18:サウンドボックス [ 34/51 ]

 他人に触れるというコト。
 たとえそれが東方相手であっても躊躇していた行動を、何故だか菊丸に対しては自然に行っていた。
「南、あったかい」
 細い肩を抱き寄せて背を撫でてやると、菊丸は慣れた仕草で南の首に腕を回してくる。
「この季節に暑苦しいだけだろ」
「あったかいのと暑苦しいのは違うんだよ」
−雅美・・・
「確かにそうかもしれないな」


 貴方の腕の中は、とても暖かかった・・・




 まるで傷口を擦り合わせて悪化させるように・・・
 いや、溜まった膿を絞り出すようにして互いの過去を交互に話し、触りすぎて傷跡が腫れ上がる頃には深夜になっていた。


「亜久津って、目つき悪いヤンキーもどきだったよね?」
「そっちこそ、乾って得体の知れない奴だったよな?」
 痛みが麻痺して何も感じない。
 同種の過去を持つ二人だからこそ笑って話していた。
「ね、南。俺さ、自分に勝つって決めたんだ」
 優しく頬に触れる指先を制するコトはせず、南は菊丸の総てを受け入れ続ける。
「嫌な思い出ってね、どっかに置き忘れたら一番いいんだよ」
「へ?」
「俺と一番対等で同じポジションってさ、やっぱ俺じゃん?自分と同じ立ち位置な奴に負けるって悔しいし・・・南はどうしたい?嫌だったこと全部紙に書いて燃やす?それとも俺に八つ当たりでもしてみる?それとも・・・」
 菊丸はそこで一度言葉を切り、南を見上げた。何かを乗り越えてきた強い視線。
「東方に、抱いて。って縋ってみる?」
−雅美・・・

 その腕に、まだ居場所は在りますか?

「あぁ。俺はそうしたい」
「南ならそう言うと思った」
 子供のように笑って頬に音をたててキスを一つ。南は慌てて菊丸の背を軽く叩いて止めるように促したが、菊丸は意地で南の首筋に細い腕を絡めたまま甘えるように頬を擦り寄せてくる。
「マズイって!大石に見られたら怒られるぞ!」
「確かにいい気分じゃないな」
「大石?!」
 いつの間に現れたのか、その表情は険しい。
「英二。南が困ってるだろ?離れろ」
「ヤだね」
「英二」
−いたたまれない・・・
 睨み付けてくる大石と、しがみついてくる菊丸に挟まれて南はどうにか状況を打開しようと頭を巡らせるが、何も思いつかなかった。
「折角イチャイチャしてるんだから邪魔しないでよ」
−煽るなって!!
 拗ねたように頬を膨らませて、菊丸は大石に舌をだしす。ベーっと子供の駄々のような仕草に動じることなく、腕を差し出す姿が妙に印象的だった。
「英二。おいで」
「だから嫌だって言ってるじゃん」
「英二」
 強いとは言い難いが、逆らわせない何かを感じさせる音に菊丸が渋々と振り向く。
「英二」
「分かったよ。南、ちょっと待っててね」
 潔い程あっさりと拘束していた腕は離れ、僅かに訪れた寒さに南は身震いをしそうになった。
−まだ・・・
 東方の腕に帰れないからといって他の温もりを求めているのだろうか?その浅ましさに情けなさが募る。
−まだ俺は欲しがってる・・・
 帰りたい場所は一つだけの筈なのに。




「南。悪いな。今英二電話してるから」
「あぁ、いいよ気にしなくて。邪魔してるのは俺だから」
 菊丸と連れだって部屋を出ていった大石は盆を抱えて戻ってきた。匂いから、紅茶が乗っているのだと解る。
「冷房入れてるからホットにした。いいかな?」
「ありがとう」
 真っ白なカップを受け取り口に運ぶと、思ったより身体は冷えてしまっていたらしく、体内に流し込まれていく熱は器官を暖めながら落ちていった。
「南。頼みがあるんだ」
「何だ?」
 大石の声が僅かにトーンを落とした。見てみると、伏し目がちにカップを睨み付けている視線がある。
−・・・
 こんな表情は最近よく出会う。よくない話の時だ。
「菊丸のことか?乾との話は聞いた」
「・・・やっぱりな。話してると思ったよ」
 言いだしやすいように切り出すと、大石は呆れたように淡く笑う。
「それなら話は早い・・・」
 強い視線が南に降り注ぐ。焼き付けに覆われるような・・・悪意と戸惑いの感情に包まれた。
 ソレは決して南の情ではなく、大石が向けてくるモノ。

