39:ミシマバイカモ [ 13/51 ]



 終電など、とうに終わっていた。
 そんなこと分かっていた。

 分かっていた。

 だからこそ。

 だったのかもしれない。


「触るな!」
「健!待てって!」
 パジャマを脱ぎ捨ててTシャツとGパンを身につける。当てつけに東方の顔に何もかも投げつけながら。
 カバンを掴み、自転車の鍵を掴んで飛び出した。

 何度も名前を呼ばれた。
 何度も腕を引かれた。

 後ろ髪は引かれなかった。

 真夜中になっても夏の湿度は容赦がない。
 首筋に、顔に、腕にまとわりついて惨めさに拍車をかける。

「きら・・・・・・いだ・・・・」

 小さなつぶやきも誘蛾灯の害虫を弾く音に掻き消された。



 教えてください。
 身体が汚れたら・・・心も汚れるのですか?


 大石の自宅に向かってひたすらペダルを漕ぐ。


 一度も振り返らなかった。



「・・・だいっきらいだ」




 ねえ、大石?
 俺ってさ・・・
 やっぱり駄目なのかな?





「ちょっと行ってくる」
「自転車、南が乗ってったんだよね?」
「ああ・・・うん。でも走っていけない距離じゃないし」
−イラってきた。
「前にも言ったけどさ、甘やかしすぎじゃない?」
「あー・・・かもな」
−かも。じゃなくて。
「自覚あるのか無いのかわかんない」
 拗ねたように言ってのけ、菊丸は胡座をかいた膝に頬杖をついて東方を見上げる。
 そこに先ほどまでの頼りなさはない。
「一番気にしてるんだよ。その・・・」
「素直じゃないとこ?」
「それもひっくるめて、時々可愛げがないっていうか意地っ張りなとこかな」


『ほんと可愛いげがない』


 過去につい放った、ただそれだけの言葉に南は過剰に反応した。
 気にしているのは薄々気づいていたから言葉の選択は、わざと。
 下を向くわけでもないが目を見たわけでもない。胸元の辺りからやや視線をそらしたあたりだっただろうか。
 中途半端な視線の高さ。
 声もあげず、ただただ涙を流して泣いた。
 悲しげというよりは、辛そうに見えた。
 初めて涙を見たのが、その時。
 それ以来決して言わないようにしてきたが、もう一度だけある。
「そんなに気にしてるの?」
 あれは大失敗だった。

『お前のそういうとこが嫌いなんだ』

 あんなに自分の言葉を後悔したことはない。

「ほんと・・・嫌になるなぁ」
「ん?なに?」
 小さな小さな自嘲の呟き。
「だから今から迎えに行くんだ。って言ったんだよ」
「解った。留守番してる」
「一緒に行ってもいいんだぞ?」
「・・・やめとく。大石の顔見る自信ないし」
「そっか・・・じゃあ行ってくる」
 玄関の扉が閉まる音を聞き届け、菊丸はそっと窓を開けて東方を見送った。
 真夏の湿度が冷気に呼ばれて室内を侵食する。
 首筋を弛く絞めるようにまとわりつく湿気を気にも止めず、菊丸は無表情のまま呟いた。



「嫌になるのは、こっちだよ」





 あの時は、何度も夢を見た。
 繰り返し繰り返し同じ夢。
 目が覚めると惨めになる夢。


 大好きな貴方に、大好きだと伝える夢。


 儚いもの。



−着いてしまった。
 大石家の前で南は途方に暮れていた。
 時刻は日付線を軽々越えて深夜。
−勢いで来たけど・・・ピンポン押せない。押せるわけない。
 大石の自室の電気はついている。けれど、その明かりを見上げたまま南は固まっていた。
−そもそもなんて説明すればいいんだ?お前の恋人が俺の恋人に可愛がられてるのが気に入らなくて喧嘩して出てきました。家に入れてください。
「無理だな。絶対無理」
「何が無理なんだ?」
「うわっ!って・・・大石」
 小さな独り言がまさか拾われているとは思わず、舌を噛みそうになる。
「入れよ。汗だくだろ?風呂用意してるから」
 南の焦りを無視して大石は当然のように南を招き入れようとしている。これはつまり・・・
−連絡あったんだ。
 それならば遠慮もいらない。
 自転車を玄関脇にとめて大石家の扉をくぐった。
−あいつ・・・なんだかんだで今頃は菊丸にデレデレしてんだろうな。
 小さなトゲが自分の中で生まれる。
−どうせ俺は・・・


