8:哀染 [ 44/51 ]

 屈辱の象徴が消えた山吹中テニス部部室。
 掲げた一つの志の中、皆部活動に励む。
 そこには過去と変わらぬように南の姿もあった。

「10分休憩!その後ダブルス要員はフォーメーションの確認。シングルス組は試合形式だ!レギュラー以外は筋トレを10セット!」
「はい!」
 各自散っていく部員達全員がコートから出るのを確かめ、倒れ込むようにベンチに腰を落ち着かせる。休んでいた間に落ちた体力を痛感し、忌々しさに溜息をついた、
「お疲れ」
「サンキュ」
 差し出されたボトルを掴んで恋人を見上げた。真夏の陽射しに目を細めるはめになり、逆光の陰で表情が読みとれない。それだけで不安になる。
「身体、大丈夫か?」
「そんなにヤワじゃねぇよ」
 不機嫌そうに言い放ってタオルを投げつけた。
「汗拭いとけよ」
「優しいな、健は」
 からかうように言われて頬が熱くなる。忍び笑いを必死に殺しながら横に座った恋人の腕が首回りに絡んだ。
「健、晩飯オムライス食いたい」
「は?」
「デミソースのヤツ。前に作ってくれただろ?」
 ベタベタとくっついて子供のようにねだる姿に苦笑しながら淡く微笑んだ。
「分かったよ」
「コンソメスープも欲しい」
「お前注文多いぞ」
 目を合わせて同時に微笑む。何気なく、しかし僅かに違和感と闘う瞬間。
−もう・・・ダメか?
 だってお前は言ってくれない。

「東方、ちょっといい?」
 控えめに呼ぶ声に二人して振り返る。派手色の髪を揺らした千石が立っていた。
「あぁ、今行く。健、ちょっと待っててくれ」
 黙って頷いた頬に暖かいものが触れた。それが東方の唇だと気づくのに多少のタイムラグを起こし、自覚した頃には既にその姿は遠い。
「アホ・・・」


 見かけだけの優しさ。
 偽りなき嘘。
 それに大人しく縋っていればいい?
 もう、そんなに純粋じゃない。
 この躯は快楽と穢れを知っているのだから・・・



「部長。もう休憩終わりじゃないですか?」
 強い陽射しにボウっとした頭で東方を待つ。
−遅ぇな。
 ただ待つ。
「南部長、聞いてます?」
 真夏の太陽の灼熱さが確実に思考力と五感を鈍らせていた。
−もう、無理かな。
「部長!!」
「へ?!」
 怒鳴るように呼ばれて慌てて立ち上がる。背後には呆れたような後輩の姿。
「休憩終わってるんですけど」
 ポケットに入れておいた時計を見やる。確かに時間がきていた。
「悪い。ボーっとしてた」
「こんな暑いとこにいるからですよ」
 空笑いを浮かべて誤魔化す。たが、それが通じる相手ではなく、大げさに溜息をついて濡れタオルを投げてきた。
「冷水機で冷やしたやつです。余計なことかもしれませんけど」
 照れくさいのか、背を向けて呟く後輩に笑いかけて南は立ち上がった。
「悪いな、室町。お前本当気が利くよな。どっかの誰かさんに見習わせたいぐらいだ」
−幸せでいてください。
「その誰かさんは部長のことしか考えてませんけどね」
−笑っていてください。
「・・・知ってる」
−見せつけてください。
「ノロケられるとは思いませんでした」
−この想いが顔を出さないように。
「なっ、違う!!そんなんじゃねぇよ!」
−あの男と同じ目で貴方を見ないで済むように・・・
「どっちでもいいですよ。それより、千石さんと東方さんの姿がないんです」
「あー何か二人でどっか行ったな。探してくるから練習再開しててくれ」
「分かりました」
 灼熱の中を走り行く背。手を伸ばしたい衝動。
『お前本当気が利くよな』
「鈍いですよね。部長は」
−貴方だけになんです。

 ほんの少し。僅かでも貴方の眼に映りたいから・・・



 正直、迎えに行くという行為は好きじゃない。
−何か嫌なんだよな・・・
 特に東方が自分以外の誰かといる時は。
−・・・
 他の誰かの目を見て、自分以外の人間を気遣って話す。
−みっとない。
 それを目の当たりにする度、東方の横にいるのは自分でなくても構わないんじゃないかと感じてしまう。
−あいつも趣味悪いよな。
 嫉妬。なんてありきたりでも単純でもない。
−俺の何がいいんだ。
 強いて言うなら疎外感。または正体の無い欲。
 独占欲も性欲も種類は似てるだろうが、きっとコレとは遠い。
『健』
 壊れた鳩時計のように東方は繰り返す。
『好きだよ』
 同じ音程、同一の表情、不規則な間隔で言い続ける。
『ずっと一緒だ』
 ポッポ、ポッポ、ポッポ・・・・
『好きだ』『好きなんだ』『好きだよ』
 いつか電池が切れるその日まで、きっと言い続ける。
『健。好きだよ。俺は何処にも行かない』


「大嘘吐き」


 お膝の上の抱きぐるみ・・・
 ずっとずっと抱きぐるみ・・・
 気紛れ待てない抱きぐるみ・・・
 きっとずっと抱きぐるみ・・・


 お膝の上から動けない

 時計の電池が探せない


「あのさぁ、いいの?」
 倉庫裏に歩みを進めた南の耳に、聞き慣れた音が滑りこんできた。
−千石?
 恐らく話し相手は東方だろう。
「いいんだ。少しは俺が居ないのにも慣れさせないと」
−?
「嘘ばっか。自分が辛いんでしょ?」
 具体的に名前は出てこない。でも確信がある。
「そうかもしれないな」
−どうすればいい?
「ま、南もあんな状態だしね正直どうなの?」
−治すから・・・


「まぁ、キツイな」



 汚れきった抱きぐるみ
 洗って落ちない汚れは何処?

 黄色い染みが取れずに泣いた

 汚い汚い抱きぐるみ・・・

−哀染−END

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