「英二と・・・関わらないでくれないか?」

−結局・・・何処に居てもダメなんだな、俺。


 誰もこの身を受け入れない。


 確かに、大石の言うことは一理あった。菊丸も苦しみ抜いてきたに違いない。そして・・・恐らく傷は未だ癒えていないだろう。それには途方もない時間を要する。そこに自分が関われば菊丸は立ち止まることになってしまう。

「悪いとは思う。けど・・・思い出させたくないんだ」


 大石が頭を下げるのを視界の端に捕らえながら、南は静かにカップを置いた。

 湯気は・・・既に冷気に冷やされ、たちのぼることはない。
 この心の騒めきと引き換えに・・・




『もしもし?』
「ほいほい、菊丸だけど。何の用事?」
 相手は東方だった。大石のもとに掛かってきた電話の声は切羽詰まっていたらしい。南と仲の良い菊丸に情報を求めて大石を頼ってきた。そう聞いていた。
−いつの間に秀と番号交換したんだか。
『健が、いなくなったんだ。何か知らないか?』
−随分とストレートなことで。
「ヘタレ野郎には返してあげない」
 電話の向こうの空気が変わったのが容易に分かる。
『頼む!返してくれ!迎えに行くから!』
「一晩頭冷やしたら返してあげる」
『なっ?!返せ!俺のだ!』
「南は・・・誰のモノでもない。南は南のモノだよ」
−そんなに大事ならSEXで縛り付けてあげればいいのに・・・

 人は『大事』という言い訳をする生き物。

−何でこう揃いもそろってヘタレなんだか。

「それにさ東方、連れて帰ったって抱いてあげるわけじゃないんでしょ?言いくるめて、納得させて『大事だから』で先延ばしにして終わらせるんだよね?」
『?!・・・健に聞いたのか?』
「うん。亜久津っしょ?最低だよね」
『だったら何で抱けないかぐらい分かるだろ?!』
−それじゃ、人は変われないんだよ。
 南の身体の時計は、ずっとあの日のまま。
「それってさ、あんまりだよ。南のこと全然分かってない」
 ずっと真新しいまま・・・
「だってさ、南の一番新しいSEXの記憶は亜久津なんだよ!嫌に決まってる!」
 亜久津の感触のまま・・・
「南は東方にしたいんだよ!!好きな人がいいよ!南は亜久津なんか嫌だよ!!」
 恋しい腕を欲した。
 それは自分も同じ記憶。
 共鳴する情の色。
「どうせ抱かない理由も話してないんだろ?わけ分かんないまま、ずっとほったらかしにされて!何が恋人だ!何を大事にしてるってんだよ!」
 泪が溢れた。それは哀しみというよりも、後悔。

『秀。大好き』

−あんな道は歩ませない。

『菊丸・・・健、今どうしてる?』
「部屋で大石と一緒」
 静かな音だった。言い訳をするでもなく、反論をするでもなく・・・ただ菊丸の言葉を受け入れる波。
『風呂は?入らないまま出ていったから』
「さっき入った。それから軽く食べさせた」
『そうか・・・ありがとう。迷惑かけたな』
「言い訳とかしないんだ?」
『できるような立場じゃないだろ。お前が正しいし・・・なあ、菊丸?』
 僅かな沈黙。菊丸は静かに東方の言葉を待った。
『健、泣いてるか?』

−秀。寒い−


「泣いてるよ。大泣き。誰かさんのせいで」
『そうか。必ず明日迎えに行く。だから・・・健のこと、頼む』
「当たり前でしょ。じゃあ、明日」
 通話が切れた。大きくため息をついて座り込む。

『そんなわけはないだろう?お前は・・・』

「五月蠅い」
 過去の映像が鮮やかに蘇る。頭を抱えて菊丸は呻いた。
「秀、大丈夫。汚くなんかない。だって秀が好きなんだもん。汚いはずないよ・・・」
 癒えぬ傷。消えない記憶。嫉妬。羨望。
「平気。寒くない。秀いるから」

 貴方は僕を好きですよね?


