19:潜熱 [ 33/51 ]


『南、今度メールするね』
 そう言って見送ってくれた菊丸。汗で張り付いた前髪を掻き上げようともしなかった肢体。
 ろくな返事もしないまま、引きずられるように家を出た。
「・・・」
 電車の中での東方は不機嫌そうに眉間に皺を寄せたまま終始無言。何か話そうかとも思ったが、無機質な床に視線を落としたまま何かを考え込む表情に南は何も言えず、ただ隣に座った。
 時折電車の振動で肩が触れる。その度に熱さを感じる。
−何か言えよ。
 不満はあったが、東方が迎えに来たという事実だけで正直浮かれていた部分もあったので大人しく車窓を流れる景色に視界を預けた。

ガシャン。

 駅まで乗り付けてきた自転車を乗れる姿勢にする音が響く。その間も東方は眉一つ動かすことはなかった。恐る恐るステップに足を掛けて肩に腕を置くと、柔らかな布地の下の体温が普段より高いことを知る。
−雅美・・・?
 たまらない衝動に駆られて南は思わず目を閉じた。他人の運転の自転車。前は見えない暗闇の景色。時折訪れる浮遊感。



 不思議と恐怖は無かった。


「大石知ってる?」
「何をだ?」
「人間ってさ、欲情しちゃえば簡単なんだよ。熱くなって、どうしようもなくなる。ある意味、サカリって麻薬だよね。止められなくなる」
「それは大変だな」
「今頃は東方、爆発してるかもね。ギリギリまで膨らました風船みたいだったもん、アイツ。俺が最後手前の一吹き入れちゃったし」
「それは、めでたいと言うべきなのかな?」
「さあね。でも風船は無駄になっちゃったよ。南がそうしたから」
「無駄ではないんじゃないか?」
「南の為。って書いた理性の風船。そんなの要らないって南が言ったんだから。でも、いつか無駄じゃなかったって思える時がくるよ。南の病気が治ったら」
「病気?」
「そう、幸せが病気になっちゃってる。怪我してショックで熱出してんだよ。だから・・・まともじゃない。俺もそうだった」
「俺が・・・英二の為にしてたこと、無駄だと思ってたのか?」


「よっ、と!」
 玄関前。ブレーキのタイミングに合わせて飛び降りる。自転車を定位置に置く姿を眺めていると心臓が高鳴った。
−何か・・・変な感じ。
 東方が扉を開ける。後に付いていくと敷居を跨ぐ場所で動きが止まった。
「ん・・・」
 ドアを押さえたまま一人分のスペースを空けて立ち止まっている。
 先に入れということらしい。
「あぁ、サンキュ」
 靴を脱いでいる気配を置き去りにするようにして部屋まで上がり、エアコンのスイッチを入れて少しでも早く快適になるようにして恋人を待つ。
「雅美、昼飯まだだよな?俺何か作ろうか?」
 室内に入り込んできた足音に振り返る。そこで大石の家を出て以来始めて二人の目があった。
「雅美?」
 怒りを含んだような視線が絡み付く。視界を塞ぐように立ちつくす東方を見上げて南は首を傾げた。
「うわっ!!」
 ゆらり。と心許ない浮遊感の直後、ベッドの質感が背中を包んだ。肩口には浮遊感の元となった衝撃がくすぶっている。
「んっ・・・んぅ・・・」
 痛みを訴えるヒマもなく重量のある身体がのし掛かってきた。貪るようなキスに息が苦しくなる。
 それでも何処か喜んでいる自分を浅はかだと思った。

 今から抱かれる。

 何故か人ごとのように思っていた。こんなにも狂った程の喜びを感じているというのに実感がない。
「待ってくれ・・・シャワー・・・・俺汗くさいから」
 すでに着ていたTシャツは剥ぎ取られていた。
「雅美、風呂入ってから。な?」
 胸元を舐め回し始めたのを制するように、頭を押して止めるよう促す。頑として聞き入れる様子のない雰囲気に腕の力を強めると、いきなり手首ごと両腕をベッドに縫いつけられた。
「これ以上待てるか!」
「・・・っ」
 掴まれた腕から熱が伝わる。その向こうにある表情が、どうしようもなく欲情しているさまに南は小さく息を呑んだ。
「今まで散々我慢したんだからな」
 帰宅する間、何がなんでも合わせなかった視線を今度は絡めながら東方は吐き出すように呟いた。その言葉の合間の呼吸が頬にかかり、南はその熱さに嘖まれる。
「ごめん・・・悪かった」
「・・・」
 東方は何も答えなかった。それでいいと思った。





