10:河清 [ 42/51 ]
壊れ崩れ落ちるお前に・・・何がしてやれるだろう?
心の傷薬があるのなら、探してきてやる。
何を代償にするのも厭わない。
いつも肝心な時に傍に居てやれない。
お前が希むなら・・・なんだってしてやる。
そんな感情と相反する心根。
お前が×××××××××××××××・・・
そんなコトを思ってる・・・
いつまでも待ってる。
お前が心から笑えるのを。
ゴメンな。気の利いたこと一つも言ってやれない。
好きだよ。嘘じゃない。
「雨だ・・・」
黒と白の中間色の空から舞い落ちる水滴に東方は顔をしかめた。
「本当だ。雨宿りでもする?それか百均で傘でも買って・・・」
「走るぞ!!」
小雨とはいえ、わざわざ濡れて帰るのは勘弁したい。だが、既に走り出している友人に言葉は届かない。仕方なく後を追うようにして千石も雨の中へ突っ込んだ。
「東方!そんなに急がなくてもいいじゃん!」
「急がなきゃいけないんだ!!」
『雨の音がする・・・』
今も小刻みに震える身体。
「何だっての?!南には室町くん達ついてるし、少々遅れても平気だって!」
『ま・・・さ・・・?』
投げ出された腕。
「千石。俺達には、たかが雨だ。でもな・・・」
『お前だけが良かったのに』
豪雨のようなシャワーの中。
「あの日も・・・雨だった」
『・・・何処にも・・・』
−絶対に行かないから。
古い記憶の吹き溜まり。
『雅美、雨の仕事って何か知ってるかい?』
『花とか畑のものが枯れないようにすること!』
『当たりだけど、それは人間が決めた雨の仕事なんだよ。本当は何だと思う?』
『分かんないよ。ばあちゃんは知ってるの?』
『それはね・・・・』
「雅美・・・」
時計は八時近くを指している。未だ扉は開かず、南は諦めたようにベッドの中に潜り込んだ。
「約束・・・何回破るんだよ?」
『ちゃんといるって言ったくせに!!』
目覚めて姿の無かったベッド。
『ウソツキ!!』
「大嘘ツキのクソッタレだ。お前・・・」
東方の枕を抱きしめて目を閉じる。恋しい人の匂いと、僅かに交じった己の体臭。
「何か・・・懐かしいな」
東方が入浴する間、いつもダルイ身体で一人の時間をこうして過ごした。
「戻りてぇな・・・」
東方の匂いの奥に自分の汗の匂いが、ほんの少しすることが嬉しかった頃。
−帰れはしない。
分かっている。
「笑うから・・・だから・・・・・・」
ください。一番欲しいモノを与えて下さい。
どれくらい経っただろうか?
−止めろ!
黒い影が・・・
「来るな!!」
虚しく宙を掴んだ掌。
「俺が一体何したってんだよ!!?」
影は消えて答えない・・・答えられる筈がない。解答を持たないのだから。
「・・・畜生・・・・・・」
亜久津以外は持たない答えなのだから・・・
『憎い』というよりは、ただ許せない。
『殺したい』というよりは、消えて欲しい。
『恐い』というよりは、寂しい。
『癒したい』というよりは、ただ忘れたい。
『無かったことに』というよりは、ただ戻りたい。
帰りたい・・・
「冷てぇーー!!」
「悪かったな千石。無理言って」
「いや、別にいいよ。南の為だしね」
降水量を無駄に増やし続ける雨に打たれながら、駅からの道をひた走る。
「ねぇ、東方。やっぱ南って雨の日は・・・こう・・・何て言うか不安定なわけ?」
違和感が離れない。
「そう・・・みたいだな」
「みたい、って。何それ?」
『雅美、腹減った』
「やっと着いた」
逃げ込むように玄関前まで辿り着き、東方はシャツの下に庇っていた小さな箱を取り出した。
「良かった。濡れてない」
髪から落ちる水滴が箱の包装に当たらないよう気をつけながら、ドアノブに手をかける。
「東方。俺の質問答えてよ」
細い手首が動きを軽く制した。逃がすつもりはない視線。
『これぐらい何ともねぇよ』
−どうして?