 汚れものな上に可愛くもない。





 なあ、雅美。俺は・・・・やっぱいい。





「風呂ありがとう」
「落ち着いた?」
「今の切り返し・・・菊丸みたいだ」
「ずっと一緒にいると似てくる部分もあるんだろうな」
 大石は小さく笑って視線を反らした。
−あ、そうか・・・・
「大石」
「ん?」
「ゴメン」
「なにが?」
「関わらないでいるの、無理みたいだ」
「・・・・・・・そうだな」
 大石はきっと解っている。
「本当は、嫌だよな。俺がここにいるの」
 静かに視線を合わせ、大石は困ったように小さく笑った。
「俺は南のことが嫌いなわけじゃないよ。個人的には一度二人で話してみたかった」


『いいよ。それで』


「俺が菊丸に近いから?」
「まあ、そうだな。ああ、それとは別なんだけど、もうすぐ東方が着く」



「は?」



−なんだ今の会話の流れ。めちゃくちゃだ。支離滅裂だ。菊丸よりヒドイぞ。
「あいつが来るはずない。電車はないし、自転車も俺が乗ってきたんだ」
「走って」
「走って?!バカだろ!!」
 こんな夜中に。しかも真夏に。正気の沙汰ではない。
「そのバカを実行したみたいだ。どうする?」
「どうするって・・・」
「俺としては帰らないでほしい。まだ話したいし」
−なんだろ大石って・・・掴めない。
 南は財布からある物を取りだし、大石の手に収めた。
「明日になったら、帰るよ」
 その言葉が終わるのを待っていたかのようにチャイムが鳴った。
「解った。伝えてくる」




「暑い・・・・夜でも暑い」
 膝に手をつき、少しでも楽な体勢を求める。
 俯いた額に向かって汗が伝い落ちた。
「あー・・・」
 自然と諦めに似た音が口からこぼれる。
 解っていた。
 けれど朝を待つこともできなかった。
−自己満足だよな。
「東方」
 静かな音が降ってくる。それと同時にタオルが頭にかけられる感触。そして頬には冷たさ。
「やっぱ帰りたくないって?」
 ペットボトルを受け取り、滴る汗をぞんざいに拭う。
「預り物だ」
 小さな鍵。南が乗ってきた自転車の物。
「顔を見たい」
「聞いてみよう」

『なんで・・・!!なんでなんだ!』

「東方」
「なんだ?」


『しゅ・・・・それで・・・』


「いや、やっぱりいい。お前じゃない」
「なんだそれ?」
「気にするな」


 まだ、あの日が終わってない。
 突如襲ってくる感情。


「気にするなって、そりゃ無理だろ」
「はは、そうだな。悪かった」

 なあ、英二。
 今も朝日は嫌いか?




 小さな子供のようだった。
「南」
「やだ」
−まだ何も言ってないのに。
 膝を抱えて顔を隠し、まるで耐えるように。
「解った」
「・・・っ」
 小さく息を飲む音が聞こえて大石は苦笑した。
−英二に怒られるな。俺の悪い癖だ。
「東方には、寝てる。って言っとくから」
 弾かれたように顔を上げる南。その目には涙が溜まっている。
−ああ、そうか。
 南の中に在る小さく歪んだもの。
「じゃあ、また後で」
 返事はなかった。





「じゃ、そういうわけで南は責任持って明日帰すから。そっちも英二を頼むよ」
「・・・…解った」
−さあ、これで一段落だな。
 静かに。極力音をたてないように気をつけて部屋へ向かう。
 そっと扉を開けると、窓にはりついている南の背中が視界に入った。
−確かに、素直じゃないな。
「南。麦茶飲む?」
「へっ?!!」
「ああ、ゴメン。邪魔したな。東方を見送ってたんだろ?」
「・・・・・・」
 どうしても素直になれない人に意地悪をしてしまう。
「大石、あの・・・」
「気になるなら顔ぐらい見せてやればよかったんじゃないか?」
「違う。俺は・・・」
−確かに違うな。


「怒ってなかったよ。ご不満そうではあったけど」

−雅美・・・

 心の中から一度たりと消えたことのないシコリに似た物。
 大きくなり続ける物。
 その成長速度は加速するばかりで、もう南自身制御ができなくなっている。
「俺は・・・・何も言ってない」
 あえて視線を外さずに伝えると、大石が困ったように笑った。
 それが、莫大な居心地の悪さを生み出す。
「南」
 子供にするように視線の高さを合わせて座り、優しい掌が頭を撫でてくれる。
 また別の居心地の悪さを感じて南は視線を逸らした。
「東方はずっと今まで南が大好きで、それはこれからもずっと変わらないことだよ。何も変わらない。変わってない」
−え?
 意表をついた言葉に、つい視線が合う。
「悪いことでもない。だから、そんな顔しなくて大丈夫」
「なんで・・・?」
 ひた隠しにしてきたこと。
「好きすぎて仕方ないからって隠したりしなくていいし、セーブしなくてもいい。そんなことで嫌われたりなんかしないよ」
 いつも肝心なところで手を伸ばさずにいた。
 いつも東方が触ってくれるまで待っていた。


 自分から触ってはいけない。

 なぜそう思うのか?
 理由など解らない。
 でも確かに自分は受け身でいる。
「ほん・・・とに・・・・・・?」
「本当だ。それに・・・」
 長い指が優しく髪を撫でてくれる。
 安堵を感じる視線の柔らかさ。
「東方は南に死ぬほど好かれたら、その分死ぬほど南を好きになるよ」
芯の通った音。
「でも、おれ・・・」
「大丈夫だよ。南は何も悪くない」
「俺は・・・」





「好きで好きでしょうがないのは南だけの責任じゃないよ」





「なん・・・で?」
 涙が溢れる。
 言葉が途切れる。

 いつもどこかに感じていた罪悪感。
 疎ましく思われたくない。
 それだけじゃないなにか。
「雅美・・・・まさ・・・っ」
 東方じゃない。それは分かっていた。
「おっと」
 目の前に在る大石にしがみつく。
 大柄ではないが、しっかりと綺麗に筋肉がついた身体は東方に抱き締められている時に似た安心感がある。
「まさ、み・・・・・雅美・・・ぅ」
「大丈夫だよ。何も怖がらなくていいから」
 大石から声をかけられる度に泣き声が大きくなる。
 分かっていても止まらない。
「雅美・・・」


 捨てられたら死んでしまう。それくらい好きでいても、いいですか?



『ねぇ、大石。俺さ、朝なんて大嫌い』





「んあ?」
 自分でもマヌケな声が出て驚いて目が覚めた。
−あれ?
 頬が温かい。まるで恋人に抱きしめられて眠るときのように。
−ん?
 動いたことに反応して誰かが頭を撫でてくれる。でもこの手は東方じゃない。
−誰だ?
 頭に置かれていたソレが、今度は背中をポンポンとあやすように叩く。
「本当に寝起きが悪いな」

−・・・・・・!!!???

「うわあああああ!!大石!なんで?!なんで?!」
「なんで、って。南が泣き疲れて俺にしがみついたまま寝たんだよ」
「うわああああああああああああ!」
 頭を抱えて叫ぶ。
−これじゃ!
 東方が菊丸にしたことよりも、かなりタチが悪い。
 グルグルと謝罪とも言い訳ともつかない言葉が思考を駆け巡る。
「黙ってればいいだろ。なんだかんだで原因は向こうなんだから」
−あれ?
 大石の物言いはほんの少しだけ、ぶっきらぼうに感じられた。
「うん、解った・・・大石あのさ・・・」
「東方に、ちゃんと言ってみるといい。自分以外に優しくされて腹が立ったんだって」
「へ?」


−会話になってません。


「いや、あの、だからさ、大石。そうじゃなくて」
「俺に対してなら、謝る必要ないし俺も謝らないよ」

−解っててやったなさっきの・・・!!

