21:ネコのヒゲ切り [ 31/51 ]


 一つ嫌なモノを嫌だと言ってしまえば、ソコで恋人の自分に対する興味、情が一つ消えてしまうような気がして・・・恐くなる。


「健。好きだよ」


 いつまで貴方はそう言ってくれますか?




猫のヒゲ切り ヒゲ切られ 
ポテン ポテン と尻もちばかり
上手に歩けず パパの横
フラフラお外は危ないよ

何処へも行くなと切られた おヒゲ
一人で おんもが歩けない
パパの横で フワフワ コロン
ここが一番安全と パパは満足笑ってた

行かせないと またヒゲ切られ
歩けないから お昼寝しよう

パパがいないと お外は恐い
おんもは犬出る 人が出る






「ねえ室町くん。俺分かっちゃった」
「いきなり何ですか。変な詩の朗読しだしたかと思えば妙なこと言い出して」
「知らない?『猫の髭切り』って話の冒頭の文だよ」
 夕暮れの帰り道。前を歩く東方と南。会話に加わっている喜多と新渡米。時折起こる笑い声が談笑の切れ端となって後方、少し距離を空けてついて歩く千石と室町に届く。
 いつの間にか千石はポケットに手を差し入れ、穏やかに歩みを進めていた。
「化け猫の親子の話。誰もいない山奥で暮らしていた化け猫のお父さんと息子がいてね、お父さんは人間に妻を殺されて息子と二人きり。人間が大嫌いなお父さんは息子が外に出られないように髭を噛み切っちゃったんだ。猫は髭がないと上手く歩けないから」
 地面に張り付くように転がっていた小石を、コン。と蹴って千石はまるで石に語りかけるかのように続ける。
「でも息子は外で思い切り遊びたい。でもお父さんが危ないからって許してくれないんだ。だから外に出るときはお父さんといつも一緒」
 そこまで一気に話すと千石は、キュ。と唇を噛み締めて押し黙った。室町が首を傾げて訪ねる。
「それで?息子はどうしたんですか?」
「さあ、どうしたでしょう?」
 誤魔化すように笑って千石は前を行く南の後頭部を見つめた。
 時折、労るように。何かを確かめるように伸ばす東方の手を受け入れている後ろ姿。
「よく似てるんだよ、本当に。でも悲しい結末だったから言わない。あの二人はそうならないって思いたいから」
 歩みを進め、先ほど蹴り飛ばした小石が再び千石の足下を訪れた。
「飛んでけ、野良小石ーー!!」
 勢いよく蹴り、前を行く南の踵にぶつかる。
「千石!危ねーだろ!」
「メンゴ、メンゴ!」
 振り返って普段のように浴びせかけられる怒声。その声音は、かつてと変わらない。人知れず室町が安堵したのを千石は見逃さず、密かに頬を緩めた。
「何ですか、野良って?」
「誰にも飼われてない石だから野良」
「訳分からないですよ、それ」
 突如鳴り響く口笛。その合間で千石が難解な言葉を並べる。室町は、ただただ首を傾げて追求を諦めた。

「ねぇ、室町くん。誰かのモノで在ることって・・・辛くないのかな?」

 ふと、何かを思いだしたかのような語り始め。二人は会話こそ交わしているが、視線の先は互いに南。


 所有物で在ることを希む人。



『物』として寄り添うことがそんなに魅力的なのかと千石は思う。
 離れることが恐いのなら、そう言えばいい。
 意地で離れなければいい。
 けれど南は、縋らなければいけない状況自体を恐れている。


「本人が幸せなら辛くないでしょ?」


 自分達から見れば、東方が南と別れたがるなんて有り得ない。
 南だってきっとそれは分かっている。
 それでも、いつか。を恐れている。
 身体と心についた傷が東方を離れさせてしまうんじゃないかと脅えている。


「俺ね、幸せって・・・無理して作るもんじゃないと思うんだ。自然に笑ってることじゃないかって。でも人間って笑ってるのは一瞬だから、幸せって瞬間的なものなんじゃないかって・・・そう思っちゃうんですよ」


 南にとって東方が好きでいてくれるのは一瞬で、今でしかない。
 直ぐさま襲ってくる不安。
 幸せは刹那。けれど恋は続。


「部長は・・・必死ですよ」
「うん。知ってるよ。でもやり方が違うと思うんだよね」


 自分には、南の気持ちの総てを分かってやれない。傷がないから。


「そこは東方が気づくべきなんだろうけど。ありゃしばらくは無理だよ。南のこと好きすぎて舞い上がってるから」
「上手い例えしますね」
 視線の先で東方が南の髪に指を絡めた。触れることを本当に嬉しく思う表情で。
 そして恋人を見上げる横顔は、これ以上ない程幸福そうだった。
「南はさ、あそこまでしても・・・どんだけ我慢しても東方と一緒がいいんだね」
「そうみたいですね」