 唯一無二でなきゃ、たった一人にじゃなきゃ意味ないでしょ。
『大好き』
 これで良くない?
 いつか『大好き』を入れる箱がいっぱいになったらさ…
『愛してる』に勝てるよ。
 そう思って想ったこと嘘じゃない。
 今でも恐いけど、言えるよ。


『大好き』


 ただ恐れていた。
 溢れてくる言葉を持て余すだけで形にする術を持たなかったのだ。
 ただ、この衝動に理由をつけようと足掻いていた。

 何度君の泪に出逢っても慣れることができなかったから。




 腕が痺れている。あまり経験のないことに南は意識を引かれた。
−痛い・・・
 まだぼんやりとした視界の中で、菊丸が腕の動きを占領していることを知る。
−ま、いっか・・・
 眠れば分からないだろう。そんないい加減な思考をさせるのは睡魔のせい。一瞬で深い処まで落ちる。
「二人とも起きろ。朝だぞ」
 わざわざ起こしにきた大石の声は既に聞こえないところまで眠りは深くなっていた。
 肌寒い程の冷気の中で温々と眠るのは何ともし難い魅力がある。
 その欲望に従順な二人の姿に大石は呆れ果てて冷房を止めた。
「起きろって言ってるだろ」
 勢いよく窓を開けて蒸し暑い空気を、換気。という名目の元で受け入れる。
「・・・暑いよ。もうちょっと・・・」
 ベッド脇に立つ大石に手を伸ばして菊丸がねだった。
「ダメだ。起きろ」
「うー・・・」
 渋々と起きあがる。隣で眠る南は未だ目を閉じたまま。
「むー!南起きろぉー!!」
 自分が先に目覚めたのをいいことに南の身体にのし掛かる。腹部に手を回し、くすぐってやろうとした瞬間に南の腕が菊丸の項に回った。
「雅美・・・」
「は?」
 完全に寝ぼけている姿に堪えきれず声を殺して笑う二人。ソコで南は違和感に気づき、目を何度か開閉して自分の上にいる人物を見上げた。
−・・・誰だ?
「みーなみくん。お早うさん」
「意外と寝起きが悪いんだな」
「お、俺今?!」
「東方に起こしてもらってんだねー」
「いや、それは・・・」
「二人とも、朝飯できてるから顔洗ってこい」
−恥ずかしい・・・
 満面の笑みを浮かべる菊丸に手を引かれてベッドを降りる。
−情けない・・・

 ずっと、君の夢を見ていました。



「ねぇ南。自分のコト好き?」
「相変わらず唐突だな、お前」
 泡まみれの皿を渡され手際よく水流にかざすと、音もたてずに白い球体は脆くも消えた。
「そういうお前は、どうなんだよ?」
 排水溝に迷いなく落ちていく水と往生際悪くシンクに這いつくばる泡とを眺め、南は手を止めた。
「俺は俺が好きだよ。だって大石が好きだもん。ほい、これ最後ね」
−俺は・・・
「大石が俺のコト大好きだから俺も俺が好き。あ、勿論大石も大好きだよ」
−雅美・・・
「昔は・・・自分のコト嫌いじゃなかったけど、今は好きでもないし、嫌いでもない。何とも思ってない」
 すすぎ終えた食器を乾燥機に並べる。盛りつけるような作業を菊丸はただ眺めていた。
「自分を好きにならないと、幸せになれないよ」
「そうかもな」
『健、好きだ』


