20:巧言令色 [ 32/51 ]
「おはよう」
「あー・・・おはよ」
「何か照れるな」
「寝惚けたこと言ってんじゃねーよ」
「言ったな!」
「バカ、止めろって雅美!くすぐったい!!」
「ゴメンなさい。って言ってみろ」
「絶対嫌だ!」
「・・・お前!」
「ぎゃははは!!くすぐってぇーー!!」
じゃれあうような時を至福に感じた。。
「雅美」
「何だ?」
「・・・ありがとう」
「別に礼を言う必要ないだろ。俺だって、その・・・抱きたかったし」
「そっか・・・」
永遠を誓うような触れるだけのキス。
心の底から伝えた、ありがとう。
ただ穏やかに笑い合ったこと。
偽りも嘘も虚偽も・・・何一つなかった。
「健。好きだよ」
人の生が永久ではないように、幸福もまた永遠ではない。
ソレを知って諦めがつくほどの想いでもないけれど・・・
「健。もう一回・・・」
「え?」
「嫌か?」
「いや、いいよ・・・」
『幸せが病気になっちゃったんだ』
常軌を逸したような求め方だ。
「んっ!ぁあっ!は・・・」
毎日続く行為は気を失うまで行われる。
次の日部活がある。
朝起きるのが辛い。
腰が痛くて堪らない。
身体中が悲鳴を上げる。
それでも、止めてくれ。とは言えなかった。
欲しがられると安心したから。
毎日ドロドロになるまでSEXをするだけで日々を過ごせれば、きっと・・・
この不安も消えるのに。
いつからだろう?
触れることにすら許可を欲しがるようになってしまったのは・・・
「部長、そろそろ止めたらどうです?」
「何がだ?」
東方は顧問に荷物運びを命じられて出ていったばかり。
大がかりな荷ということでほとんどの部員が駆り出されていた。
南を独りにしたくはない。けれど名指しで呼ばれている以上行かなくてはいけない。
そんな理由で東方は室町を見張りに残して行ってしまった。
「片方だけが我慢し続ける付き合いなんて長続きしませんよ?」
「お前には関係ない!!」
「そうですね。けど・・・見てられないんですよ」
「どうにもなんないんだよ!!」
「東方さんが気づく前に止めた方がいい。そう助言してるんです」
「・・・・・・」
「部長のやり方は間違ってます」
「!!!」
投げつけられた紙束。
「俺にどうしろってんだよ!」
「そうやって、怒りたい時に怒ればいいんですよ。前みたいに」
泣きもせず、怒りもせず、ただただ・・・ひたすら耐える姿。
無理に笑って、無理に頷いて・・・何が楽しいというのだろう?
「できるわけないだろ・・・」
「部長・・・心変わりしましたね」
「?」
「・・・字のままの意味ですよ」
「俺は、もう昔の俺じゃない」
−数週間前を・・・昔って言うんですね。
「だから東方さんへの態度も変えたんですか?」
「何とでも罵れよ。もう慣れた。これ以外に俺は方法を知らない」
−・・・慣れた?
「部長には・・・部長のままでいてほしかったです俺は。東方さんもそうだと思いますよ」
「もういいだろ。聞きたくない」
笑っていてほしいと願いました。
「はい・・・」
それは心から思いました。
「室町」
「何ですか?」
嘘じゃないです。
「ゴメン・・・な。八つ当たりだ」
「気にしてません」
−好きです。
「お前が言ってることが正しいのは分かってるんだ」
「はい」
−ずっと好きだったんです。
いつから。とか、きっかけ。とか・・・知らないでしょう?