 たとえ同じ傷を持っていても、南の痛みは南にしか分からない。
 同等の感情を共有できるわけではないから。


「ねぇ、室町くん」

 苦虫を噛み潰したように千石は渋く笑う。





「ヒゲを切られたのは・・・どっちだと思う?」




 耳に慣れてしまったベッドが軋む音。
「ぁっ!は・・・」
 膝の上に乗せられ下から突き上げられて浮遊感と快感の狭間で、ただ喘ぐ。
 心許なくて背に縋りたいが、それにすら脅えてしまう自分がいる。
「雅美・・・まさ・・・ぁっ!」
 ただひたすら名前を呼んで、しがみつくことさえできずに泪を流すことすら・・・それすらままならない。
「もう、イキそう?」
 意地悪く見上げてくる視線の色が喜を表している。ふと安堵が過ぎった。

−間違ってない。

 今自分が東方にとっている態度は正解なのだろうと。

「んっ!ぁ、ぁ・・・ふぁっ!」
 重力に従えて自らの体重がのし掛かり奥を擦られる。クラクラと眩暈がして目尻に泪が浮かび、絶頂が近いことを身体が訴えだした。
「ぅ、あ・・・っ!!」
−嫌だ!
 ギリギリで拒否を押し込む。イク手前で東方が南の中から快感を引き抜いたからだ。
−何で?
 荒く息をつきながら足りない刺激が欲しくて叫びたいのを必死にこらえる。空ぶることすらできない程高まった身体は、だらしなく疼き続けた。
「イキたい?」
 どうしようもなくて、どうにかしてほしくて何度も頷く。絶頂の開放感を知っているから我慢がきかない。訴えるように見つめると、東方が口の端を歪めたのが視界に入った。
 嫌な予感がした。
 きっと良くないことを思いついて実行しようとしているに違いない。けれど、南は拒否をする選択肢を持ち得ていなかった。
「自分で弄ってイッテみて。後ろも指入れて。俺がしてるみたいに」
「っ?!」
 熱湯を浴びせかけられたような衝撃が走る。
 自慰の経験はある。けれど後ろを自分で触ったことなんてない。しかも東方の膝の上に身体は乗せられたまま。逃げることを許さないように背に腕が回っている。至近距離にある恋人の顔。
 屈辱的な申し出。
「イキたくないのか?」
「イキ・・・たい・・・」
「じゃあ、自分でしてみて」
 東方は余裕のある表情を崩そうとはしない。仕方なく南は下肢に指を絡めた。
「んぅっ、ぅ・・・ぁ」
 利き手で緩く擦ると、気持ちよさが迫り上がってくる。それでも刺激が足りなくて泪が零れ落ちる。内壁が質量を求めてヒクつく。それがどうしようもなく淫乱に思えて後ろに指を入れられずにいた。
「ほら、早く。俺がしてると思ってやってみて」
 なけなしの理性が左手の動きを止めている。それを分かっていて東方は動かない。
「んっんっ、ひ、ぁ・・・っ!」
 解放は目の前にある。でも、もう少しがない。でもイキたい。
 気が狂いそうな状況で、唯一自分に許している泪を流して喘ぎの狭間で訴えた。
「いつも俺がしてるみたいにすればいいだろ。指入れて動かせばいいんだから」
 焦れて東方が手本を示すように指を差し入れる。待ちわびていたように奥へ奥へと欲しがる身体。
「ぁ、・・・・・・っ、っ・・・・!!」
 本当に入れただけだった。それだけで身体は残り僅かを一気に高みへと駆け上がり、白濁を飛ばす。視界が泪と酸欠で揺れ、真っ直ぐ前を見ていることすらできない。
「自分でイケって言っただろ」
「ゴメ、ン・・・・」

−いつまで続くんだろう?

 快楽だけの関係。


「いいよ。代わりに、自分で挿れて動いて」
「ん・・・」

 そう思うのは、決して終わってほしいからじゃない。

−ずっと・・・


 このままでいたいと願うから。


 お願いです。
 貴方が快楽を求めて触れるのは、この身体だけでありますように。


 この幸せが間違いではありませんように・・・


『幸せになりたがってても、なれないよ。自分が今幸せだと思わなきゃなれない』



 今幸せだと思うことは・・・罪ですか?


−猫のヒゲ切り−END

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