36:七日 [ 16/51 ]

「あ」
 スニーカーの爪先の下で、パリ。と小さな音が鳴った。
「?・・・どうした英二」
「蝉・・・」
 透明な地に黒い編み目模様が入った羽が爪先からはみ出している。
「踏んだのか?」
「羽だけね」
−躯・・・
 辺りを見回す。1mほど先。昨夜降った雨の名残の中に黒いモノが横倒しに浸かっていた。
「・・・七日間」
 鳴き、飛び、樹液を啜り、人間に狩られる日々。
「英二。どうした?変だぞ」
−悲しくないのかな?
「蝉は自分の寿命を知ってるのかな?」
「?・・・さあ、どうだろう」
 困ったように笑って大石は菊丸の横に立つ。菊丸の視線は足元の羽と汚水の中の本体から動かない。
「幾年を耐えて僅か七日。私に与えられた空を行く時。なに故・・・こんなにも刹那なのでしょう」
「空は果てなく絶えることなく。私は七日で絶えるのです」
「大石のクラスもやったの?」
「昨日の国語の時間にな」
「「夏の暮れ」」
 二人同時に呟いて笑う。
「行こう大石」
 大石の肩を叩いて追い越す。と、同時に蝉を追い越してしまっていた。
−七日。ソレを知ってるのは、幸せなのかな?
 そうならば、知りたいと思う。

 この幸せの寿命を。

−そしたらきっと、もっと大石を大事にできるのに。

 共に在ることの期限を。

−ただ、がむしゃらに好きでいれたらいいのに。

「英二?」
「なんでもない。早く行こう。南が待ってる」

 街路樹の下。蝉達は狂ったように鳴いていた。



 大きな一戸建て。チャイムを鳴らすと、あまり待つことなく家主が出てきた。
「いらっしゃい。今日はよろしく」
 大柄な身体に似つかわしい高い鴨居。
「健!菊丸来てくれたぞ!」
 いまいくー。という声が遠くから聞こえ、間もなく軽やかに階段を下る音が響いた。
「早くしろ。おまえは本当に寝起き悪いんだから」
「お前は俺の母親か!?」
「旦那だ」
「・・・・・ハゲてしまえ」
「・・・泣くぞ」
「泣けば?」
 兄弟喧嘩のようなやり取りに大石は呆気に取られ、菊丸は声を殺して笑っている。
「あ、ごめん待たせて。じゃあ雅美。行ってきます」

 いとも簡単に。

 南は東方の横を擦り抜け、菊丸の横に並んだ。
 当たり前のように。
−あ。
 東方の表情が菊丸の視界に入る。泣きそうな不安げな顔。それでも口に出すことを必死に堪えて。
「東方。何かあったら南に連絡させるから。途中までは大石も一緒だし」
「ああ・・・」
 東方の情況を察した菊丸に気付き、南が振り返る。
「雅美」
 ポンと東方の身体を押す。突然のことに驚き、大柄な身体は玄関の中へ数歩下がった。
−怖いんだろうな。
 高い位置にある首に手を回して密着する。
「行ってくる」
 短く告げて、南は笑った。
「いってらっしゃい」
 けたたましい蝉の声が青い空を突く。
 太陽に向かい歩き出す背中が見えなくなっても、東方は呆然と玄関に立ち尽くしていた。


 駅までの道のりを大石を交えて進み、そこからは南と菊丸は二人で電車に揺られた。
「行きたい店、決まっての?」
「まあ、大体は」
 改札を抜けて目的のビルへ向かう。
 買い物はたいした時間を要さなかった。それでも互いに紙袋を二つ抱え、休憩の為に小さなカフェへと足を運んだ。
「ありがとな。付き合ってくれて。それと・・・」
「そっちはいいよ」
 問答無用とばかりに言葉を遮られ、南は困ったように笑った。
「お前って、スゴイな」
「何が?」
 小さな沈黙。言葉を選んでいるようだった。
「どうやったら、そんなにも他人の心に敏感でいられるだ?」
 真剣に問われ、菊丸は茶化すように笑う。
「これはこれで困るよ。解りたくないことも解るから」