「俺がそう勝手に思ってるだけかもしれないんだ。何も口に出さないから、あいつ」
ただ、ひたすらに何処へも行くなと言う。
「あんだけ殴られて、酷いめにあったクセに『痛い』とか『辛い』とか・・・『恐い』とか。一言も言わない。毎晩うなされてるクセに起きたら笑ってばっかで、かと思えば泣いて」
『勿体ねぇことしちまった』
泣いて泣いて・・・笑って。
少しは察してやることができるのに、何もできない自分がもどかしい。
「なぁ千石。俺・・・そんなに頼りなく見えるか?」
言葉がないと理解できない自分が腹立たしい。
「多少はね」
怒りや戸惑いを総てぶつけてくれて構わないのに。
「でもさ、東方。しょうがないよ。俺達ガキじゃん?下らない映画みたいにキレイで都合の良い言葉がポンポン出てきたって、それで南が喜ぶわけないよ。全部巧くことが運んだら誰も悩まないって」
泣かせたくない。けれど触れたい。
「ありがとう。何か軽くなった」
「さっさと南のとこ行こう」
君が・・・好きです。
金属が擦れる音、木がすれ違う音。
「健。タオル持ってきてくれ」
静寂を保つ廊下。
「ふて寝してんじゃない?かなり遅くなったし」
「そうみたいだな・・・しかもかなり、ご立腹の様子だ。うちの姫さんは」
下駄箱の上に二枚のバスタオル。キレイに畳んであるあたりに南の怒りを感じた。
「出迎えなんかしてやらない。ってヤツ?」
「顔も見たくない。のオマケ付きでな」
困ったように笑って、乱雑な動きで身体にまとわりつく水分をタオルに渡す。
「顔ニヤけてるよ東方。可愛いなぁ。とか思ってるでしょ?」
「うるさい・・・」
濡れた靴下を脱いでフローリングの床をヒタヒタと歩く。
「健。いるか?」
居間の中に人の気配は無く、電気すらついていなかった。
「部屋にいるみたいだね」
ひょこん。と顔を覗かせた千石が呆れたように笑って天井を指さした。
「あぁ。こりゃかなり手強いぞ」
「同感。それよりさ、服貸してくんない?つっても東方のじゃ大きいか。南に頼んでみよっと」
「あ、オイ!千石!俺が先だ!!」
「早い者勝ちですー!南の寝顔見てやろうっと!」
−うるせぇ。
ベッドの中でウトウトとしていた南の耳に、二人のやり取りは不躾に入ってきていた。
−人の気も知らねぇで。
キツク枕を抱いて顔を埋める。
−勝手にしてろ。
その感情は嫉妬。
−止める権利もねぇしな。俺には。
東方の行動に制限をつけることは自分にはできない。
−どうせ、汚れモノだ。
「・・・東方、南寝てる」
頭まで布団を被って、静かに待つ。最初に聞こえたのは千石の声。到底起きあがる気にはなれない。
「どうしよっか?」
フローリング上独特の足音が一つ。それから先は、くぐもった音へと変化した。
「健」
ベッド脇に人の気配。
「起きてるんだろ?」
−何で分かるんだよ?