 ただ、その言葉があれば幸せだったのかもしれません。


「南。俺さぁ・・・幸せなんだ」
「へ?」
 総てを乗り越えきってはいないだろう。まだ、その過程で足掻くこともあるに違いない人。けれども・・・確かに自分を幸福だと表現する強い視線。
「だってさ、毎日学校に行かせてもらって、帰れば誰かが『おかえり』って言ってくれて、何より大好きな大石が俺のこと大好きでいてくれて、おまけに大好きな大石と大好きなテニスできるんだよ?これって最高に恵まれてると思わない?すっげー幸せじゃん」
−あぁ、そうか・・・
 そんな考え方もあるのだろう。
 ただ前を見据え、時折傍に立つ恋人に甘え、幸せを覚える生き方。
「乾とのことがなかったら、もっと幸せになれる。そうは思わないのか?」
 それでも、そんな考え方は自分にはできないと南は思う。
−雅美・・・
 恋しい手が在れば変わるのかもしれないけれど・・・
 だからこそ菊丸に問うた。

 あの瞬間さえ無ければ・・・と思い続けてきた。
 ソレを菊丸が越えてきたのかを知りたかった。

「例えば、出来上がってたジグソーパズルを間違ってバラバラに壊しちゃったとするじゃん?」
「何の話だよ、いきなり?」
 突如始まった脈絡のない語りにムッとしてみせるも、菊丸は曖昧に笑うだけ。
「必死こいてまた組み立てて戻したとしても、そのパズルが一回壊れたことは変わりないでしょ」

『何で大石が泣くの?』

「いくら元に戻ったって、壊れた。って事実は消えない。そういうもんなんだよ」

『お前が・・・』

「起こってしまったことは消せない?」
「そう。でも元通りになれば、やっぱ描かれてる絵はキレイなんだよ。時間かかっちゃうけどね。俺達もそう。ね?壊れてもパズルはパズル。南は南俺は俺。過去はどうやったって戻らないんだから」

 僕は、ただ『好き』と言っただけ。
 君はそれを受け入れただけ。
 あの時・・・確かに僕は君が欲しかった。

「菊丸。もしもパズルのピースが、バラバラになった時に歪んでしまったとしたら・・・元の位置にハマらない。それどころか俺は無くしてしまったかもしれない」

『秀、大好き』

「歪んだピースは無理に戻さずにテープで固定して、なくした部分には自分で色をつけるよ」
曖昧だった笑顔に芯が通る。
「そしたら違う景色になっちゃうかもしれないけど、それを気に入るかは自分次第だし、大石が好きだって言えば俺も好きだよ」


『そうか、ありがとう』

 ただ一つだけ偽らなかった言葉と気持ち。
 それが・・・

「俺は大石と幸せになるから。大石が全部だから」


 好きだということ。



「幸せに・・・なりたいよ。俺も」
「南、それ間違い」

『ずっと、大好き』

「幸せになりたがってても、なれないよ。自分が今幸せだと思わなきゃなれない。幸せ欲しがってたら不幸なことしか見えないから・・・幸せだって思ってたら嬉しいことしか見えないもん。だから、東方のとこに帰りなよ。そしたら今より幸せだよ」
「そう・・・だな」
 頬に触れる細い指。琴を爪弾くように流れた動きに、むず痒さを感じて南は目を細める。
「菊丸くすぐったい」
「ん・・・南はね、きっと直るよ。まだ故障だから」
−何?
「だから直るよ。ね?」


『いいよ・・・・あげる』


 君の痛みを解るには、僕はまだ・・・涯を知らないから・・・


『いいよ殺されてあげる』


「菊丸?それどういう・・・」
「健!」
 
 まだ僕は知らなくちゃいけないのに・・・


 いや、知ろうとしなきゃいけなかったんだ。
 そしたら・・・もっと変われたのに・・・



「・・・雅美?」
「健!!」
 目が合うのと東方が駆け寄ってくるのは同時だった。
「健・・・健・・・」
 キツク優しく抱き締められ、南はもがくように身体を揺らす。
「迎えに来た。帰ろう?」
−良かった・・・