『英二・・・英二。俺は・・・・』

「俺は鈍感だから。羨ましいけどな」
「東方は、南のそういうとこに惚れてると思うよ」
「からかうな」
 足元に置いた紙袋が中身の重さで鳴いた。


「生きてることに、ズレを感じるんだ」


「え?」
 唐突に菊丸が言葉を放った。肘をついてストローに口をつけ、どこか遠い目線で窓の外を見ている。
−しまった。
 つい本音が漏れたことに心がうろたえる。けれど顔には出さない。
「ゴメン。今のナシ」
 笑って南に真っ直ぐな視線を送る。
「どうして?」
 南はナシにしてくれないようだった。
−あーコレコレ。そっか。
 菊丸は困ったように笑う。
−俺、南の目線が苦手なんだ。
 南の目には迷いが余りない。悪い言い方をすれば頑固。一つ決めたら揺るがない。目的への道のりを迷うことはあっても目的がブレない。

 自分とは違いすぎる。

「よく、解んないだけど。ふと思う時があるんだよね。ズレてんじゃないかなって」
 漠然とした不安。
「俺は、お前のことそう思ったことはない」
 南の視線は強い。
「だからだよ」
「・・・?」
「どうしてそんな考えになるのか、自分でも解らない。けど時々そう思う」

『えい、じ・・・』

「大石を自由にしてあげなかった罰かもしんないね」

 言葉の首輪で繋いで引きずり回した過去がある。

「俺は、大石を好きすぎたのかもしんない」

 後悔なら何度もした。
 離してやるべきなのか今でも迷っている。

 それでも・・・

「でも離れたくない。大石に俺を好きでいてほしい」
「大石は、お前から離れたがったのか?」
『俺は・・・・』
「そうじゃ、ないけど・・・」
「大石が、どう思ってるか解らないわけじゃないんだろ?」
 菊丸の視線が頼りなく動く。南の中には、かつての大石の言葉がよぎった。

『英二と・・・関わらないでくれないか?』

「大石の気持ちを置いてかないでほしい。大石自身が決めて、お前と付き合ってるんだろ?」
「そんなに、簡単じゃないんだよ」
−どうして俺は・・・

 あの時、笑って手を広げてしまったのだろうか?

「お前は、大石と一緒にいたいんだろ?」
「うん」
「じゃあ、今はそれでいいじゃないか。簡単じゃないなら、悩んでばっかで良い方にはいかないだろ」
「そう、だね・・・ゴメン。変なこと言って。でもさ」
『言えないんだ』
 海辺で聞いた、小さな秘密の告白。
「南だって、東方と別れる覚悟してるんでしょ?」
 南は困ったように微笑み、アイスティーを一口飲み込んだ。
「そこを言われると辛いな。けど・・・」

 南の視線は強い。

「要らない。って言われるまで離れるつもりはない」

−そうか。南は・・・

 東方の為に伝えない道を選んでいる。大石に棄てられない為だけに立ち振る舞ってきた自分とは違うのだ。
「そっか・・・そんなに東方が好きなんだ」
 また、南は困った顔で微笑んでいた。
「そろそろ帰ろうか」
 他愛ない会話をしながら駅までを歩く。両手には紙袋。わざとらしい程に、カフェでの会話には触れなかった。
「南」
「ん?」
「晩御飯までには帰りつけるね」
「あぁ。間に合うな」
 雑踏の中を駅に向かって歩く。
 スクランブル交差点を抜けて、小さな広場を横切る。

