密室アクアリウム
(24)
淫らに熱を孕んだ重い空気が、ベッドを軋ませる。体重を柔らかい布の上に沈ませると、久しぶりに冷たい感触が戻ってきた。
「脚……開いて」
熱に浮かされ、低く掠れた声。その声の主が、じっと大河の顔を見つめている。触れられている訳でもないのに、精を放ったばかりの性器は再び硬度を持ち始め、ピクリと反応を示す。
湯に当たったように、頭はのぼせていた。じくじくと膿んで苛んでいるのに、犬飼を求める欲情だけはギラギラと存在する。
足裏でシーツを滑り、膝を立てた状態で脚を軽く開いた。中は犬飼が放ったもので濡れており、それが溢れ出てこようとしているのか粘着質な音が鳴る。犬飼の手が膝を掴み、大きく割り開いてそこを晒した。
「っ……」
「すごいことになってる」
「うっせ……見んなよ」
犬飼の手が膝裏を持ち、腹の方へ折り曲げるようにしてさらに左右に開く。自分でも見ないような秘部が余すところなく犬飼の目の前に晒され、見られていると思うだけで項がぞわぞわと粟立ち、耳裏がかっと熱くなった。散々抜き差しされたそこから、とろりと液体が零れる感覚がする。性器も、様子を窺うように中途半端に立ち上がったままだ。
「な、犬飼、もう……」
息混じりの諌めで、ようやく犬飼は動いた。大河の脚を腹につくほど折り曲げ、膝を持って支えたまま硬く張り詰めた雄を宛がうと、すぐに手を大河の身体の横に突いた。
「は、ぁ、んん……ッ!」
ぬるりと、一気に奥まで貫かれる。
チカチカする視界の中、ちょうど真上に犬飼の顔がある。
「仲宗根……」
犬飼の手が頬を滑る。蕩けきった目で見上げると、男は深く息を吐いた。
「すごい……中、溶けそう」
「ん、そう……かよ」
このまま、溶け合って一つになったら、ずっと一緒にいられる。
ふと、途方もない考えが煮だった頭に浮かぶ。
そんなことは有り得ないと、知っているのに。
「犬飼」
代わりに犬飼の首に腕を回し、その頭を掻き抱いた。当たり前のように肩に触れる温もりが愛おしい。「どうした」と犬飼の怪訝そうな声が胸に響く。
「何でも……、動けよ」
犬飼を飲み込んだそこにきゅっと力を込めると、男の身体がビクリと震えるのを肌で感じる。焦れったそうに腰を揺らせば、緩やかに抽挿が始まった。
「……動き、にくい」
「は、あ……? 大丈夫だろ」
「仲宗根も、重いだろ」
大河が気遣って犬飼は身体を起こそうとするが、放す気は毛頭なかった。
この男に触れていたい。温もりを感じていたい。何より、今の自分の顔を見られたくない。快楽に染まっただらしない顔も――何故か泣きそうになるのを堪える不自然な筋肉の動きも。
大河はきつく唇を噛み締め、より強く犬飼を抱いた。
「このままが、いいんだよ」
「……ああ」
浅く、深く、不規則に抽挿は繰り返される。蕩けた粘膜は、奥まで侵入する雄を柔らかく取り込み、出て行こうとする雄を離すまいと絡みつく。中に放った犬飼の精液もあって滑りは前よりも良く、抜き差しされるたびにぐちゅぐちゅと淫らな水音が結合部から聞こえ、聴覚を麻痺させる。
「ああ、っ……は、うゥ……んッ」
首筋を撫でる熱い吐息。それに合わせて、中のしこりがズンと重く穿たれる。太く硬いもので弱い場所を擦り上げられるたびに、腰の奥が甘く痺れ、とっくに達したような感覚に陥る。
それでも、まだ満たされない。足りない。もっと奥まで貫いて欲しい。
「んっ、あ……い、ぬかい……っ」
「……っは、ぁ」
脚で犬飼の身体をぐいと引き寄せる。幹余すところなく犬飼を引き入れると、がちがちに勃起して透明な液体を溢れさせたままの性器を、腹と腹に挟まれて圧迫される苦しさが、もはや心地よい。
「も……ッむ、り」
「仲宗根……」
「無理、しぬ……っ!」
ガツガツと穿たれながら、筋の浮き出た首に湿った感触がある。ちゅ、と皮膚の薄い部分を弱く吸われると、それだけで身体中が打ち震える。犬飼の唇は喉を伝い、顎を舐め、頬を撫でる。
「仲宗根……泣くな」
「ッ……あ」
生温かい舌で目尻を舐められて初めて、自分の目から涙が溢れていたのに気づいた。
何故、泣いている?
「泣いて、な……っ」
泣くようなことなど何一つない。それなのに、涙腺が緩んでいるのを意識した途端に、眼球の表面に水の膜が一瞬で張る。許容しきれなくなると、縁から零れだして目尻を伝って耳を濡らす。
「仲宗根に泣かれるのは、苦手だ」
「っわ、るかったな……困らせて」
「そういうことじゃない」
「見んなよ……ッ」
泣き顔を見られたくなくてふいと顔を横に逸らすが、唇を捉えられる。唾液と涙で濡れた肉を柔らかくしゃぶられ、訳のわからない涙がますます溢れる。
「ん、ぅ……っふ」
声が鼻から抜けて出る。呼吸までも犬飼に支配され相手のペースに持ち込まれると、嗚咽になりそうだった息が徐々に落ち着いてくる。
「はぁ、あ……は」
「泣き止んだ」
「うるせえ……早く、動けよ」
何故か満足そうな男をきつく睨み上げる。犬飼は目元の雫を舐め取ると、再び抽挿を始めた。心なし、圧迫感が増したような気がする。先端で腹の奥を突かれ、爪先まで痺れが走る。
「っあ、ああッ……」
「仲宗根……っ、いきそう」
腸壁を擦り上げられる快楽と、肌と肌がぶつかる音、濡れた粘膜の水音、霞んだ視界に映る顔――持てる感覚はそれくらいで、それ以外は何も考えられない。犬飼が耳元で熱っぽく何かを囁いている。
穿つ角度が深くなり、弱い場所をより追い立てられる。執拗に何度もそこを責められ、爪先がピンと伸びる。いく、いく、と戯言のように上擦った声で繰り返した時には、犬飼に耳朶を噛まれ、限界まで張り詰めた性器から熱を解放していた。
「あ……っあ、あ……」
身体を震わせながら、どくどくと先端から白濁を吐き出す間、敏感な内側を数回突かれ、犬飼も中で達する。小さく声を漏らしながら息を吐く男の身体を、大河は無意識のうちに抱き締めた。
「は、ぁ……」
呼吸を取り戻すまでお互い動くこともせず、しばらく抱き合ったままだった。得体の知れない幸福感に包まれたまま目を瞑ると、穏やかな波に揺蕩っているようで、いつの間にか微睡んでいた。
87/96 融解