「遅くなってゴメンな」
迷い無き声。寝たフリだと早々にバレていたらしい。
−余計なことばっか察しがいいんだな。
どうせなら寝ているというコトでやり過ごしたかった状況。
東方が自分以外の誰かの隣にいるのを見るのが不快だったからだ。
「ただいま」
−畜生。
「もう帰ってきたのか?」
皮肉を込めて視線が出会わないようにして言葉を零す。
「ゴメンな。ちょっと捜し物してて遅くなった」
貴方は・・・
「もっとゆっくりしてくれば良かったのに」
−これで最後にするから。
「あぁ、今日は悪かったな。付き合わせて」
恋人の視線が友に向けられたのを視界の隅に確認する。たまらない不快感に、南は身体を布団の中に押し込めた。
「じゃあね。バイバイ南」
空間が閉ざされる音。階段を下る軽い足音が遠くなり、扉が開く音。水の上を歩く人の音。
総てから耳を塞ぐように、南はキツク布団を抱き込んだ。東方の溜息すら聞こえないように・・・
『雨はね・・・』
「雨はお空の掃除屋さん・・・大地は空のゴミ捨て場」
『自然には自然の理由があって。決して人間と同じ理由じゃないんだよ』
「キリがないから怒って梅雨。台風空の掃除機代わり」
『いいかい雅美。皆、お前と同じことを思ってるわけじゃない。誰かが泣いてたら、その理由を考えなさい。そして、たまには一緒に泣いてあげられる優しい男におなり』
「雨は雲に泣きついて、空が怒ったカンカン照り」
『でもね、むやみに泣くのは・・・負けなんだよ』
「雨は泣く泣く空に帰って、太陽憐れみ雪が積もる」
『ばあちゃん、よく分かんないや』
「空が泣くから掃除をしよう。太陽出てきて春が来た」
『いつか分かるようになったら、お前はいい男になってるだろうねぇ』
「何だよ、その詩」
顔だけ覗かせて、訝しげに東方を見上げる恋人の髪を撫でて東方は懐かしむように笑った。
「田舎のばあちゃんの家に子供の頃遊びに行って、雨が降って夏祭りが中止になってスネてたら、ばあちゃんが教えてくれた」
『明日は・・・キレイに晴れるだろうねぇ』
「雨は空の掃除をし続けてて、人間が巻き上げた埃を連れて地上に落ちてくる」
興味深げに身体を起こした南の身体を膝に乗せて、子供に昔話を聞かせるように言葉を綴る。
「そのうち雨が掃除に飽きて、一斉に逃げ出した。それが梅雨。逃げ遅れた雨の仲間は風に頼んで台風を起こして八つ当たり。ついでに空に掃除機をかけた」
腰に腕を回して支えてやり額を合わせると、雨で冷えた身体に南の体温が伝わる。
「風で舞い上がって空に帰されそうになった雨は、雲の陰に隠れた。それに怒った空が太陽に頼んでカンカン照りを起こして夏が来て、雨は仕方なく空に帰った」
頬を撫でて、長めの前髪が隠した目を見ようと掻き上げる。
「雨を不憫に思った太陽は出てくる時間を少し短くして、気温が下がって雨は雪になった。そして、地上に降り積もって休んだ」
いつの間にか細くなってしまった腕が己の首に回るように導いて、身体を押しつける。
「空は段々寂しくなって、泣き出しそうに色が暗くなっていって。雨は太陽に頼んで雪解けを起こして空に帰って、春が来た」
『だからね、雅美・・・』
「そうして一年が巡るんだ。って教えてもらった。だから・・・」
「だから?」
『優しくなりなさい』
「だから、雨は仕事をしてるのに怒ったり嫌がったりしちゃダメなんだ。そう言ってた」
「いい、ばあちゃんだな。会ってみたいかも」
「卒業旅行で行くか?」
肩口に額を押しつけた南の背をさすって、東方は忍び笑いを零した。
「でもさ、この詩間違ってるんだよ。ばあちゃんが作ったんだろうな」
「何処が?」
『強くなりなさい。力じゃなく、心が強い人に』
「台風の季節は九月だろ?この詩じゃ梅雨の後に台風来て、その後に夏が来てる」
『痛くて泣いてる人も大事だ。けどね、痛いと言えない人に気づいてあげなさい』
「本当だ。確かに間違ってるな」
落とし穴を見付けた子供のように笑う南の頬にキスをして、同じように笑う。
「やっと、機嫌直ったな」
「だから怒ってねぇよ」
軽く胸元を殴られて苦笑。そこで、一つの箱の存在が頭を過ぎった。
「健。渡すものがあるんだ」
「?」
背の後ろに隠しておいた小箱と、ポケットからヨレてしまった袋を取り出して持たせる。
「開けてみてくれないか?」
「俺がやっていいのか?」
不思議そうに小箱と袋を眺める南に軽く頷いてみると、躊躇いながらも丁寧に包みを開けていく。その姿を心底楽しそうに眺める東方を時々見やり、箱の蓋に手を伸ばした。
−喜んでくれるか?
