密着アクアリウム

(4)

「……で、お前は?」

 改めて犬飼の格好を見ると、シャツはボタンを外しただけで濡れた皮膚に張り付いているし、スラックスもベルトすら外さずに穿かれている。張り出した中心は苦しそうに収まったまま。

「いれる、か?」
「……いれたい」
「ん……」

 ぐしょぐしょで不快感を与える下着の縁に自分で手をかけずり下げると、萎れた性器と生地がねとぉ、と粘った糸を引いて離れる。陰毛や下腹部も自分の精液にべっとりと濡れていて、突然居たたまれなくなった。それを目の前の犬飼に見られていると思うと、一気に顔が熱くなる。やけに重たい下着を脱ぎながら、浮遊する気持ちを誤魔化すように大河は口を開いた。

「ローション……ベッドの横の引き出しにあるから」
「……ゴムは?」
「多分、同じとこ」

 目配せをすると犬飼は風呂場を出て行った。シャワーを浴びたそのままの身体は脱衣所も廊下もいっそうびしょ濡れにしていたが、もう気にしなかった。風呂場の窓硝子を叩く雨は依然として激しく、地響きのような重厚な音が止まない。

 足元で燻っていたスラックスとベトベトになった下着を浴槽の縁にかけた。
 犬飼はいつだって何を考えているのか読めないし、周囲からミステリアスだと言われることが多い。ともに行動するようになってしばらく経ち最近は理解できることが増えたと大河は思っていたが、今日の犬飼はさっぱりわからない。不機嫌とまでは言わずとも、どうも愉快な心情ではないらしい。黙り込んだ視線が何か言いたげだったのが、少し胸に引っ掛かる。

「……」

 何が引き金だったのかわからないが、いつものように自然と話してくれるか、あるいは知らないうちに調子を戻しているだろう。怒っているのかと問うてかえって無口になられても困るのだ。
 待っているうちに下肢にこびりついた精液の不快感が気になってくる。シャワーのコックを捻ると最初に冷水が飛び出してきて身体が驚いたが、すぐに熱いお湯が出てくる。雨よりも優しい温度が汚れを落としていくのが心地よい。

「おせえな……」

 何度も大河の寝室に入っているから勝手もわかっているしすぐに戻ってくると思っていたが、犬飼はまだ来ない。シャワーを止めても髪の毛から伝って降りてくる粒を掌で拭ったところで、大河は少しの間、逡巡した。
 右手の中指をそろそろと口に含むと、案外に中は熱かった。濡れた粘膜と舌で挟み、唾液を絡ませる。十分に湿らせた後その指をゆっくり下肢へ移動させ、固く閉じた窄まりへ差し入れる。

「いっ……」

 はあ、と息を吐いて左腕を壁についた。上体を僅かに倒して腰を後ろに突き出すようにするだけで、上手く入りそうな気がしてくる。
 唾液なんてほとんどただの水と同じでローションのような潤いは期待できないが、あるだけマシだった。拒もうとする入口を押し進め、どうにか第二関節まで埋める。

「っは、……」

 中の指を動かしても異物感が圧倒的に勝り、何も感じない。まだ根本まで入れていないし、犬飼の性器とは当たる箇所が全然違う。俯いた視界に入るものも、萎れたままだ。

「……ん」

 一瞬の躊躇いの後、大河はタイルの壁を滑らせた左手を自らの性器に添えた。壁に押し付けることになった額から、冷気が伝わってくる。
 力のないそれに微弱な刺激を与えるように、竿をやわやわと弱く揉む。左手は扱い辛かったが、つるりとした先端を親指の腹で擦り、時折割れ目の肉を引き摺るように強く押してやると、徐々に芯を持ち始めた。
 同時に後孔に差し入れた指も進める。異物感に慣れようとゆっくり引いたり戻したりを繰り返すと、指を包み込む腸壁が抵抗を弱めてくれる。少し指を折り曲げ、そのまま壁を探るように動かすと、異物感とは違う感覚が生まれるのがわかった。

「っぁ、んんー……っ」

 声が漏れ出てしまうのを、唇を噛んでやり過ごす。犬飼がまだ戻ってこないにしても、風呂場でひとり自慰のような行為をしていると思うと、唇から漏れる吐息が熱くなる。
 決定的な刺激を与えない程度に性器を弄ぶ手は、止めようと思っても止められない。しばらくこのまま目的もなく触っていたいとぼんやり考え始めた時、背後でピチャリと水音がした。

「ぁ……、犬飼、……」

 横顔を壁に押し付けながら「お前おせぇよ」と文句を垂れても、濡れた床に再び足をつけた犬飼は黙ったまま大河を凝視していた。

「おい……」
「……ゴムが見つからなかった」

 もしかして同じ引き出しには入れてなかったか、それとも切れていたか。ベッド横の引き出しの中に思考を巡らせてみても、思い出せそうな気はしない。
 尻に指を入れた状態でいるのも居たたまれなく、体勢を起こして指を引き抜こうとすると「そのまま」という低い呟きが背中を撫でた。

「何……」
「そのままで」
「は……、な、つめてぇっ」

 尻の狭間にひんやりとしたものを感じ、下肢が震える。犬飼が手にしていたローションを温めもせずに垂らしたのだと知って肩越しに睨みつけた途端に、ぐちゅり、と自分の指とは違うものが中に入り込んできた。

「んっ……は、あぁ……」

 押し進んでくる犬飼の指に絡みついた粘液は冷たく、突然の温度に内蔵が驚いている。意図せずに異物をきゅう、と締め付けてしまい羞恥が増す。

「待てなかったのか」
「……っ悪ぃかよ……」
「いや」

 粘膜に包まれながら、互いの指と指がぬるぬると擦れ合う。大河は地に足をつけて場に踏み止まっているのが精一杯で中の指も自身に添えた左手もおざなりだが、犬飼がそれを無視して入口を広げるように長い指をぐるりと回すので本当に何もできなくなってしまう。
 もう一本新しい指が侵入すると圧迫感が増した。腸壁に慣らすように押したり引いたりを繰り返していると、最初は排泄のようで気味が悪かった抽挿が気持ち良くなってくる。

「はぁ、あー……っ」
「熱いな……」
「は、……っあ!」

 ぐり、と中の一点を指の腹で刺激されて腰が震える。反射的に逃げようとするのを、腹に片腕を回されて丸ごと引き寄せられて為す術がない。同じ場所を執拗に擦り上げられ、ほったらかしにしていた性器が腹部に触れそうなほど反り返っている。

「っァあ、……っ犬飼、も……っもう、いい、から……」

 いれろ、と言おうとした言葉は苦しげな喘鳴になって壁にぶつかる。自分の腸壁が物足りなさそうに弱く収縮しているのを感じては羞恥を呑み込むように固く目を瞑った。

「……ゴムは」
「んなもん、っい……から、早く、いれろ……!」

 犬飼の視線に晒されている耳の裏が焼けるように熱く、頭が湧き立ちそうだった。妙なところに律儀なこの男を焚きつけるのは毎度ながら度胸が必要になる。
 くぷ、と音を立てて指が引き抜かれる。惰性で挿入したままだった自分の指も引き抜いて、力の抜けそうな腕で壁に縋った。

「っ……」

 熱を孕んだ犬飼の吐息が項にかかり、恐怖からではない震えが身を襲う。背後で固い金属音と衣擦れの音が聞こえ、狭間に熱いものが触れただけで背筋がぞくぞくする。しとどに濡れた秘所が、ぞわりと歓喜に慄く。

「あッ……!」

 何の合図もなしに、切っ先が肉を掻き分けて押し進んでくる。圧迫感はありながらも、十分に解れた箇所は大した抵抗もなく熱塊を呑み込んでいく。

「ンんーっ……ん、ぁ」

 犬飼の下腹部が大河の臀部にぴったりと触れ、どうやら根本まで入ったらしい。腹が苦しくてたまらなくて、何もない冷たい壁に縋って助けを求める。そうやって体重を預けていなければ膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

「はぁ、あ……っく、くるし……ッ」
「……っ」
「ひ、……っ!」

 すべて収まっているにも関わらず、さらに腰をぐい、と押し付けられて喉が引き攣れた。入口も肉壁も限界まで広げられ、埋め込まれた性器の熱さも形もエラの張り具合さえも感じ取れるほどにぴったりと締め付けた状態で、その上で深い場所を抉るような動きに悲鳴を上げるしかなかった。

「あアッ……い、いぬ、か……っう、ア」

 腹部と臀部を触れ合せたまま、掻き回すように揺さぶられる。苦痛に近い快楽が休みなしに襲い掛かり、大河はもう自分の身体をコントロールできなくなった。視界が涙で歪み、瞼が痙攣する。口の中はまた血の味がする。
 いつもなら大河の身体を気遣うように「大丈夫か」などと言葉少なに、遠慮がちに、それでも優しげに問いかけてくる犬飼は、今日はそんな気配さえ見せず大河の腰を抱き寄せたまま深いところまで追ってくる。獲物を捕らえる獣のように、ひたすらに。
 怖くはない。そんな風な扱いをされても抗議の声を上げようなどとは微塵も思わない。優しすぎるくらいの犬飼だから。ただ彼を不安にしているものは何なのか、それだけが気がかりで、なのに何も言えない。

「ぅゥ、あ……っ、ア……んんー…ッ」

 焦れったいほどにゆっくりと引き抜かれ、水音を立てて再び根本まで埋め込まれる。雁首が中の肉をごりごりと刺激しながら押し進んでいくのがたまらなくて、気づけばそそり立った性器の先からだらだらと透明な液体を垂らしていた。
 濡れそぼった屹立に犬飼の手が添えられ、輪を作るようにぎゅっと握り込まれる。

「あっ!? …ま、っ…待て、……っ」
「出してもいい」
「ま、たかよ……ッ」

 性器を出し入れされる後孔と同じように卑猥な音を立てながら数回扱かれるだけで、抗いがたい射精欲が這い上がってくる。固く締まった下腹部がビクビクと震え、大河は自らの胸まで精液を飛ばした。
 声とも息ともつかない音を半開きの口から漏らしながら波のような快感に浸っていたかったが、後ろから穿つ犬飼は大河に休息さえ与えずに容赦なく攻め立ててくる。

「ひっぁ、あ、やっ……いっ、…いってる、から……!」

 先端からはまだ短く断続的に射精しているのに、前立腺を狙って強く抉られる。そのうえ犬飼の手が尿道に溜まった液体を絞り出すように擦り上げるので、ずっと射精しているような感覚が消えなくて、おかしくなりそうだった。白濁した粘液が濡れた身体を伝って均等に割れた腹筋まで下り、茂みにまで入っていく。
 少しの間でいいから、一度だけでいいから、快楽の海から解放して欲しい。そうでなければ気を失ってしまいそうだ。大河は二度も果てたが、犬飼はまだ一度も射精していない。いつまで続くのかと考えると気が遠のきそうで、軋む首を動かして肩越しの視線で犬飼に訴える。

「ん……っ」

 涙で霞む視界では相手と目があったかわからない。犬飼は深い抽挿を繰り返しながら大河の無防備な耳を噛んだ。薄い皮膚を舐りながら、ひとつひとつ重く突き立て大河を追い込んでいく。
 
「っ……仲宗根」
「な、……ぁ」

 濡れた肉に出し入れされていた太いものが突然に粘液を引いてずるりと出て行く。達した訳ではないのに、と思えば肩を掴まれて身体が反転する。壁に背を押しつけ犬飼と相対すれば、その目が昇華できない熱を孕んでいるのが見てわかった。
 片足の膝裏に手をかけられて胸につくほど折り曲げると、身体の硬い大河の股関節は軋んだ。ローションや犬飼の先走りやらが溢れ出るそこが再び眼前に晒され、していることは同じなのに正面から向き合っているというだけで恥ずかしさは倍だった。
 怒張して血管が浮き出た犬飼の性器が宛がわれ、そしてゆっくり押し入ってくる。

「ぁア、あ……ッは」

 きつい角度で反り返った性器は、腸壁の腹側を強く圧迫しながら抽挿される。亀頭が肉を擦っていく位置が先程とは違うことに、すぐに身体はついていかない。
 抽挿はすぐに激しくなった。犬飼の限界が近いのか浅く小刻みに中を擦られ、変な声を零さないよう奥歯を噛み締めるも舌を噛みそうだ。

「仲宗根っ……」

 切羽詰まった声が胸にかかる。数回大きく穿たれ、中が熱い液体に濡れる感覚がした。
 首元にしなだれかかる頭を抱きながら、大河は犬飼の痙攣する下腹部を触れた肌で感じていた。

「はっ、はぁ、あ……」

 互いに酸欠を起こしたような荒い息を吐き、熱い体温を抱き締め合う。中途半端に再燃した大河の熱は依然と下腹で燻っていたが、焦点も定まらないような状態ではどうすることもできず、ただ黙って犬飼の身体を抱いていた。
 
「仲宗根……」 

 中で果てた生き物が抜け出ていく感覚は奇妙としか言いようがない。自分の身体の一部が失われたようで、喪失感が湧き上がる。
 犬飼が焦った声で大河の名前を呼ぶのだけはぼんやりと捉えていたが、その後は足元に穴が空いたように膝が折れてしまっていた。

9/9 rainy day

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