 まだ、帰る場所は在ったのですね。


 いくらか高い位置にある肩に擦り寄るように額を押しつけ、目を閉じた。

 広い背に腕を回すコトはなく・・・



「南、良かったね」
「ん・・・」
 東方の腕の和らかい拘束を離れ、同じ痛みを抱える友の首筋を引き寄せた。
「ありがとうな」
 心からの感謝を伝えると、菊丸はくすぐったそうに笑う。
「まだ早いよ」
 その表情に一瞬陰が墜ちた。何事かと呆けていると、細い身体は腕から逃れ、戸口で傍観していた大石の元へと歩き出す。
「おい、何するつもりだ?」
 その動きに横やりを入れたのは東方だった。軽く肩を掴む。

『謝ったりはしない』
『・・・お前なんか死んじまえ』
−・・・っ!

「っ・・・!!」
「止めろ!英二に触るな!!」
 ただ肩に触れただけだった。
「え?!」
『雅美!!』
 あまりにも酷似しすぎている反応。


 本能の騒めきのような・・・


「悪いね。俺、南とお揃いなんだ」
 そう力無く笑う姿は何処か脆い。
「だから後ろから触られるのダメなんだよね」
 へな。と崩した笑顔。東方にとって南に共通する¥ものを感じさせる表情だった。
−だからか・・・
『それってさ、あんまりだよ。南のこと全然分かってない』
 正直、この言葉に憤りを感じた。何も知らないクセに。と本気で思った。
『だってさ、南の一番新しいSEXの記憶は亜久津なんだよ?!嫌に決まってんじゃん!』
 自分より菊丸の方が南を理解していたのはショックだった。何故かと思った。それは経緯を目の当たりにしていない第三者の冷静な判断だと愚かな理解をした。
 でも違う・・・
『東方にしたいよ南だって!だから嫌になったんだ!思い出すのは亜久津のSEXばっかで!好きな人がいいよ!南は亜久津なんか嫌だよ!!』

 ここには・・・少し古く、そして恋人と同種の痕が存在していたのだ。


「悪い。俺・・・」
「そんな顔しないでよ。東方知らなかったんだしね」
 真っ直ぐな佇まいだった。過去に囚われることを拒み、笑い飛ばそうとすらする強さ。
−菊丸だったら・・・
 南に道を教えてくれるだろうか?
−いや・・・
 それを求めるべくは、この身・・・
「じゃ、もう一仕事いきますか」
 傍に寄り添った大石の腕を引いて菊丸はテーブルへと向かった。
「何する気だ?」
「すぐ分かるよ」
 行儀悪く机に腰掛け、大石の身体を引き寄せて口づける。吸い付くようなキスを繰り返していると、諦めたように大石の腕が菊丸の項に回った。
「英二・・・本気か?」
「モチロン」
「途中で止めるって言っても聞かないからな」
「その方が助かる」
 大石の腕に支えられながら菊丸が机に背を下ろす。そのまま長く形の良い指先が菊丸のシャツをたくし上げ、肌を撫で始めた。
「菊丸?!大石?!何やってんだよ?!」
「黙って最後まで見てて。これはテストなんだから」

−人間って簡単なんだよ?

「んぅ、くっ・・・ぁ!」
 大石の指先がファスナーにかかる。ジーっという金属の音を聞きながら上体を起こすと、目が合った。
「英二、平気か?」
 労るようなキスを頬に受けて菊丸は笑うだけ。
「大石になら、何されても平気だよ」

『秀、何で泣くんだよ?』
 あの頃、分かっていながら問うた。
『お前が泣かないからだろ・・・』
 君は何度もそう答えた。



 肌に纏うのは薄い生地のTシャツだけ。下半身は外気に晒されている。
−俺、別にこんな変態嗜好じゃないんだけどね。
 時折視界に入る南。そしてその横に寄り添う東方を見て菊丸は自嘲した。

