密室アクアリウム

(25)



(25)

 目を開けると、辺りは暗闇だった。何も見えなく、僅かに身じろぎをすると布を滑る音が聞こえる。

「ん……」

 夜は明けていない。部屋のカーテンは開けたままだが、光は入り込まず、黒い窓が見える。
 徐々に暗さに目が慣れてくると、正面に男の顔があるのがわかった。

「犬飼」

 名前を呟いた声は酷く掠れていた。男は目を瞑ったまま、反応を示さない。

「……」

 男の整った顔を見つめながら、ふいに愛しい気持ちが湧き上がってきて、その滑らかな頬を撫でた。
 眠っているのだろうか、静かな寝息に合わせ身体がゆっくり上下している。眠る幽霊など、話に聞いたことがない。

 水分を失った唇を舐めて湿らせると、ぴりりと小さな痛みが走る。痛むのは唇だけではない。無理に折り曲げ広げていた股関節や、普段意識しない尻の筋肉や、何度も抽挿を繰り返した入口が、気怠く、そして痛みを訴えている。

 身体は確かに痛むのに、中の不快感はない。ひりつく箇所へ指を触れてみても粘膜は濡れていないし、液体は溢れ出てこない。まるで、何もなかったように。

 突然何かが込み上げてきて、大河は乾いた喉にきゅっと力を入れた。隣で眠る犬飼の身体を抱き締める。温かく、血が通っているようで、哀しくなるほど安堵する。

「ん……、……」

 腕の中の男が僅かに動く。より強く力を込めると、犬飼は怪訝そうに「どうした」と問いながら、大河の腰を抱き寄せた。

「何でも、ねえよ」

 触れた箇所からじわじわと温もりと優しさが伝わってきて、唐突に、幸せだと感じる。しかし、それと同じくらい胸が締め付けられ、苦しい。心臓が、痛い。

「大丈夫だ……仲宗根」
「……何がだよ」
「大丈夫だ」

 一体何が、どう大丈夫なのか、まったくわからない。けれど、この男が大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
 大河は、ふと思った。
 ――犬飼が好きだ。

「仲宗根、好きだ」

 大河の背中を優しく撫ぜながら、犬飼が囁く。その言葉は、心地よく鼓膜に響いた。

「ああ……」

 俺も、とは口には出来なかった。意識が沈みゆく。




To be continued...

88/96 融解

←back目次|next→

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -