クラス委員×不良
世間体を気にする親に、無理矢理放り込まれた全寮制の男子校。
金さえ積めばどんな奴でも入れるそこは、まさにクズの掃き溜めだった。
喫煙、飲酒、喧嘩にカツアゲ。非道徳的行為が日常的に行われ、クズ同士で貶めあう、まさに弱肉強食の世界。学生らしくまともに授業を受ける奴なんざ、全学年合わせても数人程度しかいない。
そんな学校という名の体のいい檻の中で、希望はおろか更生の兆しさえ見出せるはずもなく、俺はただただ惰性的に約2年を過ごした。
そうしてあと少しの辛抱だと、こんな場所へ自分を閉じ込めた親への報復を考えるようになった、3年の春。
たった一人だった俺の世界を、突然。
その身一つでぶっ壊そうとする奴が現れた。
「駄目じゃないですか東洞(とうどう)君! また授業サボって!」
「………チッ」
適度な運動のあとは昼寝に限ると、屋上にある給水塔を背に目を閉じてから数分後。
どうやって嗅ぎつけやがったのか、声を張り上げて登場した相手に俺は盛大な舌打ちを鳴らした。
相手の名前はたしか皐月野(さつきの)。俺と一緒のクラスらしく、そのうえクラス委員長らしい。
らしいってのは、俺自身、自分のクラスを知らねぇから。信じられねぇだろうが、この学校じゃよくある話だ。
んでもって。
この皐月野こそが、俺の世界に土足で踏み込んでこようとするキチガ…傍迷惑な人間だったりする。
喧嘩じゃ基本負け知らず、そのうえ群れもせず好き勝手うろつく俺に、クズ共がこさえたあだ名は一匹狼(だせぇあだ名をつけるなとその時はブチ切れた)。
誰にも気を許さず、誰にも近寄らず、誰も近寄らない。そうしてたった一人で過ごしてきた俺に、何故か皐月野は異常なほどに干渉してきた。
皐月野は俺のそばに駆け寄ってくると、さも当然のように腕を掴もうと手を伸ばしてくる。当然、俺はその手を払うのと同時に近付いた皐月野の腹へとつま先をめり込ませた。
「っぅぐ! げ、げほっ、う゛ぇっ……ひ、ひどいです東洞く、ん゛っ」
「自業自得だろうが、失せろ」
腹を押さえて蹲る皐月野の頭に、さらに靴底を押し当てる。
見た目ひょろいくせに打たれ強いのか、俺が多少蹴ろうが殴ろうが翌日にはけろりとした顔で現れる皐月野は、俺のプライドをことごとく傷付けた。
現に今も苦しげにしてはいるが口元はにやついていて。それがひどく癪に障り、無造作に踵で額を蹴り上げる。
蛙が潰れたような呻き声を上げて仰向けに転がる皐月野を一瞥して、俺は渋々立ち上がった。
俺の方が退くなんざ、それこそ逃げるみたいで気に入らねぇ。が、いくら痛い目に遭わせようが無視しようが、皐月野が俺が授業に出るまで諦めねぇことは経験済みだった。
そうと決まれば、さっさと退散するに限る。
俺は未だうんうんと悶える皐月野を放置して足を踏み出した…ところで、その足を皐月野に掴まれ引き止められる。
…骨の1本でも折ってやろうか、こいつは。
「ど、どこに行くんですかっ。…あ! もしかして授業に出「る訳がねぇだろうが」…ですよね」
はぁ、とわざとらしく溜息をつく皐月野に苛立ちが募る。
授業に出る奴の方が圧倒的に少ねえここで、何でこいつは毎日毎日飽きもせず俺を連れ出そうとするのか。
おまけにこいつは、俺がこいつを振り切るまでずっと俺を待ってやがる。それこそ授業が始まっても関係なく、だ。
ありえねぇだろう。どんだけ矛盾してやがるんだっての。
「いい加減うざってぇんだよ。無事に卒業してぇんなら俺に関わるな」
「それは、無理です!」
「…即答かよ」
「だって、僕は東洞君と一緒に授業を受けたいんです! そしてもっと仲良くなって、ゆくゆくは親友になって、そしてあわよくば、恋人になりたいんです!」
「…おい待て、最後なんつった」
俺の気のせいじゃなけりゃ、今、おぞましい単語が聞こえなかったか?
いつもの二割増しぐらい真剣な顔で俺を見上げる皐月野を、俺はいつもの五割増しぐらいだろう顰め面で見下ろした。
途端、皐月野はガバリと勢いよく立ち上がると制服のポケットに突っ込んでいた俺の手を目にも留まらぬ早さで引っ張りだし、そして
「東洞君、結婚を前提に僕とお付き合いしてください!!」
デカくてゴツいその両手を、皐月野自身の女みてぇな両手で包み込みながら、鼻息も荒くそう言いきった。
「―――なんてことも、ありましたねぇ」
しみじみと告げる皐月野をジロリと睨む。が、へらりとした気の抜けた笑みに毒気を抜かれた。
あの時と同じ、屋上の給水塔に背を預ける俺の隣には、あの時とは違い、寄り添うように皐月野が座っていた。
眼下には相変わらずクズばかりがひしめき合っているが、どこか浮き足立っているように見えるのは、今日が俺達にとって、解放を意味する日だからだろう。
「あっという間の1年でしたね」
あの時よりも少しだけ伸びた俺の髪に指を絡めながら、皐月野が笑う。うざってぇと払おうとした手は、逆に掴まれ指先に口付けられた。
「…気持ち悪ぃ」
「う…そこは照れるところでしょう?」
再びその手を払い落とし、たった3年ですっかりボロくなった制服に、唇の感触を拭うように指先を擦り付ける。そんな俺を見て皐月野は目に涙を浮かべたが、生憎そんな顔に絆されるほど優しい性格はしちゃいねぇ。
「うぅ…でも、これからもずっと、東洞君とは一緒ですね」
「…そうだな」
「僕が家事全般を担当しますから、その代わり東洞君はしっかり働いてきてくださいね? 頼りにしてますよ」
「……うぜぇ」
「ひ、酷いっ。たまにはデレてくださいよ!」
「知るか」
素っ気ない俺の返答に、冷たい冷たい東洞君が冷たいとウジウジ言いだした皐月野。
こうなると中々面倒臭ぇってのは、つい最近分かったことだ。
―――あぁ、クソ。
ずっと一人だと思っていた世界は。
目の前の男によって、あっけなくぶち壊された。
仕方ねぇ。逃げても逃げても追いかけてくるんだ。どこに居ようが、まるで犬みてぇに嗅ぎつけてきやがるんだ。
そのたびに好きだの何だのと、馬鹿の一つ覚えみてぇに言われりゃ…いい加減諦めちまったとしても、仕方ねぇだろう。
いつまでも鬱陶しい雰囲気を漂わせる皐月野の前髪を鷲掴み、俺はその唇に自分のそれを触れさせた。
終