「雅美、これ・・・」
「ちょっと早いけどな」
中から取り出されたのは、くすんだシルバーで造られた立体の菱形の中央に百合が刻印されたプレートがはめ込まれたペンダント。
「俺、これずっと欲しかった」
手にとって珍しいものでも見るかのように鎖を撫でたり、目線と同じ高さに持ってきている南の頭を撫でる。
「前にボーッと眺めてただろ?店の場所覚えてなくてな。千石が知ってるからって連れてってもらったんだけど、売り切れてて探し回ったよ」
−ヤバイ。泣きそうだ。
「こっちの袋は?」
「コレは俺が似合うと思って買った」
黒いレザーのリストバンド。ペンダントと同じく、百合の紋章が刻印されている。二つを大事そうに両手に持って東方を見上げた。
「健。誕生日おめでとう。って、まだ早いか」
珍しく照れくさそうに笑った東方。
「ありがとう。なぁ、これ今すぐ付けてもいいよな?」
頷いた東方に腕を差しだし、はめてもらってから背を向けて鎖が鳴る音を聞く。
「うん。やっぱ似合う」
「マジ?」
嬉しそうに腕を上げてみたり、ペンダントの飾りをいじってみたりする南の姿に笑みが零れた。
「でも・・・これ確か結構高かったよな?」
−お前が笑うなら。
「前に親戚の引っ越し手伝った時、バイト代貰っててな。それで買った。間違っても小遣いで買ったわけじゃないぞ」
−それで満たされる。
「でも、俺お前の誕生日の時何もしてない・・・」
君が、せめて今日だけでも悪夢にうなされぬよう・・・
「いいよ。来年に期待する」
−せめて・・・
君の逃げ場所になれたらいいのに・・・
「雅美、ありがとう。俺、本当にしてもらってばっかで・・・」
依存したくないのに。
「そんな風に思ったことないから」
−何を返せばいい?
「どう言ったらいいか分かんないくらい嬉しい」
何も・・・無い・・・?
「良かったよ。喜んでもらえて」
−一つだけ・・・
「どうした?健?」
東方の問いかけには答えず、無言で首にしがみついた。
−まだ・・・ある・・・
「傍にてくれて・・・ありがとう」
耳元で小さく呟いて、驚く隙も与えぬまま頬に唇で触れた。
「?!」
静かに、ゆっくりと触れて・・・離れる。
「礼。になんないかもしんないけど・・・」
顔中を紅くして涙目で俯いた南。
−ヤバイ・・・ 押し込めてきたものが首を覗かせた。
「やっぱ何もしないってのは嫌だし」
血液が疼きながら温度を上げる。
−欲しい・・・
「・・・雅美?」
ふいに肩を掴まれた。そのまま言葉を無くした唇に塞がれて呼吸を奪い取られる。
「んっ・・・っ、ぅ・・・」
−欲しい。
ずっと欲していた。
傍らで眠る恋人の衣服に何度手をかけようとしたか、もう数えることができない。抱き締めた身体の体温に何度狂いかけたか分からない。
「・・・っ!」
強く吸い上げられて、南は身体を強ばらせた。いつもの慰めるようなキスではない。違う意味を持っていることを知る。
−やっと・・・
「は、あ・・・んぅっ!あっ・・・あ・・・」
シャツの中で動き回る指先に腰が震えた。喉元を舐められて、身体全体が痺れを帯びる。
「んぁっ、ひゃ・・・くぅ・・・」
東方の肩に手をついて身体を支える。少しでも愛撫を施しやすいように。
−戻れる・・・
本当は、ずっとこうされたかった・・・
あの日以来、決して性を求める意味で触れてこなくなった腕が恋しくて仕方なかった。
“抱いてくれ”
自分の口からは決して吐き出すことができない言葉。求める権利はないのだから・・・
「ふ、あっ!あっ!ん・・・」
必死に声を殺さないように東方の舌と指先の感触を感じることに没頭していた。恋人の興味が削がれないように。
「ぁあっ、ん・・・んっ、う・・・!」
背中から床に転ばされ、ファスナーが開く金属音を呆けた頭と耳で聞く。
「あっあ、ぁっ、・・・・・ぁ!」
