密着アクアリウム

(3)

 上半身が密着し、裸の胸が触れ合う。まるで生きていないような冷たさに、大河の肌はさらに鳥肌を立てた。

「っん、……んん」

 薄く開いた目の先に、犬飼の黒い瞳がある。それを縁どる睫毛は雨に濡れ、泣いているように見えた。
 静かな視線とはまるで別人のもののように、犬飼の熱い舌が大河の口腔を弄った。歯茎を撫で、歯列を割って大河の戸惑う舌に触れる。舌根を押されると息苦しく、上体が仰け反ってシャワーのホースに背が当たった感触があった。

「ン、っいぬ、か……、!」

 唇が離れたと思ったら突然、頭上から雨が降ってくる。容赦なく身体を叩く水の冷たさに大河は犬のように震えた。
 見ると犬飼の手がシャワーのコックを捻っている。

「お前、何……」
「お湯を出そうと思って。これ以上冷えないように」

 そう言って、再び唇を食まれる。重なり合った薄い皮膚は先程よりも幾分か温度を取り戻しているように感じた。
 ともすれば見逃してしまいそうなほどに微細な違和感だった。大河の首に添えられた手も、口内を蹂躙する熱も、僅かながらも言葉に乗った感情も、普段の犬飼よりも幾分か乱暴だ。浴びせられるシャワーの中、目の中に水が入らないように薄目で見遣っても犬飼の瞳は依然として深淵で、その内側は何を思っているのか今の大河にはわからない。
 そのうちに瞼や頬を叩く水が温かくなっていく。冷え切った身体にはむしろ熱いくらいで、足先や手の先がじんわりと溶けて流れてしまいそうな気がした。
 
「……っ、は、……ン」

 濃密な交わりで、青褪めるほどに冷たかった唇も温かくなってきた。唇の隙間から漏らした吐息さえも掠め取られる。降りしきるお湯の中で溺れているような感覚に陥り、ふたりぶんの息継ぎの音はタイルを叩く水の音に掻き消される。

 唇を離す頃には、ふたりとも水面から顔を上げたかのように荒い呼吸をした。犬飼の手が大河の背後に伸び、天から注いでいたお湯がゆっくりと引いていく。
 風呂場には柔らかい湯気が充満していた。冷え固まった身体の節々が解け体温を取り戻すと同時に、身体の中心の熱も昂りつつあることに大河は気づいてしまった。

「仲宗根……」
「っ…」

 布の上から膨らんだそこを弱く掴まれ、思わず息を呑む。スラックスは先程よりも重たく水分を含み、犬飼の手の隙間から水がせり出てくるのがわかる。大河は浅く吐息を落とすと、ぐっしょりと悲惨な状態になっているスラックスに手をかけた。風呂場で濡れた制服を脱いでシャワーを浴びるだけのつもりだったが、ことは単純には終わらないようだ。

「クリーニング出さねえとな、後で……」

 生地が皮膚に張り付いてきて不快だったが、ベルトを引き抜いてあったので脚を抜くだけだった。床に落とすと、びちゃ、と水のぶつかる音がする。それを追った犬飼の視線が大河の脚に留まった。

「仲宗根、その脚……」
「ん、ああ……これは」

 自分の身体を見下ろすと、右足の脛に青い痣が出来ていた。痣のすぐ下は擦り剥け、出血していないにしても赤くなっている。

「さっきの喧嘩で……傘でやられたやつだ」

 寒さのあまり忘れていたが、身体も温まり、怪我の存在を思い出した途端に痛み始める。そういえば脇腹も、と左の腰骨の上を触れば鈍痛が走った。普段であればこんなヘマは絶対にしないが、天候と視界の悪さだけはどうにもできなかったのだ。

「脇腹も、痣になってる」
「まあ、大したことないからすぐに治るだろ」
「……」
「犬飼?」

 伏せられた視線が彷徨う。どうかしたのかと犬飼の腕を取ると、そのまま少しずつタイルの壁に追いやられた。今度は温かい身体と冷たいタイルとの落差に身体が驚く。

「おい……っ」

 下着の上から、勃起して生地を押し上げる性器を犬飼の手が掴んだ。濡れた生地を通して伝わる手の温度はもう温かい。肌に張り付いてその恥ずかしい形が明らかになったものを、犬飼の手が強く押さえつけながら擦り上げた。行き場を失った手が思わず犬飼の腕に縋る。

「っあ、ぁ……ゃ」

 もともと濡れている下着の中で、猛った性器の先端がじんわりと潤む。犬飼に竿を扱かれる度に下腹部に積もる熱はもどかしく、沁み出した先走りが蠢く水音を粘着質なものにさせる。