「みなみ・・・」

 目の前の瞳がクルクルと動いた。獲物を見つけた猫のように。
「どうした?」
「反対の入口に行こ!」
 視界を遮るように目の前に立ちはだかる菊丸を不思議そうに見つめ、南は首を傾げた。
「いきなりなんだよ?入口、目の前じゃないか」
「いいから!」
 様子がおかしい。何かを隠すように立つ姿。
−何か・・・まさか乾でもいたのか?
 南より少し小柄な菊丸。彼では南の視界を隠しきれていない。いや、対象が大きすぎた。
−っ?!
 銀色の逆立つ髪。
 長い手足に威圧感のある立ち振る舞い。
 雑踏の中だというのに、人々が避けて歩いている場所があった。
 その中心は真っ直ぐコチラに歩いてくる。自分に気づいている様子はない。
 ただ、進行方向に自分が立っているだけなのは解った。
「亜、久津・・・」
 小さく、ごく自然に唇が動いた。その瞬間、まるで野生の獣のように色素の薄い目が睨みつけてくる。
「・・・・・」
 南を認識する。と、同時に視線が僅かにブレた。
「・・・・・」
 互いに言葉はない。ただただ数メートルの距離を開けて睨み合う。
−雅美・・・
 血管が収縮する。
 アスファルトの照り返しが肌に痛い。心臓が、これでもかというほどの速度で鼓動を走らせていく。
−雅美・・・・いなくて良かった。
 息が苦しい。胃の中がグルグルと渦巻いて、喉が不快になってゆく。
−今、ここにアイツがいたら・・・


 きっと、殺そうとしただろう。


 動かない二人に焦れて菊丸が南の腕を引く。
「南。帰ろ」
−重い・・・何で?
 歩きたいのに足が動かない。
−俺、菊丸を無視してる。
 返事をしたいのに唇がカラカラに渇いて張り付いて開かない。
「南!」
−どうしよう・・…
「あれー?あっくん。何してんの?」
「「「!!」」」
 突如、間延びしたマヌケな声が緊張を壊す。
「千石・・・」
 亜久津の唇が動いた。
「ん?南・・・」
 オレンジの髪が揺れた。状況を理解したらしい千石が亜久津と南の間に割って入る。
「どうしたの皆さんお揃いで?青学のニャンコ君までいるし」
「気持ち悪い呼び方すんな」
 警戒心剥き出しの菊丸。
「ゴメン菊丸。こいつ悪気はないんだ」
 やっと命令を聞いた体。
「千石、悪い。俺達急ぐから。菊丸、行こう」
「うん・・・」



「・・・」
 黒髪と赤さのある外ハネの髪。足早に行く二人を見送って、千石は亜久津に向き直った。
 タバコに火をつけた銀髪の視線は目の前に立つ自分には向けられていない。
−別に、いいけどね。
「あのさ、あっくん。どうしてか教えてくんないかな?」
 吐き出された白煙に隠されて表情は見えない。
「てめぇと・・・」
 けれど、強い意思を持った声が脳に響いた。
「俺がなんだよ?」
 僅かな間。それは初めて感じた亜久津の迷いだったのかもしれない。

「同じ理屈だ」

−最悪に遠回しな嫌味。亜久津のクセに。

 タバコを燻らせながら雑踏へ足を踏み出した銀髪を睨みつけながら、千石は大きな溜め息をついた。
−お前なんか!
「あっくんなんて、東方に半殺しにされちゃえ・・…」
 遠く離れてしまっても、やけに目につく銀髪がカンに障った。



 足速に改札へと向かう背中を追いかけて、南は小走りを始める。
「待ってくれよ!」
 振り返りもしない菊丸の様子を不思議に思い、横顔を覗き込むように隣に並んだ。
「どうした?顔色悪い」
 表情が強張っている。これではまるで、さっきまでの・・・
−俺みたいじゃないか。
「秀・・・」
 助けを求めるように呟いた名前。
「大石に電話しよう。こっちまで迎えに来てもらったほうがいい」
「嫌だ」
 菊丸は頑なだった。亜久津と出会ってしまったことが自身の体験を呼び起こしてしまったのかもしれない。
「さっき・・・」
「?」
「千石」
−千石?
 自分の思いと何かが違う。
「アイツの目・・・嫌だ」
 千石と菊丸は初対面ではないはず。それに、南が見た限りでは先程の千石に妙なところはなかった。
「アイツは、いつもあんな感じだけど、何が嫌だったんだ?」
 確かに千石に対しては好き嫌いが別れる。
 掴みどころがない佇まいは何処か人を踏み込ませない。
「笑ってたけど、何考えてるか分からない。正体が見えない。だから、嫌だ」
 笑っているけど、何処か薄暗い部分がある目線。一瞬だけ合った視線に絡みつくような感覚をおぼえた。
−まるで・・・
 レンズの奥で笑う乾のような。
「前に都大会で見た時は、あんなじゃなかった」
 他人に敏感な菊丸が何かを感じとったのは間違いないし、それを勘違いだと否定できなかった。
 今まで菊丸の、その感覚に救われてきた南には。
「ゴメン」
「なんで南が謝るの?」
「俺の友達が嫌な思いさせたから」
「南、馬鹿正直すぎ」
 菊丸はもう笑っていた。不気味な程に。
「行こうよ。東方が待ちくたびれて泣き出すかもよ」
「あ、ああ・・・」
 何処か釈然としない。
「菊丸・・・大丈夫なのか?」

 彼は笑っていた。

「当たり前だよ」



 大石。俺、菊丸に関わるべきじゃなかったのかもしれない。
 お前が何を不安に思っていたのか。今なら分かるよ。


 駅の改札を抜けると、特徴ある髪型の少年が壁に寄り掛かりながら文庫本を読んでいた。
「大石!」
 駆け出す背中。南は複雑な心境で見つめる。

『大石には、さっきのこと言わないで』

 電車の中で菊丸は呟いた。
 言葉は、頼み。だったが、口調はまるで命令のようだった。
『分かった。そのかわり・・・』
『俺も東方には言わない』
 静かな口約束。
 全てを見透かされそうな瞳。
 一瞬だけ。ほんの一瞬。
−怖いと・・・思った。


「英二、たくさん買ったな」
「うん。楽しかった。南にいい店教えてもらったから今度一緒に行こ」
 甘えたような、子供みたいな口調。大石は優しく静かに微笑むと目を細めた。
−大石、もしかして・・・
 分かっているのかもしれない。何があったかは分からないだろう。けれど、何か。があったのは気づいているのではないだろうか?
「じゃあ、行こうか。南、英二の買い物は落ち着きなくて大変だっただろ」
「なにそれ!ひっでー!」
 菊丸が大石に感づかれているのに気づいていないとは考えにくい。
−分かってて・・・何も言わないのか?お互いに。
「いや、俺も楽しかったよ。菊丸はセンスいいから見立ててもらったりしたし」

『生きてることに、ズレを感じるんだ』

−この二人じゃないのか?ズレてるのは。

 何かしてやりたいと思うのは、傲慢なのかもしれない。

−分からない。どうしたらいいのか。

 二人の間に、何か約束のようなものがあるのかもしれない。

「南、行こうよ」
「ああ」


−今は・・・見守るしかないか。




 壁掛け時計を見上げる。
−そろそろ、かな。
 コンロの火を消し、エプロンを椅子の背もたれに掛ける。玄関へと向かい、扉を開けて外へ。見通しのいい自宅前の道で待つこと数分。三人連れの人影を見つけて東方は安堵の溜め息をついた。
「雅美!」
 両手に紙袋を下げた南が走ってくる。
「おかえり」
「ただいま」
 目を合わせて笑う。どことなく、くすぐったい雰囲気だった。
「晩飯できてるから。大石と菊丸も食べていってくれ。二人の分も作ってあるんだ」
「いいのか?」
「やった!大石、行こう!」
「雅美、今日のメニューは?」
「皆の好物が詰まったミックスフライ。コンソメスープにサラダ」
 東方以外の三人の腹が一斉に鳴った。



「ごちそうさまでした!」
「美味かったよ東方」
「腹いっぱいだ」
「お粗末さまでした」
 テーブルの上には空の皿しかない。食べ盛りの男四人が集まっているのだから当然と言えば当然だ。
「片付けは俺と南でやるから!」
「そうだな。じゃ、いくか」
 南と菊丸が皿を持ってキッチンへと向かう。
 東方と大石は隣接しているリビングへと行き、ソファに座った。
「手間かけて悪かったな」
「いや、そうでもないよ。それに、あれだけ美味い飯をご馳走して貰えるならいくらでも」
「それなら良かった」
 僅かに沈黙が流れる二人とは対象に、南と菊丸のはしゃぐ声と食器の重なる音が響く。
「東方。念を押しておきたいことがある」
「なんだ?」
 大石の視線が揺れた。
「南を・・・拒絶するな、絶対に。受け入れてやれ」
−何で・・・今?
「何か、あったのか?」