 大石は南に視線を合わせることなく言いたいことだけを言う。その姿は拗ねた子供のようにも見えた。
「菊丸のこと、迎えに行ってくれるよな?」
 少しの沈黙の後、大石の口が曖昧に笑う。
「南、一つだけ教えて」
「なに?」
 先ほどより、ほんの少しだけ長い沈黙。


「英二は、ちゃんと泣けてた?」


『俺以外の前でなら泣けるんだな』

−あ・・・

 大切で仕方なくて、それでも菊丸は何処か大石に一線を引いていて。
 気づかないフリをして、ずっとそんなフリをしてきて疲れて。
 泣く場所にもなれず、さも今気づいたように嘘をつくこともできずに。

 それでも好きで。

 黙って、気づかれてるのを解っていて、黙って、耐えて。


 どんな思いで過ごしてきたのだろうか?


「・・・・・・っ・・・」
 たまらない衝動にかられて大石の顔を胸に抱き込む。
「お・・・いし・・・・っ」
「なんで南が泣くんだよ?どうした?」
 涙がただただ零れる。
 大石を抱きしめて、その肩に涙の雨を降らせがら、ただ泣いた。

 悲しくて涙が出た。


「菊丸は・・・贅沢だ」
「・・・・ありがとう」
 抱きしめているのは自分のはずなのに、回した腕を優しく撫でてくれる大石の指先が悲しくてまた泣けた。


 この優しくて強い人がこれ以上悲しくならないでほしい。



「俺はどうしたらいいんだろうな。英二が何を望んでるのか解らないんだ」



 なあ、英二?俺はお前が好きだよ。何があっても。
 お前の隠してることが・・・とても残酷だったとしても。
 嘘じゃない。
 だから俺を・・・






「これ、着替え持ってきたから」
「渡してくるよ」
 深夜に帰宅したというのに約束の10分前に東方はやってきた。
 少し疲れが見える顔で立っていた大柄な男に少しだけ憐れみを感じながら、それでも玄関で待たせる選択をした。

−やはり俺は意地が悪い。

 苦笑いを噛み殺して自室のドアを開けると、怯えたような反応が出迎える。
「東方なら下だよ。着替え預かってきた」
 嫌々ともとれる表情で受けとり、東方が選んだ服に袖を通す南の顔は泣きそうに見える。
「嫌だった。って、言ってあげたほうがいいんじゃないかな」
「どうして?」
 ポロシャツのボタンを止める指先が震えている。
「ここに来た理由をちゃんと口に出してないんじゃないか?」
 南の手が止まった。
「何となくは解ってると思う東方も。けどちゃんと説明してあげたら安心するんじゃないかな。疑問を漠然とした物にして放って置いたら誰だって不安になるよ」
 指の動きが完全に止まった。と同時に頼りないけれど真っ直ぐな視線が大石に向けられる。
「・・・・上手く説明できる自信がない。だから今まで言わないでいた。それに」
「それに?なに?」


「・・・嫌われたくない」


 切れ長の目に涙が溜まっていく。痛々しいほどに真っ直ぐな情。

「ウザイとか、面倒だとか。そういう積み重ねで嫌われるくらいなら言わない方がいいんじゃないかって。でも結局こうやって飛び出して面倒かけちゃ意味ないよな。俺はただ・・・」

−言うべきことが言いたい。でも言えてない。


「好きなんだよ。それだけなんだ」


 大事なことが言えていないのに、嫉妬を押し付けていいのか解らない。


「大丈夫だよ」
「本当に?」
「ああ、絶対大丈夫」
 目線を合わせて強く言い聞かせる。頼りない相手の視線は床に向き、言葉はない。
「南、顔あげて。大事なこと言うから」
 ゆっくりと視線が出会うまで根気強く待ってから大石は口を開いた。


「南も・・・・・贅沢だ」

 切れ長の目が見開く。
 もうそれだけで充分だった。
 きっと解ってくれた。
「さあ、早く着替えて行こう。東方が待ってるよ」


 階段を降りる音がする。
 一段一段。
 音が近くなるたび緊張していくのが嫌でも解った。

−え?