それでいいんです。
「それでも・・・こうするしか思いつかないんだ。マジで」
「・・・」
−絶対言いません。
好きだ。なんて・・・
カッコ悪くて言えませんよ。
「俺、やっぱオカシイか?」
「・・・・」
恋しい人の傍で笑っていた貴方を好きになっただなんて。
情けないじゃないですか。
無謀じゃないですか。
「笑うか?」
「いいえ」
貴方があの人の傍で心からの笑顔を見せなくなったから、この想いも消えるかと思ってました。
でも・・・
「そっか。ありがとうな」
「俺は、間違ってるとは思ってます。けど・・・それも一つの方法であることは違いないと思いますから、笑いません」
時々本当に幸せそうに笑うから・・・好きなんです。
「お前、変わってるな」
「よく言われます」
もし、恋人の傍らの貴方を好きになったと伝えれば・・・
「・・・ありがとう室町」
困った顔で『冗談やめてくれ』って苦笑いするんでしょうね。
「健。お待たせ」
南の後方でガタガタを古めかしい金属の音。何気ない風景の筈なのに一々驚いたように振り返る姿。
「お疲れさん」
「部誌終わったのか?」
「あぁ。今から片づける」
ただ待ち、追いかけることもせず、来いと言われれば寄り添うだけ。
「今日の晩飯何にする?
大きな手が天井に向かってツンツンに立てられている髪を、クシャ。と撫でる。
−・・・っ。
東方に背を向ける形で受け入れた行動に瞬間驚いた表情。そして、泣き出しそうなもどかしさを浮かべさせた。それから・・・
−何でですか?
幸福そうに、誰にも見られないように南は微笑んだ。
それを表現するなら 片想いの表情。
伝えられず、届けようともせず、秘めた情の中で瞬間的な触れ合いに独り歓喜する・・・そんな微笑み。
想いが通じている者が浮かべるには、あまりに哀しすぎる。
きっと、どれだけ自分が想われているかは知っているのだろう。
それでも拭えない不安。負い目。
南でないと嫌だと言い張る恋人の、あるはずのない心変わりを恐れる姿。
「健。帰るぞ」
「あぁ。千石、鍵頼むな」
「ほいさ。ラジャ!」
一見仲睦まじく見える二人が部室を去るのを確認してから、千石が独り言のように呟いた。
「何かさぁ、南変だよ」
「そうそう。南なんだけど南じゃない」
隣で新渡米が相槌を打つ。東方以外は感じ取っている変化。それは南がギリギリの位置で、恋人にだけひたすらに隠し通している証明にもなる。
「カマかけてみる?」
「また怒らせちまったらヤバイだろ。俺ら前科あるし」
−不器用なクセに無理するからですよ。
『それでも・・・こうするしか思いつかないんだ。マジで』
笑うことが下手くそになってしまった人。
感情なんてものは元来、意思とは関係ないもの。
泣きたい時に泣けず泣きたくもないのに泪がでる。ソレは当たり前。
意識で笑いを作ろうとするから無理が出る。自然に任せてしまえばいいだけの話なのに。
『俺、やっぱ可笑しいオカシイか?』
己の違和感に気づいているのに、どうしようもできずに、うろたえることすらできずにいる。
自分でも歯がゆいだろう。
それでも、自分の笑い方を気にするより恋人の視線の種類を知ろうとしてばかり。
『笑うか?』
触れてほしいのなら、そう言えばいい。きっと東方は嫌な顔一つせずに腕を伸ばすだろう。
けれど南は、それをしてもらえない恐怖と闘ってばかりいる。
『そっか。ありがとうな』
東方が欲しがっているのは対等な恋人同士の関係で、服従を欲しているわけではない。
「あの人も必死なんですよ。だから邪魔しないであげてください二人とも」
「あー!室町くん何か知ってるね?!」
「教えろよ!!」
「丁重にお断りします」
ギャーギャー騒ぐ二人の声に掻き消される程度の音量で室町は呟いた。
「笑う。って、そういうのじゃないでしょ部長」
恋しい人。願わくば・・・
そんな哀しい顔で笑わないでください。
ただ幸福でありますように・・・
巧言令色−END−
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