5:絶望の果て恋の果て愛の成り果て [ 5/51 ]

 ねぇ、大石。
 あの時にさ・・・
「愛してる」
 なんて言って、どれだけお互い愛し合ってるかを語り合ってたら・・・
 愛を理解してない俺だけど・・・


 今と違う・・・別の『今』があったのかな?
 愛になれてたのかな?

 よく分かんないよ。


 ただね・・・俺は大石のコト大好きなだけ。
 そんだけ。




 僕らは、あの頃を探して今も恋してる。



 曖昧という名の均衡を保って・・・曖昧な関係を続け・・・・・

 ただの口約束のような恋人同士でいる。



『人は、生きていさえすれば時を費やし、生を費やし、欲を費やし、食を費やし・・・・性に耐えうることができる』




 流行りの曲が多く登録されている菊丸の携帯。その中で唯一の古びた曲が鳴った。
『今日会えるか?』
 特定着信。相手は決まっている。
 出逢った頃にヒットしたメロディは最近のものより彼に馴染んでいた。セピアの世界が似合う詩。ゆっくりとした流れ。
 大石の世界に似ていた。


 いつか多くの時を過ごした先にも君がいたら、それだけで僕は幸せ。


 着メロの続きを唄いながら返信をうつ。快諾。
 唄声の続き。サビのループ。
 もう一度古い曲が部屋に響いた。


『待ってるよ』


 いつか多くの時を過ごした先にも君がいたら、それだけで僕は幸せ


 もう一度唄う。
「我慢比べだね。秀」
 もうメロディは鳴らなかった。





 通話終了を告げる電子音を皮切りに連動する機能ボタンを押す。
「英二・・・・」
 熱に浮かされたように。
 まるで、付き合う前の頃。触れたいと願っていても想いを伝えられずにジレンマの日々を送っていた時の、恋の熱が身体を熱くする。



 何気なくも不思議な空間。
 今もよく覚えている。

 粉雪の降る日だった。

 暖房のきいた部屋。


 その表情は和らかい。
 窓を五センチ程開け、雪の欠片が部屋に迷い込む。
 ソレは暖風と寒風の狭間で舞うように迷うように上へ上へと昇り…消えた。
「大石。見て」
 彼は降り込む雪を飽きもせず眺めていた。

「部屋の中に雪が降ってるんだ」

 暖かさと寒さの境界線の上で。
 決して降り積もることはなく、地へ落ちることもできず、かざした掌を気まぐれに濡らすだけ。
 そんな雪の欠片を、君は飽きもせずに眺めていた。

「え、い・・・・じ・・・・・・・触りたい」



 この身体を明け渡したら、最後な気がした。
 前と違う。
 そう思われるコトが恐か恐かっただけ。
 心変わりを怖れたわけじゃない。

 嘘じゃないよ。



 ね、南。俺にはね……
 何にも無いんだ。


 愛用の赤いマフラーをグルグルと巻いて扉を開ける。
「さびー!」
 反射的にジャンバーの前を抱き合わせたが、それだけでは耐えきれる筈もなくファスナーを手袋に包まれた指先で上げた。
「寒いはずだよ」
 連日降り続いていた雪は温度を変え、雨となって降り注いでいる。
「傘、傘っと」
−どうりで雪の匂いがしないと思った。
「夏の雨は暑苦しいのに冬の雨は寒苦しいなんて詐欺だよ」
−大石……
 きっと彼が横にいたならば『寒苦しいって何だ?』と真顔で問うただろう。
でも今大事な彼はいない。
「大石。お前が言うなら、俺はいつだって逢いに行くよ」
 彼が自分を呼びつけた理由は分かっていた。
「明日から、部活だもんね」




「いらっしゃい」
 来訪を伝えるチャイムを鳴らす。早過ぎもせず、待たせ過ぎでもない空白の後、大石は出てきた。
−コレコレ。
 菊丸が居心地が良いと感じる間合いを大石は持っている。
「肉まんと、おでん買ってきた。やっぱ冬はコレっしょ?」
「あぁ、一緒に食べよう」


 勝手を知り尽くした造りの家。


 奥へと歩んでゆく。背中に熱を帯びた視線が突き刺さる。
 知っていて、ずっと解らないフリをしてきた。


−もう、はぐらかすの限界かな・・・


「秀、俺に触りたい?」
 大石が希むコト。識っていた。分かっていた。理解していて、敢えて避けてきた。
「ちゃんと答えて。触りたい?」
 視線が熱を帯びてきている。絡み付くような飢えた表情。
 彼は確かに自分を欲しがっている。
 ソレを解っていて菊丸は大石を拒絶し続けていた。
「大石。どんなに頑張っても、見ないふりをしても、変えられないもんが俺の中に在るんだよ。それでもいい?」

どうして?

 大石の言葉だった。それは音にはなっていなかった。心の声だ。聞こえてくるというよりは、識ってしまっている。
 彼は、この身体に餓えている。ずっと。
「愛してる。って言ったら、信じられる?」
 恐くない。
 そう言ってしまったら嘘になるかもしれない。けれど同時に鮮やかな偽りでもある。
「ねぇ、大石は俺のコト想うと泣きたくなる?」
−SEXなんて・・・・

 大石と身体を繋げるコトは何一つ恐くなかった。

「英二は?英二は俺が触れたいって。死ぬほど英二に触れたいって思ってて、ソレを解ったら・・・・泣いてくれるのか?」
「それは、触りたいって答えも含まれてるのかな?」
「意地が悪いぞ英二」
 
−秀・・・・・・

 泣き出しそうな大切な人。
 心を揺さぶるには充分な素材でいて、決意を固めるにも充分だった。

「俺はね、大石に触りたいよ。ずっとずっと・・・・抱き締めたいって思ってる」


 総て衣服を解き放ち、身体を開いて見せて・・・・
 自分の身体には何も残っていないコトを知られるのが恐かった。
 大事な人だけが触れた部分は何も残っていない。
 心だけ。
 でもソレは大石は触れるコトができないモノ。
 心が一番大事だと彼は言ってくれるだろう。きっと。
 そう思ってくれても、その事実に繊細なこの人が耐えられるとはどうしても思えなかった。
 心は通じ合えても触れ合えない。
 肉体のようにカタチを持たないから。


「狡いぞ英二」


 この心はもう意味を為さない。
 身体と一対だから。



 身体も心も手に入らないと、君はきっと崩れてしまう。
 この・・・大石に向けてだけに在る心は・・・身体を繋げては意味を保たない。
 そう。保てない。


「大石・・・泣かないで。どうしてそんなに泣くんだよ?」


 貴方はきっとバラバラになる。
 だから嘘をついた。
 バラバラにして離れていくか。
 苦しめて傍らに置くか。


「お前が・・・・泣かないからだろ」


 僕は自分が助かる方法を選んだ。
 泣かせて、我慢をさせて苦しめて・・・・
 貴方はいつも触れようと伸ばす手を、目が合うだけで引いた。
 優しい優しい人。


「俺は・・・・秀が泣く方が辛い。秀が泣いてるから・・・」


 身体を開け放す覚悟も、決意も在った。
 けれど・・・・


「哀しい」


 君が欲しいから、そうしなかった。


 コレは罪だ。




絶望の果て恋の果て愛の成り果て-END-

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