猫の髭切り(雨唄に出てくるお話) [ 3/51 ]

お父さんお父さん。悪い子でゴメンなさい。

泣かないで。泣かないで。お父さん。

神様神様、いますか?


お父さんから僕を取り上げないでください。




猫のヒゲ切り ヒゲ切られ
ポテン ポテン と尻もちばかり
上手に歩けず パパの横
フラフラお外は危ないよ

何処へもいくなと切られた おヒゲ
一人で おんもが歩けない
パパの横でフワフワ コロン
ここが一番安全と パパは満足笑ってた

行かせないと またヒゲ切られ
歩けないから お昼寝しよう

パパがいないと お外は恐い
おんもは犬出る 人が出る


どうなっても知らないよ?



金色の長い毛並み。トラのような大きな身体と犬より少し大きな身体。

化け猫の親子。
人間が大嫌いなお父さん。人間を知らない子供。


「さぁ、ぼうや。起きるんだ」
「まだ眠いよ」
子供は眠たくてしかたないのか、コロコロとお父さんのお腹の上でグズっていました。
「早起き行かないと夜が明けてしまうよ」
「はぁーい」

ゴソゴソと起き上がり、お父さんの後をついて家を出て行きます。家と言っても滝がドアになっている洞窟です。ソレが親子の住む場所でし。


「お父さんお父さん!今日もお月様がキレイだね」
子供は外で遊ぶのが大好きです。
ピョン。とウサギのように跳ね回ってお父さんの尻尾にジャレつきます。
「今日は満月だなぁ」
暗い空には大きな月が光っています。
とてもとてもキレイな夜です。
「どうして空は夜になると暗くなるの?」
お父さんは優しく答えます。
「お日様が眠る時間だからだよ」
子供は夜空を見上げました。
「じゃあ、どうしてお月様は起きてるの?」
「夜遊ぶ時に何も見えなかったら困るだろ?」
「こまるねぇ」
お父さんの答えに子供は大きく、うんうん。と頷きます。
「それと」
「なぁに?」
「お月様はね、お日様が眠ってる間ずっと子守唄を唄ってあげてるんだ。だからあんなに優しく光ってるんだよ」
子供は耳をピクピク動かして月を見つめます。
「お月様は優しいんだね。でも、いつも暗いところにいて淋しくないのかな?お日様、たまには代わってあげればいいなに」
「じゃあ、お日様に会ったらお願いしてごらん」
「うん!」
お父さんは何でも知ってます。子供の1番の自慢です。
「ぼうや、こんばんは」
「フクロウじいちゃん、こんばんは」
真っ暗な夜の中で生活するフクロウと、お父さん。それ以外を子供は知りません。
お母さんの匂いも、よく覚えていません。


「ねぇ、お父さん?」
いつか、一度だけ連れていってもらった昼の空の下。
「なんだい?」
とてもキレイな青。
とても、憧れる色でした。
「お母さんとお月様。どっちがキレイだった?」
お父さんは、ふんわり。いい匂い。でも力強い匂い。

−お母さんは、どんな匂いがするんだろう?

とても気になります。

「お日様の匂いがしたよ」
「そっかあ」

「お日様の匂いがしたよ」
「そっかあ」
お母さんの話をする時、お父さんは遠くを見ています。いつもそうです。まるで、どこかにいるお母さんが見えているように。
それを、とても羨ましいと思いました。
「お母さんは、あったかい匂いがするんだね」
お父さんが笑いました。子供も一緒に笑顔です。
「お母さんに会いたいかい?」
「会いたいけど、淋しくはないよ。だって、お父さんといるもん」

−お母さん、どこにいるんだろう?

ずっと前にお父さんは言いました。
お母さんは人間に捕まってしまい、助けに行ったときには大きな町に連れていかれてしまっていたのだと。
なんとなく思ってしまいます。
お母さんは、きっと死んでしまっている。でも、もしかしたら生きているのかもしれない。

−あいたいな。

でも言えません。お父さんが困った顔をしてしまいます。
「お前は、ずっとお父さんと一緒にいるんだよ」
「うん。僕そうする!」

−お母さんも一緒だったらいいのに。

お父さんが大好きなので言えません。
「さあ、そろそろ帰ろうか。もうすぐ夜が明けてしまう」

月は土の中に、ゆっくり隠れようとしています。

−お母さんは、ぼくのこと・・・おぼえてるのかな?