「残念無念また来週。ってね」
「お前、この状況で他に言うことないのかよ・・・」
 ああ。と、さも今気づいたように振る舞う相手に緊張は解けてしまった。
「健はまだ上に?」
「もうすぐ降りてくるよ。それじゃ後は宜しく」




『ミシマバイカモみたいなんだと。南の東方への想いは』
 それが何を意味するのか解らなかった。
『英二が言ってたことだから本人に聞いてみるといいよ。ちなみに俺もそう思う』

−なんだよミシマバイカモって。

 本当にあの二人はよく似ている。真っ直ぐに見えても何処かつかみどころがない。
−俺が単純なだけなのか?
 階段を降りながら、そんなことを考える。しかし、階下の気配に思考が遮断された。
「健・・・」
 予想よりも近い場所。逃げ道を断つかのように最後の一段の前に東方はいた。

『南も・・・・・贅沢だ』

 大石の言葉を思い返し、足を止めずに向かう。


「大石は?」
 よほど驚いたのだろう。見開かれた目が落ち着きなく泳ぐ。
 それもそうだ。このような状況で、これまで南は自分から口を開いたことがない。
 東方からの言葉を待つばかりで。
「菊丸のとこに行った。ゆっくり話がしたいからって」
「そっか」
 それなりに予測の範囲内の言葉を飲み込んで小さく息をつく。
「健、あの・・・怒ってるよな?ゴメン嫌な思いさせて」



『嫌だった。って、言ってあげたほうがいいんじゃないかな』


「すげー嫌だった。怒ってるってより不快」
「へ?あ・・・うん。本当にゴメン」
 東方の顔にはあからさまに戸惑いと書いてある。
 それが僅かに癪にさわった。
「確かに、お前弱いもんな。菊丸みたいな可愛いタイプに」
 責める言葉が口から流れだす。
−本当にこれでいいのか?
「いや、その、なんていうか」
「俺が誰かに頭撫でられたりしたら、お前どうするよ?」
「嫌に決まってるだろ!」
−止まらない。どうしよう。
「でも昨日真っ先に菊丸のとこ行って頭撫でてた!」
「あ、その・・・あれは、つい・・・」
−みっともないし、カッコ悪いし。
「つい、なんだよ!」
「気づいたら手が出てて・・・その・・・無意識ってやつで」
−もう止めなきゃ・・・じゃないと・・・
「無意識に猫可愛がりしてたわけか。デレっとした顔で」
「そんなんじゃない!誤解だ!」
−じゃないと本当に・・・
「どうせ俺は!どうせ・・・」
「健・・・」
−もう喋るな俺。じゃないと・・…
「可愛げないし、口悪いし、菊丸みたいに素直じゃない」
−嫌われる。
「そんなこと俺は気にしてないよ」
「でも思ってるだろ!少しは菊丸を見習えって!」
−虚しい。これで何が変わるんだ。
「思ってない!」

−ああ、もうダメだ。

「・・・に・・・いで・・・」
「なに?ゴメン聞こえなかった」
−嫌われたくないのに。
「俺以外に・・・」
「うん」

−本当にいいのか?

「言って、健。俺聞くから。お願い。教えて」


『何となくは解ってると思う東方も。けどちゃんと説明してあげたら安心するんじゃないかな。疑問を漠然とした物にして放っておいたら誰だって不安になるよ』

「言っても・・・」
「うん」


 真っ直ぐ東方の顔を見る。


「嫌わないでくれるか?」


 もしも願い事を叶えてもらえるのなら。一つだけある。


「当たり前だろ。好きだよ。大好き。死ぬほど好き。嫌いになんかなるわけないだろ」
 手を取られ、ちゅ。と唇が誓いのように触れる。
 その向こうには穏やかな笑顔。

『大丈夫だよ』

 叶うなら、この人の傍に一生寄り添いたい。
 恋人じゃなくてもいい。
 友人で構わない。
 恋人としての役目を終えて、道を別れて。
 ほとぼりがさめた頃に友人に戻って一生の友として。
 傍にいられればそれでいいから、一生になりたい。




