幼馴染×不良
鼻を刺す香水、咽かえるほど香る女独特の匂い。
別に嫌いじゃない。興奮する。
ただ・・・
「悠里(ゆうり)ぃ、私のこと好きー?」
この言葉は、吐き気がするほど嫌いだ。
腕に絡みつく細い身体を無遠慮に突き飛ばして立ち上がる。
「萎えた、死ね。」
あぁ、嫌いだ。『好き』なんて、『愛してる』なんて。
世界で一番薄っぺらで、何の意味も持たないこんな言葉は。
「胸糞わりぃ。」
・・・大嫌いだ。
俺が12歳のとき、両親が離婚した。
原因は俺だ。・・・いや、正確にいうと俺が見つけてしまったもののせいだ。
父親のパソコンで見つけた無数の写真。それらは全て、母親の実の妹との浮気を裏付ける明確な証拠となるものだった。
赤の他人であればまだ、救いようがあったかもしれない。でも事実は違うわけで。
それからは地獄だった。思い出したくもない。
ただ確かなことは、あの瞬間から俺は恋だ愛だのを信じられなくなった。それだけだ。
母親は荒れた。釣られるように俺も、俗にいう不良に成り下がっていった。
世間からの風当たりが強くなる中、それでも俺の隣に居てくれた奴がたった一人だけいる。
「悠里、」
「・・・一輝(かずき)。」
自分の住むアパートの下に見えた人影は案の定、幼馴染の森下一輝であった。
彼は身内以外で唯一俺の家庭事情を知る人間だ。
彼が着る高校の制服は俺の県下一の馬鹿校の学ランとは違い、深緑色の上品な全国有数の進学校のものだ。
彼はゆったりと長い足で俺に近づいてきて、俺の目の前で立ち止まると盛大に顔をしかめた。
「くせぇ、」
「あー、わりぃ。」
自分の学ランを掴んで鼻にあてる。そう言われてみれば、さっきの女の匂いが残っているような気もする。
「何、ヤってきたわけ?」
「お前っ、その顔でその言葉遣いはやめろって。」
一輝の顔は整っている。艶やかな黒髪も、切れ長の鋭い目も通った鼻筋も全て彼の理知的な顔立ちを引き立てる要素なのに、彼はそれら全てを裏切るような言葉を遣う。
それは俺のためなのか、それとも彼の本質なのかはわからないが。
すぐに答えない俺にじれたのか、彼は強引に俺のあごを掴んで上を向かせた。
闇のように深い黒が俺を突き刺す。
「いいから答えろよ。」
背筋に電流が走ったようにゾクゾクした。
(あぁ、これだ。)
彼がたまに見せるこの目が、俺は好きだ。
例えば俺が髪を染めたとき、ぱさぱさに痛んだ髪を痛いくらい掴んだり
俺がピアスを付けだしたときも、耳から血が出るほど噛み付いてきたり。
『勝手に傷つくってんじゃねぇよ、』
そういってひとつずつ俺に傷をつけていく。
その度に俺は、なんとも言えない優越感に浸るのだ。
「ヤってねぇよ、」
息を吐きながら彼の手に自分の手を添える。
責められているはずなのに、咎められているはずなのに、こんなにも居心地がいい。
一輝はそんな俺の様子に軽く舌打ちをして、手を離した。
「また好きだとか言われたのか?」
「・・・あぁ、」
「・・・で?」
「きもちわりぃから、突き飛ばしてきた。」
そうか、と言って彼は俺の髪をそっと撫でた。
それからいつものように、頭の後ろを掴み顔を上に向かせると唇に噛み付いてきた。
比喩ではなく、文字通りに噛んでくる。
じわりと血の味が口の中に広がった。
「忘れんじゃねぇよ、悠里。」
切れた唇をなめられて走ったかすかな痛みに、自然と眉間に皺が寄る。
「お前を傷付けていいのは俺だけだ。」
「苦しめていいのも俺だけだ、」
「勝手に知らない奴と関係作ったら・・・・」
あぁ、間違えたのは何処だっただろう?
『一輝は、一輝は俺のこと好きなんて言わないよな?』
『悠里、俺は・・・』
『言わないよな!?』
『・・・・っ、』
『お願い!!言わないで!!俺っ、一輝とずっと一緒にいたい・・・!』
『悠里・・・』
『お願い・・・お願いだからっ、・・・一輝!!』
俺が他人を信じられなくなった、あの瞬間?
それとも、彼と離れたくないと願ったあの瞬間?
それとも―――――――――、
『大丈夫、悠里。』
彼が微笑ったあの瞬間?
『悠里は俺のモノだから、』
『もし、勝手に知らない奴と関係作ったら』
「『・・・ぶっ殺してやるよ。』」
あぁ勿論、相手をだけど。
間違えたのは、俺か、彼か?
(どっちでもいい、)
(彼が隣にいてくれるなら)
(それだけで俺は・・・)
End.