『秀は、俺を・……』

「解らない。正確には、南のことは。だけど」
「よく、理解できない」
「英二は、何かあったみたいだけど。南に何かあったかは解らない」
−みたい?
 大石の言葉を脳内で反芻する。
 彼は菊丸に起こったであろう出来事を確実には把握していない。それどころか・・・
「確認してないのか?菊丸に。それでいいのか?」
 大石は、確信を得なくてもいいと思っているよう見える。
「全部を知りたいなんてのは傲慢にしかならない時もある。それに」

『ゴメンね。ゴメンね。でも俺・・・』

「確実に解っていなくても、何となくでも察してやれてれば、それでいい時もあるんだよ」

『泪出ないんだよ。泣けない』


「そうしたら、優しくしてやれる」

『泣かないんじゃない。泣きたくないんだ。本当だよ』

「俺は、お前みたいに大人じゃない。そんな風にできる自信ない」
「別に、そこは真似しなくて構わないよ。逆に俺は真っすぐ南にぶつかれるお前が羨ましい」

 目を逸らした過去がある。
 その過去に目を逸らしたい自分が在る。

「俺は、ただの意気地無しだから」
「大石?」
 悲しい。とても悲しい色の声が小さく響いた。
「忘れるな東方。受け入れろ。反射的な激情は、後悔するだけだ」


 大石の言葉が、やけに耳に残った。
『忘れるな』
−一体どういう意味なんだ?謎掛けみたいなこと言れても困る。

『反射的な激情は、後悔するだけだ』

−そんなことは、嫌ってほど解ってる。

 傷つけて痛めつけて。
 あの日の激情は今でも説明がつかない。

−何なんだ一体?

「雅美、どうした?」
 戦利品を広げていた南が手を止めた。
「いっぱい買ってるなと思って。それにしても、そのTシャツはサイズ間違えてないか?お前には大きすぎるだろ」
 南が広げている黒のTシャツは確かに彼のサイズではない。
「そりゃ!それは・・・」
「なに?」
 顔を赤くして口ごもる。かと思えば思い切ったように立ち上がり、東方にTシャツを差し出した。
「俺のじゃ・・・ないから。デカイのは当たり前だ」

−?

「えっと、それはつまり・・・俺に・・・くれるってこと?」
「言わせるな!恥ずかしい!」
 照れ隠し全開で怒鳴る姿が小学生のようで、たまらない気持ちになる。
「ありがとう。大事に着るよ」
 顔を真っ赤にしたまま、今度は小さな袋包装を出してきた。
「まだある!」
「あ、ありがとう」
 リボンを引き解くとビニール包装が顔を覗かせる。その中にはシルバーのリングがあった。
「健、これ・・・」
「誕生日!何もしてなかったから!」
 まだ恥ずかしさが消えないのか口調が荒い。目も合わせようとはしない。
「これさ、健が俺の指にはめてくれたらなーって思うんだけど」
「なっ?!」
「だめ?」
−さすがにハードルが高いか。
 耳まで真っ赤にして俯いている姿に、さすがに諦めることを考えて自ら包装のテープに手をかける。
「手、出せよ」
「え?」
 返事を待たずに左手を取られ、荒っぽい仕草で指輪がはめられる。ゴツめのデザインは東方の太い指によく馴染んだ。
「俺も、同じの買ったんだ」
 シャラン。と南の首元で鎖が鳴った。
 東方が少し前にプレゼントしたペンダントのモチーフに重なるようにシルバーのリング。
「どうしても、さ。何か形に残る物を・・・その、プレゼントしたかったんだ」
「健。お前・・・もしかして、これを買うために?」

 外へ出ようとしたのは、東方に形あるものを渡すため。

−それなのに俺はあんな・・・!

「ゴメンな。本当にゴメン。俺最低だ」
 後悔と情けなさと……自分を傷つけたくなるほどの激情。
「謝るなって言っただろ。平気だからさ」
 どちらともなく体に触れて抱きしめ合う。謝り続ける東方の口を手で塞いで、南は困ったように笑った。
「俺は許してんだから、これ以上はどうしたらいいか分かんねーよ」



七日−END−

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