既に形を成していたものが粘膜に包まれたのを触感し、快感が全身を走り回った。粘液の音に差恥を刺激され、耳を塞ぎたくとも本能が拒否する。
「あ、も・・・・っ!」
限界を訴えて身体が小刻みに震え出す。そのまま強く吸い上げられて、喘ぐこともままならないまま欲を解放した。
「はぁ・・・」
飲み下す音が耳について離れず、目尻に浮かんだ涙で視界がぼやける。
−気持ち・・・い・・・
屈辱も苦痛も覚えてしまった身体なのに、何故だか東方にだけは身体が反応する。
−もっと・・・
自分は淫乱なのだろうと思う。ただし、東方限定で。
−早く・・・
男のくせに、体中を這い回る舌と指が心地よくてたまらない。
狂人で構わない・・・
「んっ・・・」
耳朶を甘噛みされて小さく声を漏らした。頬に口づけられて、そのまま舌を犯される。
「ぅ・・・」
離れるのを名残惜しむように互いの唇を透明な糸が繋いだ。
−欲しい・・・
見下ろしてきた視線と目が合う。
その表情に理性は欠片もうかがえない。
−好きだ。
今までも時折見せるその顔が南は好きだった。自分しか見てない。触れて、身体を繋ぐことだけに狂ったようにムキになる東方を見ていると不思議と安堵を覚えた。
−挿れて。
絶え間なく甘く掠れた声を漏らしながら、口に出せない欲の代わりに首に腕を絡めて引き寄せる。
「雅美・・・」
『まさみぃぃぃぃ!!!』
−泣いて・・・?
『帰った・・・雅美・・・置いてった・・・』
傷だらけの身体。泣き続けていた・・・
「雅美?」
−泣かないで・・・
恐がらないで。俺は・・・
『雅美!!イヤだ!雅美ーー!』
「なぁ、雅美?」
「ゴメン!!」
突如身体を起こした東方に面食らって言葉が出ない。ただ呆然と見上げた。
「ゴメン。俺、どうかしてた・・・恐かったよな?」
抱き起こされ、衣服を整えられた。その掌は震えている。
−何でだよ?!
どうにでもしてくれて構わないのに。
「健。ゴメンな・・・」
−どうして謝る?
抱きたい、抱かれたい。身体を繋げたいと願ったのは互いに同じなのに・・・
何故謝罪が必要なのだろう?
悔しさともどかしさで涙が零れた。肩を震わせて嗚咽を堪える南に、東方はいつものように宥めるだけのキスをする。
「本当、ゴメン。俺こんなつもりじゃ無かったんだ。頼むから泣くなよ」
−違う・・・
抱いて下さい・・・
−泣かないから。
抱いて下さい・・・
それでもどんなに欲しても口には出せない。こんな穢れた躯を抱けと・・・言えるわけがない。
こんな躯を引っさげて言える筈がない。
「ゴメン。風呂入って頭冷やしてくる」
軽く肩を押しただけで、諦めて離された身体。遠くなる背。振り返ることなく階下に消えてしまった。
「ウソツキ・・・」
だって貴方は言わない。
『抱きたい』と・・・
「馬鹿・・・・野郎」
この身体が穢れた躯に変わって貴方も変わった。
『好きだよ。健。好きだ』
気休めの呪文。効力のない呪文。
『ゴメン。俺どうかしてた・・・恐かったよな』
魔法はまだ?それとも。もうかけてもらえない?
「一回だけでいいんだよ」
気紛れでも同情でも何でもいい。
「待つか。泣かないで待つから・・・」
君が為に思う。笑っていようと・・・
何よりも貴方が一番欲しいから。
「抱けよ。抱いて・・・・・くれよ」
いつかの憧れ愛玩人形。
お膝の上の抱きぐるみ。
「お前何にも悪いことしてねぇじゃんか」
シャランと鳴ったペンダント。
こんな風に啼かせてよ。
「謝るな。ヘタレ」
ユラユラ揺れたペンダント。
こんな感じに揺さぶって。
「好きだ。って言ってるクセに・・・」
居場所はいつでも膝の上。
抱いてはもらえぬ抱きぐるみ…
−お願いだから・・・
「SEX・・・したいよ俺・・・」
−河清−END
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