「ぅ、あ、……ッ、犬、飼」
「すごい音がしてる」
「言うな……!」

 解放を求めて張り詰めた袋ごと揉みしだかれ、背筋に震えるような快感が這い上がった。出したい。その本能に従うように揺れる腰が恥ずかしい。体重を支える膝が震え始める。

「いきたかったら、いってもいい」
「っん、ぁ、中で、出したくない、んだよ」
「もう濡れてるんだから一緒じゃないのか」

 問題は濡れている濡れていないではなくて、直に触れられずに射精するのが悔しいだけだ。潤む視界で犬飼を見やると、その下肢も窮屈そうにスラックスを押し上げている。犬飼のシャツを握り締めていた手を滑らせてベルトを外そうとすると、それさえも片手で封じ込められ手首を掴まれた。

「っんだよ、お前も、起ってる……ッ」
「俺はまだいい」
「は、ァ……っ? ふざけんな、俺ばっかり……、ひっ」

 犬飼の黒い頭が眼前を動いて胸元に埋まったと思ったら、寒さのためにピンと尖った乳首を舌で撫でられた。そのままニュルリと柔らかい唇に吸い込まれ、上唇と下唇の間に挟まれ微弱な刺激が伝わる。

「んなとこ、舐めんな……!」
「嫌いじゃないだろ」
「ンんっ……」

 見下ろしても犬飼の顔など少しも見えないが、熱心に固い筋肉の上の突起を弄る彼の動きは止まない。乳輪を舌先でぐるりと円を描くように舐められ、かと思えばぢゅう、と音が立つほど強く吸われ、下腹部に蓄積する熱はいっそう重たくなる。
 性器を下着の上から弄ぶ手が、その大きさや形を確かめるように指先で丁寧に撫で上げる。その微妙な触れ方がじれったく、大河は自分の手で触れて乱暴に扱き上げたい衝動に駆られたが、まだ頭に残存する理性が押しとどめた。

「ァ、あ、犬飼っ……」

 いきたい。言外に訴えて名前を呼ぶと、予想外に切羽詰まった声が出て焦り、大河は口元に手の甲を押し付けた。
 意図を汲み取ったのかどうなのか、犬飼は顔を上げると大河の乳首を愛撫していた唇で今度は大河の口を塞いだ。唾液を受け止めながら口づけに応じると、性器を擦り上げる力が強くなる。

「んっ…、ちが、……ッ」

 いけない訳じゃない。だが、布越しではなくて直接触って欲しい。頭がそのことばかりを考え始めて、意志とは反対に腰が揺れ動く。
 そうじゃないと訴えても、犬飼は大河の望みを叶えてくれることはなく、濡れた唇を吸いながら薄く開いた瞳で見据えてくるだけだ。

「……っは、ぅ、…ん、い、犬飼……ッ」
「っ……、何」
「さ、われよ……!」
「触ってる」
「じゃなくて、直接……っ」

 そのしなやかな手で自分のいきり立ったものを激しく扱き上げて絶頂に連れて行って欲しい。直接触ってくれと、そう言ったのに犬飼は話を聞いていなかったかのように、水やそれ以外の液体で下着にぴったりと張り付いた性器をぎゅっと握り締める。
 
「ぁアっ!? ……っお、お前、な…ッ」

 今日の犬飼は、どうしてか粗雑で乱暴だ。こんなしょうもない意地悪をするような奴ではないのに、大河の懇願を聞き入れてはくれない。
 怒っているのか、何かに。そう思って犬飼の表情を窺い見ても何のサインも得られず、大河は地団太を踏みたくなる。実際は、絶えず与えられる快感に爪先をきゅっと丸めて耐えていたが。
 掌で裏筋を擦り上げながら、長い指は性器の先端をくにくにと押し擦る。敏感な亀頭を執拗に刺激され、足元から何かが這い上がってくるような感覚がした。

「ア、出る、犬飼……ッ、で……――ッ!」

 周りの生地よりもいっとう濡れている、先端の見えない割れ目に爪を立てられ、大河は咄嗟に声を呑み込んだ。内股と腿裏が痙攣し、快感が背中を駆け上がる。下着の中に、水とは違う温かくて粘り気のある液体が染みわたるのがわかった。

「っは、……は、ぁ……っ」

 射精したばかりの性器が、濡れに濡れた生地の中でいまだ震えている。力を失いつつも敏感なそこを犬飼は手遊びのようにやわやわと揉み、その手を大河に見せてくる。

「中に出したのに、俺の手べたべただ」
「っ……くそ、お前……」

 肩で息をして呼吸を取り戻そうとする大河に、犬飼は何の気遣いもなく再び口づけてくる。苦しさは先程シャワーで溺れると思った時の比ではなく、大河は差し込まれる舌を噛んでやろうかと本気で思った。

8/9 rainy day

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