夢を見ました。あったかくて優しくて。きっとお母さんの夢。

−目が覚めちゃった。

枕にしているお父さんのお腹。大きくて、フカフカで優しい場所。
気付いた時から、子供はそこで眠っていました。
−眠れなくなっちゃった。
ゴロンと寝返りをうちます。
−いいなあ、コレいいな。
お父さんの立派なヒゲが鼻息に合わせてユラユラ揺れています。
−なんでお父さんはボクのヒゲを切るんだろう?
子供にも髭があります。けれども短くて上手くバランスが取れません。
猫は髭がないと上手に歩けないのです。
ゆっくりなら歩けます。けれどもお父さんみたいに早く走れません。
−思いっきり走ってみたいなあ。
でもお父さんは許してくれません。
外の世界には人間がいるから。
−でも・・・

お父さんは今眠っています。
−お父さんが起きるまでに帰ってこよう。
子供はフサフサの毛の中から右と左。一本ずつ髭を取り出しました。お父さんに一つだけヒミツにしていたこと。


−お父さんゴメンね。


滝の水がキラキラ光っていました。外はお日様の時間です。
「うわぁーキレイだ」
何もかもキラキラな色。普段見る黒い世界と同じ場所でないように思えます。
「うわあーい!」
思いきり走って草むらに飛び込みました。
笑いがお腹の底から込み上げてきます。
「気持ちいいな」
雲がフヨフヨと浮いている空。知らなかった色があります。
耳をピクピクと動かすと、風を感じました。鼻をヒクヒクさせると暖かい匂いがします。

−風って、あったかいんだぁ。

夜の冷たい風しか知らない子供は宝物を見つけたように、はしゃぎ回ります。
風に乗るように高く飛び上がって二本の髭を遊ばせました。
「空を飛びたいなぁ」
大きな石の上に乗って高く高く跳びました。お父さんのように。
「えへへ」
なにもかもがキラキラでキレイな世界です。

「ぼうやじゃないか。一人でどうしたんだい?」
「フクロウじいちゃん!えっとね・・・」
−おかしいな。じいちゃん昼は寝てるのに・・・
「お父さんには内緒できたのかな?森の皆が見知らぬ子がいるからとワシに聞きにきたんだよ」

「うん。僕ね・・・お日様と遊んでみたかったんだ」
フクロウは大きな目を細めて子供の前に降り立ち、変わった模様の羽をフワとさせて頭を撫でてくれました。
「お父さんが気付かないうちに帰りなさい。ヒドク心配をさせてしまうよ。ココで見たことは黙っててあげるから」
「ほんと?」
「あぁ。だから早く行きなさい」
「ありがとう!」
子供は思いきり駆け出します。速く。とても速く。
お父さんと同じくらいの早さで。
−僕、こんなに速く走れたんだ!
これならきっとお父さんが目を覚ます前に帰れます。
−よぉし!


背より少し高い岩を飛び越えた時でした。
「なんだろう?焼ける臭い・・・でもちょっと違う」
そるは知らないものでした。
「行ってみよう」
ほんの少しの好奇心がお父さんに勝ってしまったのです。



「こっちだったよなぁ」
お父さんとも来たことがない場所でした。草の高さが低く、子供の金色の尻尾がはみ出してしまっています。
二つに別れたキラキラの尻尾。


「あなたもしかして化け猫の子供?」
「誰?」
風下からやってきた知らない匂いに話かけられて、子供は鼻をヒクヒクさせました。
「私は犬。人間と生活してるの。それより、こんな所で何してるの?ここは人間が通る道よ」
白くて小さい生き物でした。彼女はピンと長く立った尻尾をクルンと巻いて、草むらに座ります。
「僕ね、焼ける臭いがしたから気になってきたんだ。お姉さんは何してるの?」
「私はご主人と来たね。焼ける臭いは火薬ね」
「火薬?なにそれ?」
「知らない方がいいことよ」
「ふぅん」

キツイ目をした彼女からは甘いミルクのような匂いがしました。
−お母さん・・・
ほんの少しだけ覚えているお母さんと同じでした。
「ねぇ、人間と暮らしてるんでしょ?僕のお母さんのこと知らない?」
彼女の顔が段々悲しそうになっていきます。
「・・・ゴメンなさい」
「なんで謝るの?知らないのは悪いことじゃないよ」
小さな小さな静かな時間が、風と一緒に流れました。
彼女は下を向いて『ゴメンなさい』ともう一度言ったきり、何も言ってくれません。子供はどうしたらいいか解らずに小首を傾げて考えます。
−僕、悪いこと言ったのかなあ・・・
「お姉さん、ゴメンね」
「え?」
「僕がダメなこと言ったから、そんな悲しい顔してるんでしょ?だからゴメンなさい」
彼女は少し笑ってくれました。
「違うの。私が悪いのよ。あなたはいい子ね。さあ、もう行きなさい」
「また会える?」
お母さんと同じ匂いの犬を子供は大好きになってしまいました。
「いつか、会えるかもしれないわね」
ほっこり。あったかい笑顔でした。
子供も思いきり笑顔になります。
「うん。またね」

−お父さん、起きてませんように。
家へと足を向けたとき、遠くからの小さな声に立ち止まりました。
まだ後ろでは犬が見送ってくれているほど、すぐの出来事。
「リーン!リンどこだあー?」
−誰だろう?
耳をピンと立てて声を聞きます。段々近くなってきました。
「いけない!ご主人が来る!」
犬が叫びました。

−人間・・・

『人間に近づいてはいけないよ』

−逃げなきゃ!

「お前!化け猫だな!うちのリンになにしやがった!?」
運悪く、走っていった方向から人間が出てきました。黒く細長い棒のようなものをコチラに向けています。
「ご主人違う!待って!」
犬が人間に向かって叫びます。
「リン。もう大丈夫だからな」
その言葉は人間には通じていないようでした。
「早く逃げなさい!」

「うん!」
草を蹴り、走りだした瞬間に人間の棒から何かが飛び出し、土ごと深く草を弾き飛ばしました。
−何あれ・・・怖いよ!
「待ちやがれ化け物!」
怒った声が追い掛けてきます。子供は泣きじゃくりながら走りました。
「お父さん!お父さぁーん!」
「逃がさねぇぞ!」
大きな、ズドン。という音がして足がひどく熱く痛みました。
「うわああああああぁぁ!」
バランスを崩し、身体が坂道をゴロゴロと転がり落ちてゆきます。石や木クズが身体を傷つけていきます。
「痛いよー!怖いよー!お父さん!お父さん!」
子供の目に大きな切り株が見えました。けれども、その切り株はまるで・・・お父さんの牙のようにトガっています。

−嫌だ!



大きな大きな変な音。子供はそれが自分の身体からしたのだと、しばらくして気付きました。背中がズキズキと痛んで泪が零れましたが、少しすると段々なにも感じなくなってしまいました。

