。

 名前を呼べば・・・キスをしてもらえるのだろうか?


 それならば、いくらでも呼びたいと思った。


「・・・雅美」
「ん?」
 キスが降ってこない。
「・・・眠い」
 泣きたかった。



 名前を呼んで欲しい。
 キスがしたい。
 抱き締めて欲しい。
 抱いて欲しい。


 それはかろうじて叶った。


 縛り付けて。
 好きでいて。
 捨てないで。
 泣かせて。
 独りにしないで。


 どうしても言えなかった。


 叶うことより、伝わらないことが多いなんて・・・恋と呼んでいいのですか?


 ねぇ南。
 東方は・・・ずっと南を好きな東方のままなんだよ。
 ねぇ・・・分かってる?
 理解してる?



 愛玩人形壊れて泣いた
 破れて啼いた抱きぐるみ






 午前の陽射しは幾分日中よりはマシなものだが、それでも暑いものは暑い。
−早く来すぎた。
 やるべき作業があった為に早めに家を出たのだが、思ったよりもあっけなく終わってしまった。
−暑い・・・
 衿の詰まった制服からユニフォームに着替えたら少しはマシになったが、どうやっても暑い。
 机にだらしなく上半身を預け、バタバタと部誌を団扇代わりにして凌いでいると、東方が背に乗ってくる。
「俺も扇いでくれー」
「分かったよ」


『部長のやり方は間違ってます』


 突如鳴った後輩の言葉。いち早く間違いを指摘した視線。
−分からないんだよ・・・
 薄っぺらい紙から生まれる生温い風。肩に乗せられた恋人の顔。ソレはどうしようもなく不快な暑さを生んでいたが、不思議と苦にはならなかった。
−なんか、キツイ・・・
 身体は勿論だった。毎日毎晩乳飲み子のように欲しがる恋人。
 いつ捨てられるか分からない恐怖。

 どうしようもなかった。

 せめてもの救いは東方が毎日発する、好き。という言葉だけ。それだけは途切れることがない。
−腰痛ぇな。
 背もたれがないイスは、今の自分の身体には無情にも思えた。いつの間にか背後にイスを持ってきていた東方の胸に背中からもたれかかると、すぐさま腕が身体に回される。
 東方が喜んでいるのは見なくても分かっていた。自宅でも、こうやっている。東方はその体勢を好んでいるのだ。
−こんな風に全部考えてることが分かればいいのに。
 誰かの頭中ではない。東方の思うことさえ知れればいい。
 そう思った。
「そろそろ皆来る頃だな」
「そうだな」
 背に響く声に相槌を打つと、肩口にくすぐったいような振動が乗る。
「雅美、俺汗臭いぞ」
 柔らかく、拒否ではなく恋人のじゃれあいのように言葉を放つ。
「いいよ。俺もだから」
 不快な暑さの筈。それでも感じる幸福。
 この腕がなければ、きっと立ち上がることすらできない。
 それでも、その瞬間への興味が消えない・・・
 無くしたいわけじゃないのに・・・



 ねぇ南。
 俺はずっとね、誰かに引き上げて欲しかった。
 自分のいる場所が嫌いでね。
 いんや、自分の在り方が嫌いで。
 でもね、違う。
 俺が手を出さなかっただけなんだ。





 恐かったんだよ・・・




「健」
 振り返るとキス。
「雅美・・・そろそろ皆来る」
「解ってる」
「でも・・・」
「黙って」
 膝に乗せられ唇をやや強引に奪われる。
−まずい・・・
 背後の扉がいつ開くか不安で仕方ない。過去に突きつけられた忠告の言葉が響く。

『やっぱ俺達から見れば普通の恋人同士がいるのとは訳が違うし、悪いとかじゃなくてさ。控えてほしいってのがあるんだよ』

 異常者だと言われた気がした。
 確かに異常だ。
 傷物の身体を喜んで抱く東方。
 それに縋る己。
 恋人を汚したくないと泣いて耐えていた心は何処に行ってしまったのか?
 恋によって起きた矛盾。
 SEXはその先の麻薬。
 咎。
 法で裁かれることのない罪。
 どう償おう。
 神様・・・

 僕は恋人を穢してしまいました。

 どうすればいいですか?


「健」
 呼ばれて改めて東方の腕の存在を思い出した。
 キスに応えることすら忘れていた南に機嫌を損ねている。
「ゴメン。ぼーっとしてた」
「何だよ、それ」
 子供のように頬を膨らませて胸元にすりついてくる。
「ほんとゴメン」
 膨らんだそれにキス。たちまち東方の表情が緩んだ。
「じゃ、仕切直し」

 この躰は狡猾さを身につけた。
 細やかな怒りを解く術を知りながら、無意識に行っているフリをしている。
 失ってしまった清らかさを、無邪気さで隠そうとしている。

−情けない・・・

 少し前までは本当に知らなかった。東方の顔色を本気で見定めようとなんてしてなかったから。
 どれだけ不安にかられても、心の何処かで共に在ることは揺るぎないと信じきっていたのかもしれない。
 でも今は・・・知らないといけない。
 少しでも永く東方と在る方法を。
 もう消すことのできない、切り捨てられる理由。
 だから覚えた。
 恥も捨てた。

 この、好き。は・・・今度こそ愛に成り下がったのかもしれない…


−ハグドール−END

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