37:好きです [ 15/51 ]





 何も、話さなかった。
 だから何も答えなかった。
 キスの雨の中で優しく抱き寄せられて眠りにつく。
 恋人が 泣きそうだけれども穏やかな顔をして自分を見つめていたのが昨夜の最後の記憶。
 目が覚めて、最初に見たのは優しい寝顔。
「おはよう」
「・・・おはよ」
 頬に触れた手の平の暖かさに、幸せを感じた。
 小さな罪悪感と共に。




 久々にコートに立った時には夏休みの半分が過ぎてしまっていた。
「部長」
「どうした?」
「東方さんを・・・」
「許してるよ」
 サングラスの向こうで瞳が揺れた。
 生真面目な後輩が東方に激昂したことは千石から聞いていた。現に室町は東方に挨拶はおろか近づきもしない。

『室くんに何か言ってあげてよ。めちゃくちゃ心配してたから』

「面倒かけて悪かったな、ありがとう」
 室町の表情が柔らかくなることはない。それどころか何か思いつめたように唇を引き結んでいる。
「部長、話したいことがあります。部活終わってからで構いませんので」
 南は不思議そうな顔をして頷いた。
「わかったよ」



 指先の震えが全身に伝染するのに時間はかからなかった。
 というより、最初から全身が震え上がっていたのかもしれない。
「室町。お待たせ。話ってなんだ?」
 サブコートの端。エンドライン手前。
 最後に会話をした場所。
 白い制服に身を包んだ恋しい人。
「俺、部長に隠してたことがあります」
「?」
 少し上にある目線がもどかしい。
−こんな時に・・・
 せめてあと数センチ。
−見下ろされるのはカッコ悪い。
「室町?」
 この穏やかな声が好きだ。凛と伸びた背筋も。ソレに並んで真っ直ぐな気質も。

−笑ってる顔も。

 ずっと、黙っている覚悟をしていた。

「おい、どうしたんだよ?」

 大事にしまい込むつもりだった。

「・・・・・」

 蓋をして、抱きかかえて。これ以上膨れないようにして。
 少し離れた場所で力になれたらいいと思っていた。
 そして、いつか・・・

「室町。お前変だぞ。ほんとにどうした?」

 他の誰かを好きになれたらと。









「好きです」





 南の表情が強張る。切れ長の目を見開き、固まってしまった。予想していた反応。
−解りきっててもキツイな。
「言っておきますけど、変な意味で好きですから」
「え?」
「東方さんと同じように。俺は部長が好きです。ずっと前から」
 困ったように俯き、頭を掻いている。
「だから、東方さんのしたことが許せません」
「お前・・・」
 何故、大事にしてくれないのか。
 南を好きなのは東方だけじゃない。
 手に入らない恋しい人をズタズタにされて黙っていられるはずもなく。
「すごく、好きなんです」
 呻くように室町は言葉を放った。
−どうしよう・・・
 今から振られる。
 この恋しい人はどうしても・・・


 東方でなければいけないのだから。


「ずっと部長を見てきました」
 南は何も言わない。
「東方さんと付き合ってると解っても、俺は貴方を諦められなかった!」
−カッコ悪い。
「亜久津さんが許せない。それと同じくらい東方さんも許せない!」

 この人を・・・・

−傷つけないでほしい。

「室町。俺は」
「言わないでください」
−それでも俺は・・・
「返事はいりません。欲しくないです」
「・・・」
−まだ好きでいたいです。
「言わないでください。俺は何もしません。邪魔しません。今までと同じでいいんです。だから・・・」


 この恋を終わらせる勇気がない。


「好きでいることだけ許してください」
 恋をしていたい。
 この人に。
「今まで通りでいいんです。何も変わらなくていいし、俺は部長と付き合いたいとか考えてないんです。ただ・・・」
−俺は、何をしてるんだろう?
「好きなんです。好きでいさせてください」
 言いたいことは全て言った。南は俯いたままで表情を見ることはできない。
「室町」
−・・・!
 掌が、髪に触れた。困ったような、もどかしいような視線。

「ありがとう」

 去って行く背中。恋しい人は一言だけ残して恋人の元へ行く。
 分かってしまった。
−俺は、本当に・・・

 あの視線の種類。

−何とも思われてない・・・

 まるで、弟を見つめる兄のような。


「っ、・・・ぅぅ!」
 暑い気温の中でも、別の熱を感じる。
 涙が零れた。
「南、先輩」


『ありがとう』


「それでも俺は、先輩が好きです」


 どれだけの時を重ねても、どれだけ叶わないと思い知らされても変わらない恋情。
 頭が割れそうな暑さに、いっそ気が狂えばいいとすら思った。



「健」
 埃っぽい部屋の中で大きな背中が振り返った。
「帰ろうか、雅美」
「何か、あった?」
 真っ直ぐな視線が痛い。
「大丈夫だから」
 否定はしなかった。
 抱き締めてくれる腕が欲しいとも言わなかった。
−室町。
 恋しい人の頬に触れて、南は困ったように笑う。

−ゴメンな。

 自分にとって、どんなに苦しくても離れたくない場所は東方の傍だけ。

「雅美」
「ん?」

−ゴメンな。


「帰ろう」



 僕は貴方が好きです。
 これから先、どれだけどのくらい。
 約束も予測もできないけれど、今確かに。



好きです−END

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