−お父さんの言うこと聞かなかったからかな・・・

ぼんやりと空を眺めます。

−お母さん・・・

きっとお母さんに今から会える。そう思いました。


「やった!化け猫を仕留めたぞ!!」
「ご主人!やめて!」
犬の声と人間の声が子供の頭の中でグチャグチャになっていきます。

−うるさいな・・・

いつもなら上手に動かせる尻尾も動いてくれません。石のように硬く、夜のように冷たくなってしまっていました。
−お父さん、ゴメンなさい・・・

「トドメだ!化け猫!」
黒い筒の先が、頭の先に在るのが見えます。きっとまた熱くて痛くて速いのが飛んできて、お父さんに会えなくなる。子供は知りました。

−お父さん・・・

風が、ふきました。お父さんの匂いを乗せて。
強くて速い風。
「ぎゃああい!も、もう一匹化け猫がぁ!」
「おと・・・さん?」
『人間よ!我が妻だけでは足りぬか!』

お父さんは風と共に現れ、人間の言葉を話しました。
「た、助けてくれぇぇぇ!」

人間は、息をしなくなりましたお父さんの大きな牙にはさまれて。
「お父さん・・・おと・・・さ・・・・」
「どうして一人で出ていったんだ?!ダメだと言ったじゃないか!」
「ゴメンなさい。ゴメンなさい・・・」
子供はポロポロて泪を流して謝りました。お父さんは泣きそうな顔をして、それから優しく舐めてくれました。
「化け猫。この山の神・・・・スイマセン。ぼうやを守りきれませんでした」
「犬か。お前達は人間と生き、獣であることを棄てた。お前も同じ目にあわせてやる!」
お父さんの牙が剥き出しになり、低い唸り声が響きます。
「お父さん。お姉さん悪くないんだ。僕がいけないの。やめて。お願い・・・」
子供の身体のほとんどは、もう言うことを聞いてくれませんでした。それでも必死にお父さんを止めます。
「ぼうや」
「お姉さん・・・お母さんと同じ匂いがしたんだ。僕、お姉さん大好き」
痛みの中で子供は、ゆっくりと笑いました。
「わかったよ・・・」

「へへ。ありがとう・・・」

−お母さん・・・会いにいったら怒るかな?

「お姉さん、犬のお姉さん、いる?」
「いるわよ」
泣きそうな犬の顔を見つめ、目にたまった泪を舐めて子供は笑います。
「お姉さんの顔、さかさまだ・・・変なの。泣いちゃダメだよ。ね?お姉さんは、お母さんみたいな匂いがする。だから・・・あれ?さっきも同じこと言ったね。僕もえかしいや。へへ」
犬の目に、また泪がいっぱい溜まりました。
「お父さん。まだ怒ってる?」
「いいや。怒ってないよ。悲しいだけだ」
お父さんは知っていました。子供の命がなくなってしまうことを。
もう、一緒に散歩したり眠ることができなくなることを。
「お父さん。おヒゲ・・・さわらせて」
大好きで、かっこよくて、欲しくてしかたなかったヒゲを軽く引いて子供は、にこぉと月のように柔らかく笑います。
「ぼくね、大きくなったらお父さんみたいになりたかったんだ・・・・・」
瞼が重たくなってきました。
「ずっと一緒って約束したのに・・・ゴメンなさい」
身体の力が、もうこれっぽっちも入らなくなってきました。
「謝らなくていいんだよ」
お父さんが血で汚れた毛を舐めてくれます。くすぐったくて嬉しくて・・・子供はもっと笑顔になります。
「お母さんに会えるよね。何て言おうかな・・・ねぇお父さん、どう思う?」
お父さんはニッコリ笑っています。
「お母さんは、おしゃべりだったから色んなお話してもらいなさい」
「そうか・・・楽しみだなあ」
金色だった子供の目が、どんどん黒くなってゆきました。
「僕ね。お父さんとずっと一緒がよかったなぁ。生まれ変わって、もう一回お父さんの子供になるから待っててね」
「ぼうや・・・待ってるよ。ずっと待ってる」
−約束・・・今度は守らなきゃ。
「次に会った時は、僕のヒゲ切らないでね」
「あぁ、分かったよ。約束だ」
お父さんも笑顔です。
「犬のお姉さん、お父さん。ありがとう。大好き」
子供はもう何も見えなくなっていました。けれど、ほぁ。と笑って匂いを頼りにお父さんのホッペを舐めました。
「お父さん・・・」







「おやすみなさい」



冷たくなった子供の横で、お父さんは木々が恐れて揺れる程の鳴き声を上げました。
「犬、名前は?」
「リン。です」
「子供はいるか?」
「はい・・・」
「リン。もしも人間と暮らすことが嫌になったら・・・」


『お父さん!』


「子供を連れて、この山に住め」
「はい。ありがとうございます」


お父さんは、動かない子供を連れて滝の向こうに帰りました。そして・・・食べてしまいました。
これでずっと、ぼうやと一緒です。
そして、お父さんは二度と姿を現しませんでした。
その日以来、人間の村では大きな大きな風が吹くたびに犬達が山の奥へ消えてゆくのを人間達は不思議に思い恐がりました。
そして村から犬が一匹もいなくなった頃、山の頂上に犬の群れが姿を現し、その中心には白いメス犬がいたという噂話が流れました。

大きな風に乗って響く悲しげな犬達の鳴き声。
いつからか、その山は

『犬鳴山』

と呼ばれるようになりました。


『お父さん。僕ね、お父さん大好き!』


END

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