「やっ・・・!!秀、も・・・!!」
「いいよ。出して」
 下半身から頭の先まで電流が流れたように、ブルッと身体が震える。大石の口に含まれているソレが激しい反応を示して白濁を勢いよく流した。
「あっ・・・ふ・・・」
 飲み下す音を聞くと、いつも体温が上昇する。それだけはどうしようもない反応で淫乱だとすら思う。
「ぁ、んっ!ぅ・・・」
 息を整えるヒマすら与えられずに入り口に指が進入してくる。
「ふぁっ!くぅ・・・!!」
  内壁を擦るようにして解され、痙攣のように指を奥へと欲しがりだす。
−南・・・
 快感に浚われそうな意識の中で、ふと友のことを思いだし視線を動かす。耐え難い。と表情に書いてあった。


『東方にヤられてると思って喘いでみろよ』
−止めてくれ!!

 人のSEXなんて見たコトがなかった。しかも同姓同士。
 しかも同姓同士。これから先見ることはないだろうし、必要もないと思っていた。

 叩きつけられた背、殴られた頬。ただひたすら呼んだ名。

 冷たい床・・・

 蹴りつけられて踏みつけられて、プライドも何もかも失われた日・・・

 まるでそれを改めて見せつけられるような光景。

−見たくない!!

 気がつくと東方の腕にしがみついていた。
「健、大丈夫か?」
 異変に気づいて、頬に指が触れる。それに反応できない程身体は震えていた。
−嫌だ!!
 目の前の状況を受け入れられる筈もなく、東方の腕に顔を押しつけ視界から総てを遠ざける。それでも音は遮断できずに記憶をこじ開けようと鼓膜を刺激し続けていた。
「目を逸らすな!!」
「っ!!」
 容姿に似つかわない怒声に顔を上げると、鋭い視線が向けられていることを知る。大石の肩にしがみついたまま、キツク南を睨み付けていた。
「今から、帰ってコレと同じコトするんでしょ?したいんでしょ?見ることもできないくせに、やれるわけないじゃん!!」

 あの日、立ち止まったことを後悔してる。今でも・・・

「東方に抱いて欲しいのに、こんなの見るぐらいで怯えてるようじゃ無理だろ!そのくせ、抱けって言ったわけ?!」

 いつかね、過ぎたことだから。って心から言いたいから・・・
−だからこうしてるんだよ。

 こんな変態じみた行為でも、意味があったと笑えるようになりたい・・・
−俺の勝手な言い分だけどね。

 南にも、そう在ってほしいと思う。




−嘘じゃないよ。





「自分が準備できてないクセに抱いてもらえるわけないじゃん!!」
「!!」
 その言葉はまるで鋭利な刃物のように南の内をえぐった。ギリギリと無理矢理に突き刺されてグリグリと掻き回されるような痛み。
−菊丸・・・
 自分が怯えることを誰よりも恐れていた東方。
−そうだよな・・・
 目先のことしか見えていなかった。東方は誰よりも自分に触れたがっていたのに・・・
−雅美・・・
 ヒマさえあればキスをして、腕の中に納めたがって・・・片時も離すまいとしていた。

 ただ抱かれないことしか見えていなかった。

「雅美・・・ゴメンな」
「・・・ん」
 何を謝られたのか理解しているのかしていないのか、曖昧な表情で東方は笑うだけだった。



 あの頃、誰一人として絶対的な強さなど持ち合わせていなかった。
 ただ、強さの模造品を掲げていただけ。
 だからこそ強く在りたがった。


「英二、挿れるぞ」
「早、く・・・」
 東方の手をキツク握り、南が強い視線ごと向き直るのを確認して菊丸は大石に強請った。
「ぁあっ、ふ・・・・!んっ、くぁ・・・あ、あ・・・」
 激しい波に翻弄されて夢中で大石の背に縋り付く。

−ねえ、南。知ってた?

 SEXは本能でしか在らず、醜く愚かな行為だということを・・・


「秀、も・・・ダメ・・・イかせて・・・」
「ん・・・」

−それでも、したいんだよね?


−サウンドボックス−END−

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