「俺は大石のしたこと無駄なんて思ったことないよ。俺が大石にしたことを無駄だと思ってた」
「あぁ、アレはキツかったな」
「今は無駄だったなんて思ってないけど、悪かったとは思ってる」
「もういいよ。気にしてないって言ったら嘘になるけど怒ってるわけじゃないから」
「うん。でもさ・・・」



「あっ、ぁ、あ・・・・!!」
 まるで、獣の交尾に僅かな愛撫が加わっただけのようなSEXだった。
「ん、やぁっ・・・ぁ、は・・・」
 キスもそこそこに腰を高く持ち上げられ、前と後ろを同時に攻められる。指と舌とで容赦なく中を掻き回されて前を擦りあげられて、息をするヒマもないくらいに追い上げられていた。
「ぅ、あ・・・・くぅ・・・・!!」
 限界だと訴える隙すらなく、ただ快感に任せて白濁を吐き出す。
「ひっ!あ・・・待・・・・」
 射精のせいで力の入らなくなった南の腰をベッドに下ろしても、東方は指を動かし続けていた。
 呼吸すら困難な性急としか呼べない行為に必死に意識を繋ぎ止める。
「痛っ、ぅん・・・はっ、ぁ!!」
 首元に小さな刺激。吸い付かれた痛みと甘咬みの刺激。
「雅美・・・まさ・・・あっ!」
 何度も続く焦らしのような跡付けに、たまらず東方の肩口に歯を立てる。
「・・・健」
 東方しか知らない南のクセ。久々に目の当たりにして東方は眩暈を堪えるように目を細めた。
「力抜いて」
 感じてる時に見せる無意識下の行動。
「健。頼むから」
「やっ・・・てる・・・!!」
 発言に反して内壁はキツイ締め付けを東方の指に与えた。一気に駆け上がった快感に身体がついていっていない。
「雅美・・・も、いい・・・から。早・・・っ!!」
 どうしても今すぐ欲しかった。
「でも」
「・・・・・大丈夫」
 淡く笑った南に口づける。それだけでイッてしまいそうだった。



「大石といたこと無駄なんて思いたくないから、そう思ってる。あの頃を否定しちゃったら大石と手繋いだことも、話したことも・・・あのキスも無駄になるから」
「うん」
「だけど俺もまだ病気治ってないから・・・どっかまともじゃない・・・いつか治ったら、もしかしたら・・・やっぱ無駄だって思うかもしんない」
「・・・・・・・」




 亜久津とのことが頭を過ぎらなかったわけじゃない。

「ふ、ぅっ、あ・・・・っあ!」

 でもどうでもよかった。

「雅美・・・」
「好きだ」
 激しく突き上げられて堪らず背に爪を立てる。痛みと快感、どっちが大きく支配しているかなんて考える余裕もない。
「あっ!ん・・・んっ!ぁっ!」
「も、イきそう?」
「ん・・・」
 絶頂間近で小刻みに振るえだした南の頬に触れて東方が優しく笑う。
「健。好きだ」
「ひぁっ!あぁぁっ!!」
 耳元で鳴る低い声音と最奥まで突かれた衝撃で身体が大きく震え、キツク締め付ける。
「ま、さ・・・っ!!」
 白濁の液体が東方の下腹部を濡らすと同時に内壁が自分のモノとは違う衝撃と生温い感触を受けた。
「はぁ・・・あ・・・・・・」
 荒く息をつきながらキスを受けて、暗闇の中に意識が墜ちる。
 
 至福の闇の中へ・・・




「それでも大石は好きでいてくれる?」



「ん・・・?」
 髪を撫でる気配で目が覚めた。というよりは気が付いた。
「ゴメン。起こしたみたいだな」
「・・・・・雅美?」
「お前、寝惚けてるな」
「起きてるよ」
 何となく、ただこみあげてきた笑いを素直に浮かべて南は東方の頬に触れた。
−あったかい。
 背に回された腕と、ぴたり。とくっついた素肌から感じる体温。どうしようもなく優しい感情に包まれる。
「健。もう少し寝るか?疲れただろ?」
「っ!生々しいこと言うな!」
「はは、悪かった」

 今・・・幸せです。

「雅美」
「ん?」

 昔は当たり前だったコトを、今こんなにも幸せだと思えるのは・・・

「ありがとう」


 とても小さな出来事かもしれないけど。

「迎えに来てくれて、ありがとう。嬉しかった」

 こんなに幸せだから・・・

「健。帰ってきてくれて、ありがとう」

 幸せなんでしょうね。そう思えることが。





「大石は、全部を無駄だったって言う俺を好きでいられる?」

−潜熱−END

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