『ああ、絶対大丈夫』



 涙が零れる。視線を背けてしまいたい。でも見ていないと東方の反応が解らないのは怖い。


「俺以外に・・・優しくしないでほしい・・・触らないでほしい。でも。無理なのは・・・解ってるから。だから・・・・・・」


 思っていること願い事。口に出してること。
 全てが綺麗事なのは解ってる。


「俺がいるときは・・・優先して・・・もらいたい」
「うん、気をつける。絶対に健を一番にする」
 東方の口元がだらしなくなる。
 嬉しそうに笑う。

−大石・・・ありがとう。

 たまらず東方の首筋に腕を回して身体を寄せた。
「健は確かに素直じゃないし口も悪いけどさ、だからこそたまに素直になった時、めちゃめちゃ可愛いよ。俺はそういうとこも好きだ」
 腰に腕が回って強く抱き締められる。
「可愛いとか気色悪いこと言うな」
 肩に僅かな振動。声を殺して笑っているのが伝わってきて腹が立つ。
「健、好きだ」
 ぎゅ。と抱き締められて耳元で囁かれる。その音の心地好さに身を任せていると、大きな手が頬を撫でた。その手に導かれて顔を上げると唇にキスが降ってくる。
−嫌われてない。良かった。

 しがみつくように首筋にすがる。


−好きだ。


「雅美」
「ん?」
 優しい音が耳に心地よくて、南は小さく笑った。
「もう一回」
 遠回しにキスをねだる。
「お前・・・っ!!」
「へ?あ・・・!っ!」
 急に荒々しくなった腕とキスに翻弄されて上手く息継ぎができない。
「お前が煽ったんだからな!」
「ちょ・・・!!まて!ここ大石の家!」
 いつの間にかTシャツの中に手が潜りこんできていて肌を撫でまわされる。
「ぁ・・・!まさ、み・・・ダメ・・・だ」
 抵抗しても東方は全く聞く耳を持たずに、胸元に舌を這わせ、ついに下着ごと下半身を纏うものが引き下ろされた。
「ダメだ!帰ってから!!」
「最後まではしないから」
−じゃあどこまでヤる気だよ!
「・・・ぁ、んぅ。は・・・ぁ・・・」
 半身に湿った感触。と同時に胸の突起を指先で弄られて自然と腰が揺れた。
−こんな、他人の家の玄関で・・・
 東方はお構い無しに南の身体を舐めまわして翻弄する。
「雅美・・・!」
 すぐに限界まで引きずられるも、直前で東方が動きを止めた。
「な・・・んで?」
−もう少しなのに。
 もどかしさで全身が小刻みに震えだす。涙が迫りあがってきて視界まで揺れてきた。
「Tシャツの裾、自分で捲ってて」
「へ?」
「乳首舐めたいから」
「ばっ!なにを!!」
 直接的すぎる表現に一気に体温が上がる。しかし、快感の主導権を握られている以上南に逆らう術はない。
「すっげーエロイ・・・」
 荒い息が過敏になった胸元をくすぐる。それだけで下半身が痛いような、むず痒いような感覚に襲われる。
「ん・・・」
「ふぁ、や・・・!!」
 右の突起に甘噛みされて鈍い痛みがはしるも、それすら下半身に響いて腰が揺れた。
「なあ、知ってた?」
「な、にを・・・」
 唾液でヌルヌルにされた表面を指先で弄りながら、東方は意地の悪い笑顔で見上げてくる。
「右より左のが感じるって」
「なに、が?・・・っぁあ!」
 左の突起を甘噛みされて全身が跳ねる。
「や・・・それ・・・しつこい」
 ビリビリと腰に刺激が反射し、全身から抵抗する力を奪う。
「雅美・・・も、出る・・・床、汚す・・・」
「大丈夫」
 ギリギリまで膨張した半身が粘膜に包まれる感触。と同時に強く吸い付かれて刺激に耐えられず限界に達し、東方の口の中に射精する。
「は、ぁ・・・っ!」
 飲み下す音と残滓を吸いとる音を聞きながら、南は射精による脱力感で羞恥心すら忘れていた。
「ん・・・」
 満足そうな東方と目が合う。未だ力を入らない思考と身体でフワフワとしている南の姿を見て、東方はニヤニヤしながら唇を塞ぐ。
「帰ったら、いっぱい続きさせて」
「・・・どスケベ」
 耳たぶに吸い付いてくる東方の後頭部を平手で軽く叩きながら、南は静かに微笑んだ。


 ねぇ、大石。
 南ってミシマバイカモみたいだよね。
 ひっそりと静かに。
 ぱっと見は誰にも解らずに好きでいるんだから。
 少し、悲しいとも思うんだけどさ。



ミシマバイカモ−END−

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